3話「急変」
10分もかかっていないだろうか?
ほどなくして、馬車は一軒の建物の前で停車した。
「ここが冒険者ギルドになります」
アルタさんは馬車から降りる。
俺もそれに続いて、異邦の地を踏み締めた。
冒険者ギルドと案内された建物。
なんというか、本当にイメージ通りだな。
ここまで一致するとは思っていなかった。
青い屋根の古い施設だ。
木とレンガで造られた堅牢な見た目。
そこらの家よりも倍以上の大きさがある。
「私が指示をするまで、馬車は待機していなさい」
アルタさんがそう言うと、馬車は走っていってしまった。
ここからは歩きになるか。
「アメハル様、いきましょう」
俺はそびえ立つ冒険者ギルドを見上げた。
冒険者ギルドということは、冒険者になれるのか?
なれるのならなりたい。
これも、夢で見た俺の願望だからな。
俺は期待して、短い階段を上がっていく。
アルタさんと一緒に、入り口の前へ立った。
と、入り口の上に看板らしきものが見える。
「アルタさん。あれ、なんて書いてあります?」
「冒険者ギルドアスタフィア支部、と」
「へぇ……そうなんですね」
まったく読めない。
見たことのない形の言語だ。
文字が日本語であるわけはないと思ってはいた。
また何かしらの補正がかかって、なぜか読めると思っていたのに。
「不思議なお方ですね。文字がわからずとも、我々と意思疎通ができるとは」
「確かに、なんででしょうね?」
アルタさんたちの言っていることは理解できる。
聞こえてくるのは日本語そのものだ。
どういうことだ?
「やはり主様が呼び出した特別な――と、いけませんね。中へ入りましょう」
アルタさんが何かを言いかけたが、遮られた。
気になることばかりで歯がゆい。
いや、やめておこう。今は気にするだけ無駄なんだ。
俺は縦に長い扉を開ける。
冒険者ギルドに足を踏み入れた。
内装は綺麗で、清潔感がある。
木造の落ち着く色合いで構成されている。
お役所みたいな場所だな。
「すごいな、まんま冒険者ギルドだ」
正面に受付があり、長机と椅子が並んでいる。
酒場も併設されているが、人はほとんどいないようだ。
「準備が整うまで、少しお待ちください」
アルタさんが受付とやり取りを始めた。
じゃあ俺は、終わるまでギルド内を物色してようかな。
屈強な男たちを見てみたかったんだ、が……?
「――あ」
その時、俺は目が合った。
テーブルの端に座る女の子。
その子がこっちをじっと見ていたからだ。
俺たちは今、お互いに見つめ合っている。
なぜか目を逸らせない。
女の子は、モグモグと小さな口を動かしていた。
フードで半分顔を隠している。
でもチラりと、赤い髪が見えた。
端麗な顔立ちと、澄んだ青い瞳に引き込まれ――
「アメハル様、準備が整いました」
「え? ああはい、わかりました。……って、あれ?」
アルタさんに話しかけられた。
そのほんの目を離した一瞬だった。
俺と見つめ合っていた少女は、姿を消していた。
さっきまでそこにいたはずなのに。
幻覚……じゃないよな?
いや、いたはずだ。
だって、食べ終わった皿が机の上に残されているんだ。
変な胸騒ぎがする。
だがどう反応すればいいかわからない。
俺はその空席を、ただぼんやり見つめるだけだった。
魔法訓練場、という広い空間に連れてこられた。
俺は奥を見る。
鎧を着た人形がずらりと並んでいるではないか。
形としては、日本の弓道場に似た構造だな。
こんな設備があるほど、この世界では魔法が発達しているということだろうか?
