42.アシェラ part3
42.アシェラ part3
オレ達は、グラン騎士爵家に到着した。
ハルヴァがノッカーを叩いて、門の前で叫んでいる。
「すみません。誰かいませんか?ハルヴァです。ルーシェの夫のハルヴァです。娘のアシェラもいます。どなたかいませんか?」
一息に言い切って、また叫ぼうかと息を吸った所で扉が開いた。
「グラン卿!ルーシェに合わせてください」
「久しぶりだな、ハルヴァ。ルーシェはこちらだ。付いてきてくれ」
「はい」
オレ達もハルヴァの後ろを付いていく。
屋敷を2階に上がりすぐの部屋を案内された。
「さあ、入ってくれ」
グラン卿に促され部屋の中に入ると、アシェラと同じ銀髪だが生気の無い女性がベッドで横になっている。
ハルヴァとアシェラがベッドに近づくとゆっくりと眼を開けた。
「アシェラなの?」
「うん、アシェラです……かあさま……」
アシェラがルーシェと呼ばれる女性の手を取って眼に涙を溜めている。
「大きくなって……8年も放っておいてごめんね……」
「ううん。大丈夫」
「アシェラ……愛してるわ……」
「ボクも……」
2人は泣きながら、お互いを愛おし気に抱きしめ合っていた。
充分にアシェラを抱きしめた後で、ルーシェさんはハルヴァに向き直る。
「ハルヴァ、来てくれてありがとう」
「る、ルーシェ……オレは……オレは……」
「ハルヴァ、もう良いの。アナタは来てくれたじゃない。大きくなったアシェラも見れて私は幸せよ」
「ルーシェ……すまない……」
「謝らないでハルヴァ。私は幸せだったのよ。だから笑ってちょうだい」
そこには泣きながら笑うハルヴァがいた……
「所で……そちらは、どなたかしら?」
オレを不思議そうに見てから、小さな声で呟いた。
婚約者の母親の前で無様は見せられない。オレは1歩前に出て姿勢を正し、優雅に見えるように精一杯の貴族の礼をする。
「初めまして。アルド=フォン=ブルーリングと申します。アシェラのか、か、彼氏……と言いますか……婚約者と言いますか……」
ルーシャさんからすると予想外の答えだったのだろう。驚きのあまり眼を見開いてオレを凝視していた。
「あ、アシェラの……」
一言だけ呟かれた言葉が部屋に響く。
「ボクの婚約者のアルド。ボクを追いかけて来てくれた」
「まあ、まあ。そのお話、是非聞かせてほしいわ」
楽しそうにアシェラと話し出す姿は、まるでこの何年かを埋めようとしているかのようだった。
そんな2人を見てオレとハルヴァは眼で合図しあい、そっと部屋の外へ出ていく。
「ルーシェさん。元気そうに見えるけど、そんなに悪いのか?」
「私も手紙でしか知らなかったのですが、尿が出難くむくみが出ているらしいです……」
「尿……腎臓か……後で良い。オレに診させてもらえないか?」
「アルド様が?医術に知見が?」
「いや、素人だが気になる事があってな」
「そうですか……分かりました。後でルーシェに聞いてみます」
「すまない」
「いえ、アシェラやルーシェを思っての事です。ありがとうございます」
少しだけ座って休ませてもらつもりだったのだが、強行軍の疲れからだろう、いつの間にか眠ってしまっていた。
周りの音で徐々に覚醒していく……気が付くとアシェラがオレにもたれ掛かって眠っている。
アシェラの寝顔を見ているとハルヴァが声を掛けて来た。
「アルド様、今ならルーシェが良いと言ってますが、どうしますか?」
「見せてくれ」
「分かりました。ではこちらへ」
オレはハルヴァの後に続きルーシェさんの病室へ入っていく。
「無理を言ってすみません」
「良いんですよ。将来の息子に診てもらえるなんて」
「……」
いきなりの言葉に何を返せば良いのか……反応に困ってしまう。
「じゃあ背中を触らせてください。出来れば直接……」
「分かったわ」
こちらに背中を向けて服をゆっくりと捲り上げて肌を出して良く。
申し訳ないと思いながらも、その背中に手を当てた。
ソナー発動。魔力の反射を注意深く観察すると、どうも右側の腎臓が機能してない気がする。
もう一回ソナー。やはり右側の腎臓だ。魔力の反射が殆ど無い……恐らくは腎臓が死にかけているのだろう。
(腎臓は2つある……機能してない腎臓を摘出すれば助かるかもしれない……でも出来るのか?実際に摘出するのに、どの血管を切ればいい……手順は?……麻酔は?消毒1つまともに出来ない……この状況では無理だ……)
オレは背中からゆっくりと手を離していく。
「何か分かりましたか?」
ルーシャさんからの問いに、オレは何と答えて良いか分からなかった。
一瞬の躊躇いの後、悩んでオレが出した答えは……
「すみません。分かりませんでした……」
「そうですか…」
やはり期待させてしまったのだろう。少し重い空気になってしまった部屋をお暇させてもらって外へ出た。
気が付かないうちに、辺りはすっかり暗くなってしまっている。
