425.グリム 弐 part1
425.グリム 弐 part1
ブルーリングに帰ってから、10日が経とうとしていた。
この10日間で、エルの腕の修復にバーニアの魔道具の開発、エアコン販売についての調整と精力的に動いている。
中でもエアコンの販売については、取り付けを大工のギーグに頼まないといけない事もあり、かなりの時間を取る事になってしまった。
ギーグは元々ブルーリング領内の街でしか仕事をしていなかったが、エアコンの取付はフォスターク王国全土に及ぶ。
結果、領主直々の「お願い」と言う、ほぼ強制で無理矢理 仕事を頼む事になってしまったのである。
ヘタすると恨まれてるんじゃ……そんな思いを抱きながらも、久しぶりに会ったギーグは満面の笑みで話しかけてきた。
「アルド様、お久しぶりです! この度は、こんな大きな仕事を頂けてありがとうございます。王国全土を相手に商売が出来るなんて、大工冥利に尽きると言うものです!」
あれ? オレの予想では、悲壮な顔で恨み言の一つでも言われると思っていたのに……ギーグの顔からは感謝の感情しか感じ取れない。
不思議に思ったオレは、どう言う事なのかを聞いてみた。
ギーグ曰く「こんな大きな仕事をもらえて、感謝しかない」「旅費を全額支給、更に単価も良いなんて儲かってしょうがない」「実務は部下のケルトが行いますので、思う存分 使ってやって下さい」と嬉しそうに話している。
なるほど……親方であるギーグは、引き続きブルーリングで仕事をするのか……
そして実際にフォスターク中の領主館にエアコンを取付けるのは、部下のケルト君の役目らしい。
あー、実はずっと気にってはいたのだ。ギーグのニコニコ顔に比べ、後ろのケルト君が負のオーラを纏っている事に。
しかもケルト君には、将来を誓った恋人がいるらしい。にも関わらず、この無期限の単身赴任を命じられたのだとか。
うわぁ……これは流石に可哀そうだ。後で父さんに話して、ケルト君の彼女も同行出来るように手配しておかねば。やっぱり、福利厚生は大切だよね!
所変わって、久しぶりにローザの下を訪ねてみた。
今のローザは奴隷では無く、魔道具の開発、製造の責任者であり、工場の実質的な長である。
既に何人もの部下を持ち、今も細かな指示を出して精力的に仕事をこなしていた。
「ローザ、久しぶりだ。少し痩せたんじゃないか? ちゃんと食べてるか?」
「お久しぶり、アルド。新しくエアコンを売り出す関係で、この所 少し忙しくて。でも、これが済めば落ち着く予定よ。そしたらサラとゆっくりするつもりなの。だからあと少し、頑張らなくちゃ」
「そうか。無理をさせて悪いな。父様にローザを休ませるように言っておくよ」
ローザは恐縮しているが、体を壊されて困るのはこっちだ。少し多目に休ませるよう、父さんに伝えようと思う。
実はローザだが、もう少ししたら名誉騎士爵に任命しようかと、そんな話が出ている。
本人は、今でも十分 高給をもらって、これ以上は恐れ多いと辞退しているらしいが、今のローザは魔道具製作の要である。
ぶっちゃけ、ブルーリングの魔道具販売の利益は、領全体の予算の2割にも上っており、主要産業とも言える規模なのだ。
部下の手前もあり、相応しい役職でないと周りが困る。
それに名誉騎士爵は1代限りの名誉職ではあるものの、仕事の報酬とは別に死ぬまでブルーリングから給金が支払われ続けるので、ローザには是非受けてもらいたい。
旦那を無くし、一時は奴隷にまで落ちたローザだ。これからは多少 裕福に暮らしてもバチは当たらないだろう。
まぁ、魔道具とは言え、自分の師匠が金に困る姿を見たく無いと言うのが本音ではあるのだが。
その後はローザの下をお暇し、工場の中で慌ただしく働く人の波を見て、オレは帰路についたのだった。
エルの腕の修復、エアコン販売の調整を終え、自室で本腰を入れてバーニアの開発をしている最中の事。
アシェラが部屋にやってきて、「ルイス達が帰ってきた」とメイドからの言伝を伝えてくれた。
「そうか、ちょっと領主館へ行ってくる」
「うん。ボクも暇だから付いて行く」
「分かった。散歩がてら一緒にいこうか」
「うん」
そうして領主館に向かおうとして1階に降りた所で、今度はオリビアが口を開く。
「アシェラも一緒に領主館へ行くんですか?」
「うん。散歩のついでに行ってくる」
「お父様からルイスへ伝言があるので、私もご一緒しても良いですか?」
「うん、一緒に行こう」
こうして、何故か嫁2人と領主館へ向かう事になったのである。
