8-3:わたしが求めていた言葉
「僕は王にはならないよ。ここでレオンという一人の人間として暮らすのを決めたんだ」
「……僕は嫌です」
キッとレオンを見る。
「兄上はおそらく、いきなり国に戻る話を聞かれて動揺しているのでしょう。冷静になってもう一度よくお考えください」
「僕の考えは変わらないよ」
「いえ、兄上が思いやりのある人ならば、必ず考えは変わります」
それからアランくんはつぶやく。
「あの兄上が女性に入れ込んで使命を放棄するなどありあえない」
「アラン!」
「……すみません。今のは聞かなかったことにしてください」
わたしの胸にちくりとトゲがささる。
レオンが王さまになろうとしないのは、わたしのせい……。
「……僕もいったん冷静になります。ルゥ・ルーグ。今の発言は撤回します」
アランくんがドアに手をかける。
「一か月後、再び兄上に会いにきます。そのときにまた返事を聞きます」
扉が開けられると冷たい風が吹き込んでくる。
「それでは、またお会いしましょう」
そうしてアランくんは去っていった。
アトリエに静寂が戻る。
わたしもレオンもその場に立ったまま沈黙していた。
レオンは床をじっと見つめている。
真剣な面持ちで。
迷っている。
「レオン」
「ルゥさま」
「レオンならきっとステキな王さまになれるよっ」
なんてことを言ってしまったのだろう。
わたしは言ってから、すごく後悔した。
でも同時に、こう言わなくていけないとも自覚していた。
「ルゥさま……」
レオンがとても悲しそうな顔をする。
ごめん、レオン。
でも、わたしはこう言わなくちゃいけなかったんだ。
その日の夕食はレオンが言ったようにハンバーグだった。
わたしの大好物のはずなのに、味がぜんぜんわからなかった。
「……」
「……」
食事中、会話はほとんどなかった。
もくもくとハンバーグを切って口に運ぶのを繰り返すだけだった。
おしゃべりのない食事がこんなに味気ないものだったなんて。
レオンはきっと止めてほしかったんだ。
――レオン。王さまにならなにで、わたしとずっといっしょにいて。
そう言ってくれるのを期待していたのだ。
わたしだってそう言いたかった。
でも、それじゃダメなんだ。
レオンが王さまになれば、みんなしあわせになれるはずだ。
だからレオンは、こんな小さなお店にいるわけにはいかない。
翌朝。
「ルゥさま。朝でございます」
身体を揺すられる。
シャッとカーテンの開く音。
まぶしい朝陽がまぶたを貫く。
わたしは目をこすりながらゆっくりと起きた。
身体を起こすと、隣には笑みを浮かべたレオンがいた。
「おはようございます、ルゥさま」
「おはよ、レオン」
いつもの朝のあいさつを交わす。




