1話「異世界召喚」
「うわっ!?」
反射的に、両手で顔を覆う。
「つぅあ、あ?」
やがて光が収まって、周りを見ると――
「――成功した? あれ、失敗だと思ったけど」
「え……?」
知らない場所だった。
広くて明るい。
洋風の王室みたいな空間だ。
床や壁に物が散乱している。内装は妙に綺麗で、なかなか見応えがある。
ってちがう、そうじゃない!
「……なんだここ」
今見ているのは夢、それともVRか?
これは現実なのか?
その区別がつかない。
いきなり場所が変わるのは、異常でしかない。
意識ははっきりしている。
なにより、気分がすこぶるいい。
さっきまでの記憶も鮮明で、状況だけが意味不明だ。
いや、そんなことよりも。
目の前にいるこの人は、誰だ?
「――僕の世界へようこそ。
さっそく確認だけど、君は異世界からきた人間でいいのかい?」
実に可憐な、美しい少女がそこにいる。
若干低めの、落ち着いた声のトーンだ。
膝まで伸びた銀髪。
引き込まれるような蒼い瞳。
幼すぎず、大人すぎない容姿だ。
黒と青のドレスに身を包んでいる。
少女はコツコツと靴音を立て、俺の前にやってきた。
「え、えーっと……?」
単に美しいだけじゃない。
何もかもを見透かしたような、優しい笑顔で俺を見ていた。
総括すると、心を奪われてしまいそうだった。
「い、異世界? ここって異世界、なんでしょう、か?」
タジタジになって聞いた。無理ないだろう。
思わず見惚れそうになった。
初見で胸を撃ち抜かれそうなんだ。
すると少女は、不思議そうに首を傾げた。
「おや、僕たちと同じ言語だ。どこかの辺境地から呼び出しちゃったのかな?」
少女はずいっと顔を近づけてきた。
ち、近いよ!?
距離感が無垢な動物と変わらない気がする!
「でもその格好は変だね、見たこともない」
彼女の俺を吟味する視線が妖しい。
それでいて、ドキドキさせるようなその笑み。
とろけそうな声色も相まって、緊張が――
「主様、彼は混乱しているようです。
主様の美貌に見惚れて、会話もままならない様子」
奥から声が聞こえてきた。
白と金の鎧を着た、騎士風の女性がいた。
ブロンド髪でポニーテール、凛々しさがある。
「彼の体に魔力は感じません。魔道具は機能していないみたいですね」
「魔力がない……ということはゼロなのかい?」
鎧の女性は、望遠鏡のようなもので俺を見てきた。
え、なに?
どういう世界観のセットなの?
「おっと失敬。やっと成功したのが嬉しくてつい……ね」
このシチュエーションは見覚えがあるぞ。
そう、確か異世界もののアニメだったか。
召喚された主人公が美少女にお出迎え……?
待ってくれ。
それじゃあまるで、俺が本当に異世界にきてしまったみたいじゃないか。
主様と呼ばれた少女が、咳払いをした。
「では改めまして、僕はフェイルノート。
この世界の神様だよ。そしてここ――アスタフィア王国の王でもある」
「は、はぁ……?」
少女はフェイルノートと名乗った。
それも、神と王を自称して。
インパクトのある自己紹介だな。
アスタフィア王国なんて名前は聞いたことがない。
俺が知らないだけか?
「はい、僕の自己紹介はおわり。
さあ、次は君の名前を聞かせてほしい」
どうしたものか。
正直に名乗った方がいいのだろうが、不安だ。
簡潔すぎて、素性もわからない相手だぞ?
俺は数秒沈黙した。
導き出された答えは単純だ。
まあ――可愛いからいいか!
「……曇、雨晴です」
「クモリアメハル、珍しい響きの名前だね。
召喚は成功したようだ。ね? アルタ」
鎧の女性はアルタと言うらしい。
アルタさんは嬉々として、こちらに駆け寄ってきた。
「はい、私も確かに見ました。主様の召喚陣から、彼が呼び出されるところを!
偉業を成し得たこの場に立ち会えて、私は光栄です!」
「召喚陣? うわっ」
今俺が立っている床。
そこには綺麗な円の、召喚陣なるものがあった。
複雑な模様で、赤い色だ。
ゲームで見たことはある。
現実で見るとなかなか精巧で、迫力があるな。
「フフ、そうだろう? 僕も嬉しいよ。
エルド以外に他の世界があることを証明できた。これで、次の段階に進めるよ」
フェイルノート様は髪を掻き上げ、胸を張った。
その様子に、アルタさんは興奮したように賛美を送る。
「はい! 私も心待ちにしておりました。
主様に仕える騎士として、これほど誇らしいことはありません!」
これが、異世界語だとでもいうのか?
どう聞いても流暢な日本語だ。
外国人特有のイントネーションもない。
俺は今すごく落ち着いている。
数分前まであんなに落ち込んでいたのに、だ。
目の前で繰り広げられる百合の空気のせいか?
なぜかは知らない。
妙に心がスッキリしているような……?
「さて、じゃあアメハル。僕に従ってくれるかい?」
フェイルノート様に笑顔でそう言われた。
だから俺は咄嗟に答えてしまった。
「ん? えっと、従うって……なんの話でしたっけ?」
――その瞬間、空気が変わった気がした。
しん、と音が吸い込まれたかのように消えた。
フェイルノートもアルタさんも、微動だにしない。
目を見開いて、俺を見てくる。
え……なんだ?
空気が一気に冷えた気がして、息が詰まった。
この静寂は体に毒だ。耐えられない。
話しかけなければ。
「……あ、あの? どうかしました?」
急に黙ったフェイルノートに聞く。
すると、彼女は笑みを浮かべた。
「ううん、ごめん。何でもないよ」
いたって平然だ。
けれど、あたたかさを感じない。
さっきまでとはまるで、別人のようだった。
「そうだ! アルタ、アメハルに王都を案内してあげてよ。実際に見てまわったほうが楽しいと思うし」
「はっ! その責務、喜んで拝命いたします」
さっきの静寂がなかったかのようだ。
話が急に進んでいく。
俺が口を挟む余裕なんてなかった。
「ごめんね、僕はまだやるべきことがあるんだ。
悪いけど、あとはアルタが説明してくれるよ」
「はぁ……そうなんですか?」
「ではアメハル様、王都にお連れいたします。さ、こちらへ」
異世界の王都か。
どんな場所なのか非常に気になる。
気にはなるのだが……これでいいのだろうか?
「じゃあね、アメハル。そしてありがとう」
お礼を言われた?
ありがとうって、何に対しての?
その声がやけに明瞭に聞こえた。
俺はアルタさんと共に、この部屋を後にするしかなかった。