しかし、サンドラ伯爵からの伝言か……少し気になって、歩きながら聞いてみた。
「ルイスへ伝言って、サンドラ伯爵は何を?」
「実はですね、ルイスったらアルドを見つけて戻ってから、実家へ一度も顔を出して無いみたいなんです。流石にどこかで顔を出すよう伝えてくれと、頼まれてしまいました」
マジか。確かにルイスには、ずっと使徒の仕事を手伝ってもらっている。
考えて見ればルイスもまだ19歳、サンドラ伯爵が心配するのは当然の事だ。
これはオレにも原因があるような気がしてきたぞ……きっとネロも同じだろうし、少しルイス達に甘えすぎていたかもしれない。
「それはオレにもだいぶ非がある話だな。分かった、オレからも一度 実家へ顔を出すように話してみるよ」
「頼みます。アルドから言えば、流石にルイスも言う事を聞くと思いますので」
オレは少しの罪悪感を感じながら、領主館へと歩いていったのである。
領主館に到着し客間へ移動すると、中にはルイスとネロ、カズイの姿があった。
「皆、おかえり。任せっきりにして悪かった。本当にありがとう」
「だから気にするなって。雑務は任せておけって言っただろ」
「ただいまだぞ。やっぱりグレートフェンリルのご飯は少し薄かったんだぞ」
「ただいま。ちゃんとギリク様から伝言を預かってきたよ」
それぞれが言葉を交わし、席に着こうとした所で、何の脈絡も無く部屋の中心に黒いモヤが沸き上がった。
これは! 以前にも同じ物を見た事がある! そう、過去に魔族の精霊グリムが現れた際にも、こうして黒いモヤが沸き上がったはずだ。オレの心を特大のトラウマがかき乱す……
「は、離れろ! 全員 戦闘準備だ! アシェラとオリビアは部屋の外へ逃げろ!」
そう言い放つと同時に、指輪が光り青いモヤの中からアオが飛び出してくる。
「あ、アオ、このモヤは!」
「ああ、分かってる。これはグリムだよ。もう何もしないとは思うけど、念のため、皆 僕の後ろへ……」
全員が驚きながらもアオの後ろへ移動すると、黒いモヤから魔族の精霊グリムが滲み出すように現れた。
グリム……かつて理不尽な恨みをオレにぶつけ、アルジャナへ飛ばした張本人。
嫌でもあの過酷な旅が思い出されて、気を抜くと足が震えそうになってくる。
「グリム……どう言うつもりだい? いきなりこんな所にやってきて……」
「アオか。そこの娘の魔力を追ってきたのだ。娘よ、かつての約束を果たしにきた。約束の魔瘴石だ。受け取れ」
言葉が終わると同時に、グリムの前へ更に小さな黒いモヤが現れ、薄っすらと黒く染まる魔瘴石が何個も湧きだしてくる。
コロコロと音を立てて落ちるその数は、10はくだらない……
あれは収納? オレとエルが使う「収納」にソックリだ。
そんな驚きの中でもグリムは知らん顔で、尚も一方的に口を開く。
「これで我の贖罪は済んだはずだ。今代の使徒へそう伝えるが良い」
コイツ! 飛ばした張本人であるにもかかわらず、オレの顔を見ても知らん顔なのか? いや、オレの顔など覚える気すら無かったと言う事か……
久しぶりに、オレの心の中に黒いモノが湧き上がってくる。
改めてあの過酷な旅が思い出し、気付かない内に特大の殺気が吹き出していた。
「アルド、抑えるんだ。精霊王様から自分が犯した所業を聞いただけで、今のコイツにアルドを飛ばした時の記憶は無いよ」
そうなのか? だからオレの顔を見ても何も反応しなかいのか?
だからと言って、「はい、そうですか」と許せないのも事実であるのだが……
「ん? そこの。お前が今代の使徒なのか?」
コイツ……何でそんなに偉そうなんだ。ドライアドにフェンリル、アオにしても、クセはあるものの精霊は全員 友好的なのに。
コイツからは種族を問わず、「人」と言う物を下に見ているのが、ありありと感じられる。
「ああ、そうだ。お前にわけの分からない感情をぶつけられて、辺境の地へ飛ばされた今代の使徒だ」
「そうか。先ほどそこの娘へ伝えたように、これで我の贖罪は終わった。この魔瘴石は好きに使うが良い」
コイツ! この態度は流石にバカにしすぎている。怒りを露にしそうになった所で、部屋に爆音が響き渡った。
ウィンドバレットが飛んでいき、グリムの後ろの壁には、大きな穴が開いて外の景色が丸見えになっている。
誰が……後ろを振り返ると、普段 見た事の無い怒りを表した、オリビアが右手を付きだしていた。
え? 今のウィンドバレットってオリビアが撃ったの? マジで? アシェラさんじゃなくて?
