16話「眠気を誘え」
レイネにこの世界のことを少しだけ教わった。
今いるここは『エルド』という大陸らしい。
主要国家がいくつもあって、その大体が不戦の条約を結んでいるのだとか。
エルドには、魔王や魔物といった、人類の脅威が日常に蔓延っている。
共通の敵を目の前にすれば、国同士で争っている暇はないという。
ある意味では人類の一致団結に貢献しているとも言える。
戦争は人と人ではなく、それに代わる脅威とのもの。
エルドではそれが常識だそうだ。
「ふわあ……」
だらしのないあくびが出た。
馬車は緩やかに走行している。
森と山を抜け、次はだだっ広い草原に出た。
緑の大地と、涼やかな風がお出迎えしてくれた。
俺は今、馬車の荷台に寝っ転がっている。
あまりにも……暇すぎるぞ。
景色を楽しむ時間はすでに過ぎ去った。
この揺れと暇な隙間が、あくびを誘発させるのだ。
「……」
出発してから1時間は経っただろうか。
レイネは一定の速度で、馬車を走らせてくれている。
彼女とはちょろっと会話しただけだ。
あとは無言になり、お互い喋らなくなった。
この空気は覚えがある。
知り合ってすぐは会話を試みるが、共通の話題がなくて困った末に両者とも黙るやつだ。
久しぶりに味わったな。
居心地が悪い。
「なあ、レイネってほんとに俺より年上なの?」
「……いきなりなによ」
耐えられなくなって、俺から話を振ってみた。
レイネは振り返らずに聞いてくれる。
「どうも俺には、レイネが年上には見えなくてさ。俺より若く見えるっていうか」
「失礼なのか微妙なラインだけど、失礼ね」
彼女の顔立ちやその口調は、確かに年上の振る舞いだろう。
だがその中身に、幼さを隠しきれていないようにも見えるのだ。
「年上よ、間違いなく。だから敬いなさい」
「ならいくつなんだ?」
「……どうしてそんなことを聞くの?」
「なんというか、俺の妹と雰囲気が似てるからさ。
その強気な感じとか思春期の雪菜そっくりで――」
レイネは振り返った。
ジトっとした横目を俺に向けてきている。
「……なんだよ」
「そういうあなたは、私の兄と大違いね。他人を自分の妹に似てるなんて言わないもの」
レイネはため息をついて落胆した。
その様子が、ますます雪菜と重なって見えてしまう。
こういう譲らないところとか。
「じゃあ何歳か教えてほしい」
「イヤ。私はアメハルより年上、それだけ覚えてればいいわ」
「なんだそりゃ……」
意味不明な抵抗に負けた。
これ以上は絶対答えてくれなさそうだ。
俺は諦めて、また寝っ転がろうとする。
その時、ふと思い出した。
地球人類の大きな夢を。
「よし、それならレイネ大先生? 僕に魔法のレクチャーしてほしいな〜」
「はあ? なんでよ」
「契術は便利だけど、体調悪くなるから嫌なんだ!
もし手頃に使える魔法とかあれば……」
俺は立ち上がってレイネに請う。
ぜひとも、この魔法使いの先輩にご教授願いたい。
前とは違って今は魔力がある。
コツさえ知れれば、俺だって魔法の一つや二つできるはず!
「契術使いは魔法使えないわよ」
「……え?」
レイネの発言に、俺は固まった。
「これでこの話は終わりね」
「ちょ、なんで? 魔力だってあるぞ!?」
俺はレイネに反論する。
彼女はまたも呆れたような顔をしている。
「知らないの? 魔法と契術は共存できない。
神の力と悪魔の力、お互いが反発し合うの」
そんな法則は知るわけない。
要するに、魔法は絶対使えないということか?
俺、また上げて落とされるの?