「では魔法について、軽くですが説明いたしましょう」
「お願いします!」
アルタさん、改め先生に魔法をご教授願う。
とにかく自分のものにしたい。そんな気持ちだ。
内なる興奮を抑え、アルタさんの説明を聞く。
「魔法は、主に三つのグループに分類されています。
体に魔力を巡らせ、専用の詠唱をすると……」
アルタさんは、自分の右手をスッと前に出した。
すると、手のひらの空気が揺れて――
「《アルマ・ファイア》」
何かの言葉を発した。
アルタさんの手に注目する。
突如、小さな魔法陣が、回転しながら現れた。
「おお!?」
その魔法陣はくるくると回って形を変える。
ボォッと燃え上がる炎になった。
パッとアルタさんが手を払うと、炎は消えてしまった。
「続けていきますよ」
そう言って、アルタさんは自分の指を頭上へ。
また、聞き慣れない言葉を口にした。
「《ヴェルト・ファイア》」
彼女の頭上に現れた魔法陣。
それが頭からつま先までを、エレベーターのように通っていった。
アルタさんの体を見ると、赤色に薄く光っているのがわかった。
「最後に……あちらをご覧ください」
「ん? はい――」
俺は彼女が指差した先を見た。
訓練場の奥、人形が立っているほうだ。
「《エルダ・ファイア・バースト》」
アルタさんの指差した先に魔法陣が現れる。
魔法陣は小さい球状に凝縮され、ヒュンと訓練場の人形へ飛んでいった。
少しの静寂。
次の瞬間――赤い閃光が走った。
鉄人形が爆裂四散したのだ。
激しい衝撃がこっちまで伝わってくる。
魔法訓練場をその振動で大きく揺らした。
「お……」
「順に、物質を生成する『アルマ』。身体能力を強化する『ヴェルト』。そして今のが、アルマの魔法を工夫し、変化させる『エルダ』です。炎を遠方爆撃に変換してみました」
おそろしいけど、すごい。
驚愕と感嘆が同時にきた。
これが、基本だと? この世界の日常とでもいうのか。
それになんて?
アルマ? ヴェルト?
呪文の前振りか何かですか?
「この3つが、魔法の根幹を成します。
アメハル様の魔法の解釈と一致するでしょうか?」
「……まぁ、大体は同じかと」
短く唱えるだけだ。
それだけで、あれほどの魔法を使うことができるとは。
ますます楽しみになってきたというもの。
「さっそく魔法、使ってみたいです!!」
――――
アスタフィアに来て、半日が過ぎた。
この国の半分程度は、見て回ることができたとおもう。
俺が異世界に召喚されて、初めての夕日。
それを今、ぼんやりと眺めている。
こっちでも太陽の沈み方は一緒らしい。
召喚されたタイミングは昼過ぎの時間帯だった。
王都の大通りの真ん中で、落ちていく夕日を見ていた。
「イタッ!」
目の前で、幼い少女が転んだ。
前から倒れる形の、地味に痛いやつ。
どこか急いでいた様子だった。
それで足元が緩んだのかもしれないな。
「大丈夫?」
「うぅ……」
俺は泣きそうになっていた子を、優しく助け起こした。
少女の膝が赤くなっている。
目頭に涙が溜まって今にも溢れそうだ。
「ちょっと擦りむいちゃってるな。
よし、いたいのいたいの飛んで――」
「《エルダ・シャイン・ヒール》」
少女はすっと手を出した。
魔法陣が現れ、淡い光が擦りむいた膝に当てられる。
赤くなった箇所は、みるみるうちに治っていった。
「マジかぁ」
こんな小さな子でさえ、魔法が使えるのか。
少女は体の土汚れを落として、笑顔になった。
「ありがとおにいちゃん、急いでるからまたね!」
「あ、あぁ……」
少女はまた元気に走り出していった。
おまじないは必要ないようでよかった。
でも、こっちの傷をえぐられたようでなんだか複雑だ。
少女とすれ違うように、アルタさんが歩いてきた。
何かを両手に持っているな。
「ちゃんと門限を守れているようですね。安心します」
「アルタさん、あの子と知り合いなんですか?」
「いえ、お気になさらず。それよりも――」
アルタさんに差し出される。
それは肉の串焼きだった。
良い焼き目に、香ばしいものが漂っている。
「シルバーボアの串焼きです。どうぞ」
気を利かせて買ってきてくれたらしい。
俺はそれを受け取って、小さく息をついた。
「そう気を落とさずに。
元気がないときは美味しいものに限ります。
絶品ですよ?」
アルタさんは微笑んで、一口かじってみせた。
俺も真似るように、灰褐色の肉を一口かじってみる。
柔らかい食感と肉汁が広がった。
「……おいしい」
意外にも牛肉に近い。
猪の味は知らないが、猪とは思えないほどジューシーだ。
俺好みの味付けで、すごく美味しい。
「けど、魔法を使えないショックは、中々癒えそうにないかもしれません……」
俺はこれから、どうすればいいのだろう。
あの後いくつか、魔法使う方法を教えてもらった。
結果は、全部ダメ。
どうやら俺には魔力そのものがないという。
ここは剣と魔法の世界だ。
一般人以下とかシャレにならない。
ずっとこの国にいるしかないのか?