オレの疑問を肯定するように、アシェラも同じように驚いた顔でオリビアを見つめている。
「娘よ。どう言うつもりだ? 我はグリム、魔族の精霊グリムである。事と次第によっては、使徒の番だとしても許さんぞ」
「アナタは何も分かっていない!」
「我が何を分かっていないと言うのだ。この精霊王様の分体で上位精霊であるこの身に、分からぬ事などあるはずが無かろう」
「いいえ、何も分かってはいません。アナタはその魔瘴石を贖罪と言いました。であれば、罪を償うための行為だと、アナタ自身が言ったのでは無いですか。その償うべき相手に対して、アナタのその態度は明らかにおかしい!」
「態度だと? 娘よ、お前は我に頭を下げて謝れと言いたいのか? この我に?」
「当たり前です! 贖罪がどうの言う前に、誠心誠意謝るのが先でしょう。アナタはその傲慢さ故に、瘴気を纏う事になった事実を、どう考えているのですか!? 魔族の精霊グリム、答えなさい!」
オリビアの気迫に、この場の誰であっても口を開く事ができない……グリムの眷属であるルイスでさえ。
「娘……我にそこまで言ったのだ。それ相応の覚悟は出来ているのだろうな……」
グリムから剣呑な気配が漏れ出たと同時に、アオが口を開いた。
「グリム、オリビアの言う通りだよ。確かにお前は、以前の言葉の通り魔瘴石を取ってきた。如何に上位精霊とは言え、トレース大陸で迷宮を巡るなんて無茶も良い所だと思う……グリム、君は一体 何度 消滅したんだい?」
消滅だと? アオに聞いた事がある。上位精霊は死んでも、直ぐ精霊王に生き返らされると……って事は今のグリムは何度か死んだと言う事なのか?
「ふん、7度だ。我ほどの存在であっても、少々 無茶が過ぎたようだ」
「それだけの思いをして魔瘴石を取ってきたのは、僕も頭が下がる思いだよ。でもね、お前のその態度で全てが台無しだ」
「何故だ。我はこれ以上無いほどの贖罪を行ったではないか。これ以上 何を望むと言うのだ」
「グリム、君は過去、僕を人に寄り過ぎていると言った事があるね……」
「その通りだ。お主は少々 人に近すぎる。それではいつか瘴気に飲まれるぞ」
「でも実際に飲まれたのは君だった。何故だか分かるかい?」
「むぅ、お前は我の方が劣っていると言いたいのか? 戦えもしない出来損ないのお前より!」
アオはゆっくりと首を振りながら答えた。
「僕は確かに戦えもしない出来損ないなのかもしれない。でもね、そうじゃない。君は人を愛していないのかい? この世界で必死に生きる人を!」
「人を愛するだと? 人は愚かにも瘴気を生み、世界を汚す存在だ。そんな者達を愛せと言うのか、お前は」
グリムの人を拒絶する言葉を聞き、アオは怒りを滲ませながら、確信の言葉を叫ぶ。
「かつて君が愛したティリスも人だ!」
アオの言葉に、グリムは衝撃を受けた顔で固まってしまった。
「てぃ、ティリスは違う……ティリスだけは絶対に違う! ティリスだけは!」
「じゃあ、そのティリスの子供達は? 君の目の前にいるルイスは、君の贖罪のためだけに当てのない旅へ出て、今代の使徒を探し出してくれたんだ。そんなティリスの子供達を君は愛していないのか?」
「ティリスの子だと……」
この時 初めてグルムは、この場に自分の眷属であるルイスがいるのに気が付いたようだ。
「そのティリスを生んだのも人族だよ。グリム、僕達は確かに精霊王様の分体で上位精霊なのかもしれない。でも人もこの世界の子供達だ。僕達に上も下も無いんだよ」
「ティリスを生んだ……いや、アイツ等はティリスを苦しめた敵のはず……しかし、ティリスの子供だと……いや、でも……」
グリムの羽根が極彩色に輝きだし、何かとても嫌な感じが漂ってくる。
「もう許しても良いんじゃないかい、グリム。ティリスが報われなかった事と、人を愛おしいと思う事は別の話だよ……」
「くそっ……でも、ティリスは……ああああああああああ!」
グリムは最後に叫び声を上げて消えてしまった。
この場には、残された者達と投げ捨てられた魔瘴石だけが転がっていたのである。