「とにかく諦めなさい。
まずは契術を極めること、もっと効率の良い使い方がきっとあるはずよ」
レイネは前を向き直してしまった。
「そんなこと言ったって……」
契術を極める。
そんなことをしなくても、オーバーキャスターになれば全部解決じゃないか。
俺は立ち尽くしたまま、フリーズした。
――――
旅が始まってから1日目の夜だ。
馬車を止め、適当な茂みで焚き火を起こした。
ゆらゆらと揺れる火を座って眺める。
眠くはない、嫌というほど寝たからな。
目が冴えてしまって、しばらくは元気だ。
「まだメソメソしてるの? いい加減切り替えなさい」
レイネが新しい薪木集めから戻ってきた。
メソメソなどしていない。
ただショックで気力が損なわれただけだ。
すぐに、切り替えられるさ。
「こんなところで休んでいいのか……?」
昨夜の村とは違う。
ここは完全に野晒し状態だ。
いつ襲われても文句が言えない。
「仕方ないじゃない。それに見張っておくから大丈夫。
安心して、あのアホみたいな寝顔を晒しなさい」
優しく貶されて、複雑な気分になった。
「それはどうも。レイネも疲れてるだろ? ずっと馬車の運転してもらって悪いな」
「私は、心配ないわ」
俺はここまで寝てるだけだったからな。
レイネにばかり任せては流石に気が引ける。
どうせ眠くないし。
「遠慮なく、君の可愛らし〜寝相を披露して構わない」
「……ムカつく。ここに置いていこうかしら」
俺に真似されてお気に召さなかったのか、彼女はムスッとした顔をした。
軽い言い合いができるくらいには、打ち解けることができたということだろうか。
「ねぇ、アメハルはどこからきたの?」
突然レイネからそんな質問がきた。
「前にも言ったけど、日本からだよ」
「そんな国、今まで聞いたことがないのだけど」
そういえば、異世界の国ということは教えていなかった。
説明が難しいから放置してたっけ。
「遠い辺境の国なんだ。魔法が存在しない、普通のね」
「魔法が、ない……? 神の加護が行き届いていない国なんて、存在するのね」
日本はなるべく思い出したくない。
彼女にはこれくらいの説明に済ませておこう。
「……羨ましい」
レイネはポツリと、つぶやいた。
焚き火の炎眺め、体育座りで体を丸めている。
「羨ましい? 窮屈なだけだと思うけどな」
少なくとも俺はそうだった。
現実は簡単に上手くいかないし、非情なんだ。
「帰りたいとは……思わないの?」
「全然。俺はここで生きていきたいね」
俺は即答した。
妄想のようなこの異世界の方が気楽でいられるのは、おかしなことなのだろうか。
「正気じゃないわね。こんな世界、ろくでもないことしかないっていうのに」
レイネの声には覇気がなかった。
正反対の価値観
というか、最初に会った時よりも顔色が……?
「昨日は眠れなかったのか?」
「いえ……最後に眠ったのは1週間くらい前だったかしら」
「え゛」
今、彼女はとんでもないことを言った。
1週間も寝てないなんて、ありえるのか?
じょ、冗談だよな。本当だったらそれは――
「もしかしてずっと……?」
「そうね、あなたが寝てから村の見張りをしていたわ。
だからあと2日なんてどうってこと……なにしてるの?」
俺はすぐさま土下座を決行した。
呑気に夢の世界へ行っていたのは俺だけだ。
「ごめん……君になにもかも任せっきりだった」
「やめてよ、そんな言葉いらないわ」
精一杯の謝罪を断られ、顔をあげる。
レイネの目は、焚き火に釘付けだった。
「無関係のあなたを巻き込んでしまった、私の責任なの」
「私の責任……?」
「あの国の魔神を殺せなかった私の力不足。だから気にしないで、アメハルは休みなさい」
レイネは全くこっちに視線を向けてこない。
俺の目には、自分を責める女の子の姿だけが映っている。
「その代わり、戦いになったら頼りにする。
また白くなって、窮地に陥ったらひっくり返してほしい」
レイネは力無く笑って、そう言った。
戦うのは、オーバーキャスターだ。
俺じゃない。彼女が頼りにしているのはアイツだ。
俺が頼りにしているのも、アイツだ。
またアイツか。
異世界でも未練たらしくまとわりついてくる。
あぁ、悔しくなってきた。
だからサービス終了のあの時……きっきり決別しておきたかったのに。
「私は平気なの、わかったら――」
「俺が見張りをするよ」
「え?」
俺は立ち上がって、レイネを見る。
彼女は俺の方に顔を向けていた。
「昼間に寝まくったからな、全然眠くないんだ。これは譲れない」
実際、この会話で眠気は吹き飛んだ。
やる気も湧いてきた。
見張りとかはゲームでもしたことがない、むしろ楽しくやれそうだよ。
「7日徹はすごい、俺でも3日が限界だ。
でも、休息は絶対必要だろ。体を壊したら元の子もなくなる」
これは経験に基づく。
信用度は高い。
レイネはひとり旅でも、ずっとこんな感じだったんだろうか。
せめてもの休憩を、俺の手で作ってやりたい。
「……任せてもいいの? でも……」
「レイネに責任なんてないってこと。徹夜仲間として、労わってやろうと思っただけさ」
俺は暗い木々の方へ体を向け、仁王立ちした。
「ぐっすり寝てくれ。さぁおやすみまた明日!」
レイネの返答を固定するために。
「え、えぇ……じゃあ、お願いするわ」
こっちの勢いに押され、レイネは承諾してくれた。
彼女がぶっ倒れる前に格好をつけなくては。
男として不甲斐ないままじゃダメだ。
せめて小さいところで、好感度を勝ち取れ。
「っ!」
と、どこかから遠吠えが聞こえてきた。
犬にもライオンにも似た、心をざわつかせる音。
それに思わず、俺は肩をびくつかせた。
ゆっくり後ろを振り返った。
レイネは目を閉じて、横になっている。
「……レイネさ〜ん。3時間に1回が交代の相場ですかね……?」
小声で呼びかけてみた。
俺の言葉に、彼女の片目が半分開く。
無表情だが、なにか言いたげな顔だった。
「えっと……」
「ふふっ」
レイネはクスっと笑った。
そしてオッケーの形を手で作ると、その表情は和らいだ。
「わかったわ、それでいきましょ」
俺がいる方の反対側。
彼女は村から持ってきた毛布をかぶって、寝返りをした。
レイネが今どんな顔をしているのか。
想像しても、俺にはわからなかった。