「アメハル様の世界では、どのように魔法を使っていたのですか?」
アルタさんが串焼きを一つ食べる。
その合間に何気なく聞かれた。
「俺の世界に、魔法なんてないですよ。
魔法は空想上のものでした」
馬車での会話と違い、はっきりと答えた。
魔法の概念はあるが、実在するかは不明だ。
隠れた魔法使い機関でもない限り。
「魔法がない?
ではどのように、戦いから自分の身を守るのですか?」
俺の世界とこの異世界は時代そのものが違う。
こういう疑問もごく自然なのだろう。
「俺は平和の中で生きてましたから。安全なゲームの中でしか戦いはしない、そんな生活でした」
だからこそ憧れた。
戦いにではない。
ゲームでなら活躍できる自分に、だ。
「平和。では、アメハル様に戦闘能力はないと?」
「ないですね。ゲームならともかく現実でってなると、人並み程度がいいところですよ」
体育の成績は普通だったような。
多少の持久力はある。
だが、特筆して運動ができるわけじゃなかった。
「そうですか、それは残念です」
アルタさんは下を向いた。
急に立ち止まって、どうしたんだ?
「アルタさん?」
俺は彼女の名を呼ぶ。
数秒経って、アルタさんは顔をあげた。
とても優しげに、笑っていた。
「アメハル様、この国はいかがでしたか?
貴方様の目と脳、そして心に残るような景色でしたでしょうか」
突然、なんだ?
特殊な言い回しだな。
どうでしたかって言われても……。
俺は少し考えたあと、正直に答えた。
「えっと、よくわかりませんが、綺麗で多彩な国だと思いましたよ。俺は自分の国しかよく知らないんで、上手く言えないんですけどね」
静かで、暮らしやすそうな国。
そんな印象だ。
高層ビルや車、電気はない。
それでも案外、満足できるのかもしれない。
「落ち着くというか、不思議な気持ちになりますよ」
「あぁ、よかった。本当によかった」
旅行なんて久しくしていなかった。
GKOでの失敗や、リアルでの生活。
それらを忘れて楽しめた気がする。
「楽しんでいただけたようで、私も案内役を務めた甲斐がありました」
アルタさんのおかげですよ。
そう、感謝を伝えようとした。
俺がその光景を目にするまでは。
アルタさんは心底嬉しそうな顔していた。
腰の剣に手をかける。
「人生最後の観光は、楽しく終わるべきですから」
彼女は夕日を背に、銀色の刃を引き抜いた。
ギラリと光る剣の反射。
俺の思考が止まった。
「……アルタさん? どうしたんですか……」
なんで武器を?
