第45話 仇となったな
「ククク、さすがは音に聞こえた姫騎士アリスといったところか。上手く弱点を突いたとはいえ、ドラゴンを一撃で仕留めてしまうとはな」
ドラゴンとの激闘により崩れた家屋の屋根の上。
そこにいたのは、灰色の肌と黒い瞳が特徴的な魔族だった。
感心したように王女アリスを讃えるその魔族は、次いでその視線を彼女の傍にいた異世界人の少女、加藤真莉へと向ける。
「だが、それ以上に厄介なのは、たった一年でここまで強くなった異世界人だ」
「こいつが、魔族っ……」
一方、真莉は初めて遭遇する魔族の威圧感に気圧されつつも、人類の敵を鋭く睨みつけた。
彼女たちがこの世界に召喚されたのは、奴ら魔族との戦いのためだ。
魔族がいかに極悪非道で、これまでにどれだけ人類が魔族によって凄惨な死を遂げたのか、召喚直後に詳しい授業を受けている。
「ええ、そうです、マリ。あれがわたくしたちの世界における人類最大の敵、魔族です」
「じゃあ、この魔物たちも……」
「恐らくあの魔族が操っていたのでしょう」
「こんな真似をするなんて……一体どれだけの被害が出たと思っているのよ!」
正義感の強い真莉は声を荒らげ、訴えるように魔族へ問う。
「ククク、異世界人らしい綺麗ごとだな。だが我ら魔族にとって、貴様ら人間など虫けら同然。それをどれだけ死のうが、知ったことではない。むしろその虫けらが時に、我ら魔族にとって大きな脅威となる。放置しておくわけにはいかんだろう。貴様とて、害虫は駆除するだろう?」
「なっ……」
「無駄です、マリ。あれが魔族です。見た目こそ人間に近いかもしれませんが、我々と分かり合うことは端から不可能なのです」
王女アリスの言葉に、真莉は納得するしかない。
授業でも魔族と教わってはいたが、今の今まで「もしかしたら」と微かな希望を持っていたのだ。
だがこうして実際に魔族を目の当たりにすれば、それがいかに甘い考えだったのか、理解できてしまった。
「そして我らにとっての最大の害虫は……貴様だ、異世界人。勇者はもちろんのこと、それ以外の者たちもしばらく放っておけば、凄まじい速度で強くなる……ゆえに、できる限り早く排除しておかねばならん」
「っ……まさか、そのために魔物をっ……?」
「その通り。だがやはり異世界人どもだ、そう簡単には殺せぬようだな。私自ら手を汚す必要などないと思っていたが、仕方がない。直々に貴様らを葬ってやろう」
自分たちの存在がこの事態を招いたのだと知り、唇を噛む真莉。
「魔族めっ!」
「親父の仇ぃぃぃぃっ!」
「死ねぇぇぇぇぇっ!」
そのときまだ辛うじて動ける数人の騎士たちが、怒りの形相で魔族に斬りかかった。
この世界の人たちの中には魔族に家族や友人を殺された者も少なくなく、それゆえ強い恨みを抱いている多いのだ。
恐らく彼らもそうなのだろう。
だが渾身の力で放った彼らの斬撃は、魔族に当たることもなかった。
「ふん、雑魚が」
「「「があああああっ!?」」」
魔族が軽く腕を振るうと、まるで暴れ牛の突進を喰らったかのように、その騎士たちが吹き飛ばされてしまう。
「今のは……純粋な魔力の塊をぶつけた……? それだけで、熟練の騎士を弾き飛ばすなんて……」
「……そうです、マリ。あれが魔族の力。奴らは肉体的にもわたくしたち人間を大きく凌駕していますが、何より恐ろしいのがその身に宿す膨大な魔力量……あんな風に、息を吐くように魔力を扱うのです」
驚嘆する真莉へ、アリスが説明する。
エルフのリュナが声を張り上げた。
「奴が、来ます……っ! 一対一では勝ち目がありませんが、複数人で戦えば、勝機はあるはずです!」
「ククク、それはどうかな?」
「っ!?」
「は、速い――」
一瞬で距離を詰められ、目を剥くリュナ。
咄嗟に二本の剣でガードしたが、その上から強力な魔力を帯びた魔族の拳が叩きつけられる。
「~~~~~~っ!?」
それだけで数十メートルも吹き飛ばされ、瓦礫の山に激突するリュナ。
それに息を呑みながらも、アリスは再び刀身を帯電させ、真莉は剣を構える。
そこへ魔族が真っ直ぐ突っ込んできた。
「はあああああっ!」
「無駄だ」
先ほどドラゴンを屠ったはずのアリスの雷剣が、あっさり魔族の腕で防がれてしまう。
さらに魔族はそのまま腕を伸ばし、アリスの首を掴んだ。
「んぁっ!?」
「ククク、このまま捩じ切って、お前の頭を通りの真ん中に飾ってやるとしよう。さぞかしこの国の人間どもは絶望するだろうなァ?」
「アリスを放せぇぇぇっ!」
真莉は咆哮と共に刺突を繰り出す。
だがそれが魔族に届くことはなかった。
ガキィィィィィンッ!
「っ!?」
「ククク、結界だ。貴様は後でじっくり殺してやるから、今はそこで見ているがいい」
「くっ……こんなものっ!」
真莉が幾度となく結界を切りつけるも、かえってくるのは虚しい激突音だけだ。
「無駄だ。今のお前ごときに、私の結界は破壊できん。さあて、お姫様。わざわざ自分から戦場に出てきたのが仇となったな」
「あ、あ、あ……」
「死ね」
「アリスぅぅぅぅぅっ!」
と、そのときだった。
どこからともなく、物凄い速度で飛んできた何者かが、魔族が作り出した結界へと巨大なナイフのようなものを叩きつけたのは。
パリイイイイイイイインッ!!
結界が割れた。
それどころか、アリスの首を掴んでいた魔族の腕までもが切断されて宙を舞う。
「なっ……」
彼女がどれだけ攻撃しても、ビクともしなかった結界。
それをたった一撃で破壊してしまったのだ。
一体、何者の仕業なのか。
驚愕する真莉が見たものは。
――黒い海パンに包まれたお尻だった。
「……は?」
少しでも面白いと思っていただけたなら、↓の☆で評価していただけると嬉しいです。





