22話「計画を立てよう」
「馬車の偽装、解けてたわ」
「やっぱりモノによって、偽装の継続時間が違うのか」
「お待たせしました〜」
「ああ、どうも」
注文した料理が届いたみたいだ。
この店の名はトマティ食堂。
店内は治安の悪い輩がいない限り、静かで落ち着いた雰囲気があって俺好みだ。
おすすめメニューは、新鮮なトマトを使ったスパゲッティ似の麺料理らしい。
二人前を頼み、食事を始めた。
「いただきます」
うん……スパゲッティだ。
特有の酸味と、弾力のある歯応えが素晴らしい。
「アメハル、魔神を倒すための手順は知っているかしら」
「んー?」
俺は麺を頬張りながら返事をする。
数秒間噛み、飲み込んだ後ようやく口を開いた。
「さあ……剣で斬るとか、魔法を叩き込むとか?」
「そうじゃないわ。そこに至るまでの過程の話よ」
彼女は一拍置いて、続ける。
「魔神はね、自分の力を分け与えた存在を生み出すの。
それが『眷属』。人類滅亡を掲げているくせに、人間を手下にするなんて皮肉な話だけど」
眷属……前にも何度かその名を聞いた。
どういうものであるかは、聞きそびれていたな。
「眷属になった者は悪に染まり、同時に常人をはるかに超えた力を得るわ。
そして何より、魔神に異常なほど忠実になるの」
レイネはスパゲッティに、無料で置いてある黒胡椒のようなものをかけた。
アルタが良い例、いや悪い例か?
あのイカれた行動や言動は、眷属化の影響なのだろう。
「でも、眷属化にも代償がある。人間を手足として使える代わり、同時に足枷がはめられる」
「というと?」
「魔神と眷属の間には、力の繋がりができている。その繋がりが――弱点になる」
弱点。
優秀な駒を得る分の引き換え、デメリットか。
明確に弱点が存在するのはありがたい。
「眷属を倒せば、その繋がりを無理やり断つことができるわ。すると魔神は、一時的に弱体化するのよ」
レイネはそれを表現するように、自分の歯で一本の麺を噛みちぎってみせた。
弱体化。
それが魔神を倒すために必要な過程というわけだ。
「弱体化していない魔神は、比類なき強さを誇る存在。正面から挑んでも、勝ち目は薄い」
レイネは指を順に3本立てる。
「だからまず眷属を倒す。そうして魔神を弱体化させてから、ようやく本体との戦いに挑む。
――この流れが必須ね」
「うーん、一筋縄じゃあいきそうにないってことか」
難易度はえげつない。
それでも、俺たちのやるべきことは決まった。
この流れには既視感がある。
重要な取り巻きを倒すと、ギミックによってボスがデバフによって弱体化するんだ。
同じ要領でも、苛立ちそうなことには変わりないが。
「今、魔神らしき反応はみっつ。この内のどれかが魔神で、他のふたつは眷属だとおもうわ」
つまり、最初に眷属ふたりを引かなければならない。
アタリの魔神を引くのはラストだ。
途中で魔神を引いてしまえばハズレ。
順番通りに引かなければ、全てハズレになる、か。
「ん? ちょっと待ってくれ。その2人の眷属が、1体の魔神の眷属とは限らないんじゃ?」
俺の疑問に、レイネは食べていた手を止めた。
「魔神は自分の眷属を、自分の近くにしか配置できない……はず」
違う可能性も捨て切れないのだろう。
だが彼女は再び、スパゲッティを口に運んだ。
「今まではそうだったわ。だから、先人たちの知恵を信じましょう」
「……そうだな」
気にしている場合じゃない。
どちらにせよ、全てを倒すことに変わりないんだ。
「今度こそ成功させなきゃ。……勇者の一族に賭けて」
レイネは力強くつぶやいた。
彼女とテーブルの正面に座る俺には見えた。
レイネの目は、スパゲッティの一点に固定されている。
なにを考えているのかはわからないが――
「……ソース、ほっぺについてるぞ」
「え!? み、みないでちょうだい」
「ぷっ、逆だよ逆」
レイネは恥ずかしそうに、左頬についたソースを布ナプキンで拭った。
彼女には時々、このような一面が垣間見えるのだ。
しっかりしているようで、意外と抜けているところがあるのかもしれない。
「……食べ終わったら、反応がある場所に向かいましょう」
もし魔神たちと鉢合わせたら?