そう聞く前に、アルタさんは口を開いた。
「主様は命じられました。
クモリアメハルが持つ力を見定め、のち処理せよと」
「はい?」
処理と言った。
それはなんだ。
冗談のような言葉に固まる。
アルタは俺に、剣を向けている。
「いや、なに言ってるんですか?
それ……しまった方がいい気が――」
静かに殺気立つ、あの笑顔の裏。
それに思わず後ずさる。
「ぐわ!? いった――」
つまづいて、倒れ込んだ瞬間だ。
頭上を光の軌跡が走り抜けた。
さっきまで俺の首があった場所。
そこを、完全に断ち切る軌道を描いて。
「異世界人にはどんな力があるのか期待していたのですが、仕方ありません」
アルタは、異常に落ち着き払っていた。
まるで紙をハサミで切るみたいに。
当たり前の呼吸で、作業をするかのように。
なんだ、この豹変様は!?
「言っておきますが、これは残酷な結末ではありませんよ。主様の優しさです」
「やさしさ……?」
「最後に思い出作りをしてもよいと、お許しをいただきましましたので」
剣先が、俺を真っ直ぐに見下ろす。
「心苦しいですが、その時間はこれでおわり。
楽しいまま、死んでいただければ幸いです」
命の危険。
それを肌で感じ取った。
逃げろ。
彼女は剣を、俺の頬スレスレまで近づけてきた。
とんでもない切れ味なのか、それだけで血が――
「……ぐぅっ!!」
「おや」
無意識に体が動く。
俺はアルタの剣を、下から殴り払った。
なんとか起き上がる。
近くの裏路地に向かって、走る。
この女から、今すぐ離れなければ。
だから俺は全力で走った。
「逃げるのですね?
良い判断ですが、悪くもあります。
痛みなく楽に殺されるほうがいいと、思いませんか?」
後ろを振り返る。
ゆっくりと歩くアルタがブレて見える。
その姿は、やけに不気味だった。
「な、なにが……なにが起きてる!」
おかしい。
そんなはずはない。
ついさっきまで、あんなに優しかったのに。
なんのために俺は殺されるって?
彼女の言っていたことが、まったく理解できない!
「――《ヴェルト・シャイン》」
何か聞こえた。
昼の魔法講座。
それに含まれていた単語?
光の刃が、すぐ真横を通り過ぎた。
「は」
何が飛んできた?
三日月を描く、光の刃だった。
正面にあった家が、縦から真っ二つに裂けた。
地面も深く削れている。
少し、俺が左にズレていたら……?
最悪のもしもを想像してしまった。
「おしいですねー、いっておきますがー、当たると痛いですよ〜」
遠くの友人に語りかけるような、忠告。
剣を下ろして、手を振るアルタが見える。
怖い。
なんだ、あの笑顔は。
ふざけているのか?
俺をからかっているだけ?
違う。
「……マジで、殺す気なんだ」
まだ殺されていない。
だがわかる。彼女の目的を。
暗くて知らない道を、必死に走った。
「さっきまで、優しかったじゃないか!」
「力を隠しているのなら、早く見せてください」
上から声がした。
「ハッ!?」
見上げると、アルタがいた。
剣を突き立てて降ってくる。
俺は反射で跳んだ。
光の爆発が起きた。
地面をえぐり、強い風を生み出す。
道を囲んでいた建物が、ガラガラと崩れていた。
「それまでは手加減して殺しますから……さあ、反撃を!」
土煙から剣が飛び出してきた。
狂気じみた笑みを浮かべるアルタ。
「ぐっ……!?」
俺は体を翻す。
ギリギリで剣を躱すことに成功した。
その勢いで、地面をまた蹴り走る。
追撃は来ない。
まだ俺は生きている。
今は逃げなければ。
……いや、違う。
彼女を見て理解した。
きっと俺は、わざと生かされているんだ。
いつか殺られるという恐怖。
いつでも殺せるという相手の余裕。
そして、弄ばれている屈辱。
その事実に、胸の奥にじんわりと膨らんだ。




