8-9:わたしが求めていた言葉
後日、アトリエにやってきたアランくんには正直に話した。
わたしとレオンが恋仲になったこと。
グレイス王国にはもどらないことを。
「兄上。あなたがルゥ・ルーグを好いていることは……、納得はしませんが承知しました。しかし、どうしてグレイス王国に戻らないのです」
「この『刻のアトリエ』が僕の居場所だからだよ」
「あなたは聡明なお方です。王となって人々を導くべきです」
「いや、導くのはアランだよ」
レオンがにこりと笑顔で言う。
アランくんが「えっ」と驚く。
「僕は一度逃げた身だ。逃げた後でだって、いくらでも国に戻ることはできた。にもかかわらず、僕はルゥさまとアトリエで過ごすことを選んだ。それは責務から逃れたことに等しい。その時点で僕に王の資格はないんだよ。国民も間違いなくそのことを指摘してくる」
「し、しかし……」
「そんな僕とは違って、アランはグレイス王国に残って国のために尽くしてきた。それだけで王になる資格はあるんだよ」
「……詭弁です」
アランくんは目に涙をためていた。
それからわたしたちに背を向ける。
「兄上には失望しました。もう顔も見たくありません。さようなら」
そうして彼はわたしたちの前から去っていった。
「アラン、ありがとう」
アランくんがいなくなってからレオンはそうつぶやく。
「ルゥさま。アランを悪く思わないでください。アランは僕たちに罪悪感を与えないように、自分から不愉快な言葉を使ってくれたんです」
「うん。でも、本当によかったの? グレイス王国に帰らなくて」
「僕の『帰る』場所はここですから」
続けてこういう。
「実を言うと王位に最も近い人間は僕ではなくアランなんです」
思いもよらない言葉だった。
「父上は生前、僕に言っていました。『アランに王位を譲っても恨むなよ』と」
レオンが責任を放棄したとも取られかねない、国から逃げるのが許されたのも、それが理由だったという。
「じゃあ、次の王さまは……」
「臣下たちはアランを王にするでしょう。父上の側近は父上のお気持ちを知っていたでしょうから。国王の正式な遺言ではなかったので、かんたんにはいかないでしょうが……」
レオンがにこりを微笑む。
「さて、お茶の時間にしましょうか」
わたしがテーブルに着くと、レオンが紅茶を淹れてくれた。
焼き菓子もレオンが作ってくれたものだ。
二人で紅茶とお菓子を楽しみながら談笑する。
なにげない日常。
この日常がわたしの一番大切なもの。
「レオン。お願いがあるんだけど、いい?」
「もちろん。ルゥさまのお願いであればなんでも叶えてみせます」
「よかったー。それじゃあ――」
なんだかわたしが照れてきた。
やっぱりやめておこうかな……。
悩んだ末、思い切って言ってみた。
「『好き』って言って」
「え……」
「レオンに言ってほしいの」
「それは毎日言っているのでは……」
「だ、だよねー。なに言ってるんだろ、わたしったら。あはは……」
なんて笑っていると、ふいうちを受けた。
レオンがわたしのくちびるに自分のくちびるを重ねてきたのだ。
びくりと身体をすくませてしまう。
けど、それはほんの一瞬で、すぐに彼に身体を預けた。
どれくらいそうしていただろう。
レオンがくちびるを離す。
彼はやさしい笑みをわたしに浮かべていた。
「好きです。ルゥさま」
【ルゥと刻のアトリエ――おわり】
(エピローグに続く)




