10話「束の間」
6畳ほどの広さ。
木製のシングルベッドと、小さな机と椅子がある。
意外にも窮屈ではなかった。
簡素で必要最低限といったところだ。
「きたわね」
先にいたレイネに出迎えられた。
彼女はベッドの上に腰を下ろしている。
そして部屋に入ってきた俺を、凝視してきた。
「ようやく、落ち着いて話せるな」
俺は備え付けてある机へ向かい、椅子に腰掛けた。
彼女の隣に座る度胸はない。
「じゃあ改めて……君が何者なのか聞かせてほしい」
「いいわ。
アメハルは人畜無害みたいだしね、教えましょう」
どういう評価に落ち着いたんだ?
でも、信用してくれてなによりだ。
レイネは一呼吸して、話し始める。
「私は、この世を荒らす悪――魔神を殺すために旅をしているの」
彼女の目的が明らかになった。
度々出てくる、魔神という存在。
それを倒す旅ねぇ……。
「そもそも、魔神って?」
「200年前、勇者に退治された魔王と入れ替わるように、奴らは現れた。
そして、多くの国を壊滅に追いやった」
それが魔神。
まるで漫画みたいだ。
でも、実際にあったであろうお伽話らしい。
魔王を倒したと思ったら、次は魔神です。
……なんて、たまったもんじゃないな。
「当時の勇者が戦って、なんとか相討ちまで持っていったらしいわ。
けれど、魔神の存在は世界各地で確認されている」
「それが、あのフェイルノートだったと」
「魔王に引けを取るどころか、はるかに超えた力を持った巨悪の怪物……それが魔神よ」
噛み砕いて、要約しよう。
とんでもなくヤバい奴ってことか。
レイネはそれを相手に、戦うと言った。
「聞いただけでかないっこないって感じだけど、どうして――」
「私の兄は魔神に殺された」
なぜ魔神を倒したいのか。
そう聞く前に、レイネは言った。
「だから殺し返す。兄の仇を取る。
シンプルだけど、これが私の強い原動力なの」
それは至極当然で、真っ当。
正義のためではない。
あくまで私欲。
レイネの瞳を見た。
そこには、憎悪のような感情が含まれている気がした。
「あー……そうなんだ」
俺は反応に困った。
目線を逸らし、素っ気ない返しをしてしまった。
復讐のため、か。
……家族を失う辛さは理解できる。
他人に奪われたのなら、なおのこと。
一生消えない傷をつけられた。
であれば、その怒りを捨てることは不可能だろう。
「長く旅をしてきてようやく、魔神の1体がアスタフィア王国にいることを突き止めることができたの」
レイネは俯き、声のトーンが下がった。
……魔神の1体?
「ちょっと待ってくれ。魔神って、フェイルノートだけじゃないのか?」
「そうよ、全部で3体いるらしいわ」
その事実が驚きだ。
フェイルノートの他にあと2体?
「なのに……魔神と戦うどころか、眷属に遅れをとるなんて笑い話ね」
レイネは渇いた笑いをこぼす。
彼女は自分の短剣を、強く握りしめていた。
眷属っていうのは、アルタのことか?
恐ろしいほど強かった。
それでいて容赦がなかった。
フェイルノートを打倒する前の問題だ。
あのアルタよりも魔神が強いことになる。
おまけに国そのものが操られている、と。
それをレイネ1人だけで、成そうとしていたとは。
まさに鬼畜難易度じゃないか。
「でも俺を助けてくれた。おかげで、こうして生きてる」
「ただの、なりゆきよ……」
謙遜できたんだ。
そんな言葉が頭に浮かんだが、言わなかった。
強気な彼女が、弱気になっていたから。
……俺に、できることはないか?
恩返しというやつをしたい。
レイネが可哀想に見えた。
なんでもいいから、言葉をかけてあげたかった。
『すべての魔神殺し』
ふと、脳裏をよぎった。
誰かがそうつぶやいていた。
でも誰だ? いや、誰でもいいか。
気づけば口は、自動的に開いている。
――待て。
気軽に言っていいのか?
「大丈夫。これからは俺も手伝うつもりだ、だからなんとかなるって」
言ってしまった。
楽観的で、馬鹿っぽい。
お人好しにも似つかない、無責任なセリフを。
「いいじゃん魔神討伐。魔王退治よりもすごい感じがしてさ!」
「……え?」
そうだ。
今ここには俺がいる。
慰めになるかはわからない。
目的は一緒なんだ。
協力すれば、突破口は見えるはず。
「どうして、まだ手伝ってほしいなんてお願いは……」
「ん? あれ、なんでだっけ?」
魔神を倒さなきゃいけない。
そんな気がする。
疑問に思う前に口が動いていた。
善意?
それとも、雪辱を晴らしたいから?
「まあいいか。とにかくもう休もう、体がクタクタでしょうがないんだ」
「……そう、ね。ますます、アメハルのことがわからなくなったけれど」
俺たちは一旦切り上げた。
疲れた体を癒す方向にシフトする。
しかし、ベッドが一つしかないということは。
どっちかが床に寝るわけにもいかない。
やはり一緒に寝るほかないのでは――
「あ、そうだ」
俺は話を和ませるものを思い出した。
「受付のおじさんから、リラックスできるものもらったんだよ。つけてもいい?」
「リラックスできるもの?」
俺はさっきもらった包み紙。
ポケットから手のひらに出して、レイネに見せる。
「それは……」
するりと紐を引っ張る。
紐は想定していたよりも硬く結ばれていなかった。
俺は中身を見るために、封を解こうとした。
「火の魔法って使える? ぜひご教授――」
「ダメ、捨ててッ!」
なぜかレイネが、ベッドから飛び出した。
どうしたんだ。
必死に手を伸ばし、焦った顔をしている。
彼女の声が、異様にスローに聞こえるが……。
「はい?」
熱い。
手のひらでジリジリとした痛みが走る。
熱々のやかんを、直に触ってしまった時のような。
何事だ。
俺は下に目線を落とす。
赤と黄色の光が、飛び込んできた。
瞬間。
目の前が爆ぜた。