、
(このまま黙ってるとルーシェさんは数日で亡くなるんだろう……かと言ってなんて説明すれば良いんだ……アナタは腎不全で右側の腎臓を摘出すれば助かるかもしれませんよ?ってか……)
自分に医学の知識があって、手術をすれば助けられるなら話は早い。
しかし、恐らくは手術をしても亡くなってしまうんだ。
それなら、いっそ何も言わず1秒でも長く最後の時間を過ごさせてあげた方が……
(そもそもなんで回復魔法で治さない……逆か回復魔法のおかげでここまで持ったのか……もし、腎臓が完全に機能しなくなる前にソナーをかけて腎臓を直接治療していたら結果は変わったのだろうか……分からない……)
答えの出ない問いに、思わず呟いてしまった。
「最近は悩んでばかりだ……」
誰かに言った言葉では無い。つい口から出てしまっただけの言葉だ。
「何を悩んでるの?」
後ろから声をかけられ、振り向いた。アシェラだ。
「何を悩んでる?」
「ルーシェさんの病気は……」
まて、何を言おうとしてる。ヘタすると自分の親を殺させる事になるぞ。
無いだろうが万が一の可能性のためにオレは口を閉じた。
「何でもない……何か分かるかと思ってソナーをかけたが何も分からなかった」
「……」
「どうした?」
「アルドは嘘をついてる」
「オレは嘘なんか……」
「かあさまは何日も持たない……そんな状態でソナーが失敗しても悩む必要なんかない……悩むのは治す方法が分かったから」
「お、お前、普段ポンコツのくせに……」
「ポンコツはアルド。教えて、かあさまを助ける方法を。お願いアルド!」
アシェラの必死のお願いにオレは空を見上げる。真冬のせいだろうか、星が妙に綺麗に見えた。
「分かった……ただし、ハルヴァにも一緒に話す」
「分かった」
アシェラがハルヴァに説明へと向かって行く。直ぐに戻ってきたと思ったらルーシェさんの病室へ連れていかれた。
「アルド、かあさまも聞きたいって」
「病人に聞かせる事じゃない……」
オレは躊躇してしまう……正直、治る可能性なんて殆ど無いのだ。今さら聞かせて希望だけ、見せるなど残酷すぎる。
「呼び方、アルド君で良いわよね?」
「はい……」
「アルド君、私は幸せなの。会えないと思ったハルヴァにも会えた。大きくなったアシェラも見れた。オマケに婚約者まで。アシェラと恋バナが出来るなんて思わなかったわ……」
「……」
「だからね、満足なの。昨日までの私には望外の幸せよ……」
「……」
「もし私が今、死んだとしでも幸せな気持ちで死んでいける。万が一成功したら……もう少しだけ幸せを感じられる、私はどちらでも幸せには違いないのよ」
「……」
「だから教えてもらえないかしら、アルド君」
「……」
「……」
「分かりました……」
「ありがとう……」
オレは知っている全てを話した。何故こんな医学知識を持っているのかは屋敷の秘蔵の本だ、と嘘をつかせてもらった。
ソナーの結果の事、右の腎臓の事、腎臓と言う臓器の働きの事、摘出すれば助かるだろう事、しかし その技術が無い事、その全てを包み隠さず話す。
「アルド君、話してくれてありがとう」
「いえ……でもオレには技術が無いんです……治療法が分かっても意味が無い」
「そうでも無いわ」
「え?」
「たまには大人を頼るのも良いかもよ」
「……」
オレはルーシェさんの言葉に呆けていると、ハルヴァが急いで部屋を出ていく。
すると、あれよあれよと病室に回復魔法使いが集まってくる。その数4人。
「君がアルド君か?」
1人の回復魔法使いに声を掛けられた。
「はい……そうです」
「少し聞きたい事があるんだが……」
そう言って腎臓の働き、膀胱の位置、その周辺臓器の事を事細かく聞いて来る
分からない事は自分やルーシェさん、アシェラにソナーを掛けて補足させてもらった。
そうして1時間ほど質問され続け、やっと解放されたと思い外を見ると真っ暗になっている。
「では この後、1時間後にルーシェの腎臓摘出手術を始める。各自準備を怠るな」
「「「はい」」」
先程の回復魔法使いがこちらに歩いてきた。
「アルド君、できれば君にも立ち会って協力を願いたいのだが、12歳ではそうもいかん。何かあった時に助言が欲しいんだが、この屋敷で待機してもらう事は出来るだろうか?」
「分かりました」
「助かるよ。クリスだ」
「は?」
「クリス=フォン=グランだ。ルーシェの兄でアシェラの伯父でもある。一応グラン家の次の当主の予定だ」
「あ、アルド=フォン=ブルーリングです。はじめまして、アシェラとは……」
「いいよ。普通にしてくれ」
「は、はい……」
「今回はありがとう。たとえルーシェが助からなくても、オレの感謝の気持ちは変わらない」
「いえ……」
「じゃあ、オレは準備に入るよ。待機の件、頼んだよ」
「はい」
そう言ってクリスさんはルーシェさんの病室へ消えていった。