その懸念を言う前に、レイネは答えた。
「向こうは私たちを知らないわ。
自然に振る舞えば大丈夫よ」
それもそうか。
レーダーがあるのはこっちだけだ。
こっそり様子を伺うことができる。
「わかった。案内してくれ」
おっと、スパゲッティの感想を述べていなかった。
フォークが勝手に動き出すほど美味い。
これも俺好みの、濃い味付けだった。
――――
ひとつ目の目的地には徒歩で向かう。
整備された道だ。
磨かれた石畳の大通りに、帝国の紋章らしき旗。
まわりの住宅はほとんどが石造建築だった。
驚いたのは、なんといっても国の広さ。
アスタフィアの約3倍はあるという。
どおりで、これだけ歩いてもなかなか着かないわけだ。
帝国民は、毎回の予定に間に合っているのだろうか?
「ここよ」
「ここは……」
さっきから見えていた建造物。
その前で俺たちは足を止めた。
ものすごく高くて、大きい建物だ。
それに他とは違い、外観がおしゃれだ。
周りには、帝国軍とは異なる制服を着る若者が。
「なにかの学校か?」
「あそこ……『東カルヴェルム総合学園』って書いてあるわね」
総合学園。
俺は改めてこの建物を見上げてみる。
貴族とか、金持ちが通う場所だな。多分。
「ここから魔神の力を感じる」
「つまり、潜伏してるのか……?」
魔神は人間を憎み、滅亡させようとしている。
それでまだ騒ぎになっていないということは、生徒か教師に紛れて生活していることなんだ。
「困ったわ。まさかこんな場所に……」
「流石に、ここへ忍び込むのは……」
レイネの認識阻害のローブ。
それを持ってしても難しくおもえてしまう。
部外者があまりにも目立ちすぎる。
実際に、この辺りを行き交う学生たちの視線が……。
「なあ、俺の格好ってそんなに変か?」
「変よ。今まで気づかなかったの?」
レイネは俺の青ジャージ姿を頭から見直した。
「色が均一で、かつ珍しい素材。伸縮性があって簡素すぎる見た目なんて、きっとアメハルだけでしょうね」
前々からどうにかしなきゃとは考えていた。
今のコーデは、青いジャージ上下セットに鉄靴。
側からすれば珍獣だろう。
「ついでに服も買わなきゃな。それに風呂入りたい」
来る途中で、浴場のような施設を発見したのだ。
できることなら、新しいマイウェアも揃えたいところ。
「はあ、学園はひとまず後回しにするわ。もうひとつの反応の方に向かいましょう」
俺とレイネは学園の前を後にした。
またしばらく歩く。
建物の外周をまわるだけでも一苦労だな。
「あっちね」
次にレイネが指し示した道。
それは、薄暗い路地だった。
「ここ通るのか?」
「ええ、近道な気がする」
「……やっぱりレイネって直感型だよな?」
レイネは黙ったまま、裏路地へ歩いていってしまった。
俺から見て帝国は、治安がやや悪い。
また昼間の連中みたいな輩に会ったらどうする。
今止めても、聞きそうにないんだけどさ。
気乗りしないが、彼女についていこう。
「なにも起きませんように」
「案外ひょんなことから魔神に繋がることもあるのよ? むしろ起きてほしいわね、事件」
「流石、魔神ぶっ倒すマンは一味違いますね」
「褒めてるのそれ?」
その立派な精神は見習いたいところだ。
この薄暗い道。
アスタフィアの裏路地を思い出してしまう。
クソ、嫌な予感を誘う象徴にならないか心配――
「――お前、明日からくんじゃねぇよ」
誰かの声が奥から聞こえてきた。
道の突き当たりにスペースがあるらしい。
そこから、複数人の声がする。
レイネと顔を見合わせた。
俺たちの動きは極端に静かになる。
気配をなるべく消して、こっそりと壁際を覗き込んだ。




