6-10:オリオンオークション
そうそう。実はオリオンオークションに先立って、我が『刻のアトリエ』が怪盗ゼロの被害に遭ったのだ。
盗まれたのは商品のパン。
わたしが材料から『刻星術』で時間を進めて作ったパンだ。
店じまいをした後、商品の数を数えていたら一個だけ足りなかったのに気付いた。
間違いなく怪盗ゼロに盗まれた。
怪盗ゼロは裕福な人からしか盗まないって聞いたけど、貧乏なウチの店でもドロボウするじゃん!
「ゆるせないっ」
「ルゥさま、お静かに」
レオンにくちびるに指を添えて「しーっ」と注意される。
感情が昂るあまり、つい口に出してしまった……。
怪盗ゼロがわたしを口説いていたのも、ドロボウする隙を作るためだったのだと後から気付いた。
ちょっと浮かれていた自分がバカみたいだ。
まあ、『イモ娘』に一目ぼれする変人なんていないよね……。
この実に的確かつ侮辱的なあだ名を考えたギュスターヴさん。なんて罪深い。
カシマール先生にまで気に入られちゃったし。
「いよいよ次が『花畑』です」
「しっかり見張ってないとね」
今回の目玉商品、巨匠マーガレット・ノキアの絵画『花畑』が舞台に現れる。
客席の人たちがにわかにざわめく。
みんな『花畑』に釘づけだ。
怪盗ゼロが現れるなら今だ。
でも、こんな人がたくさんいる場所で盗むことなどできないはず。
「さあ、お待ちかね。いよいよこの『花畑』を競り落としていただきます。鑑定書付きの正真正銘の本物です」
絵画『花畑』の隣には司会のオリオンさんが立っている。
会場の出入り口には衛兵がいる。
もちろん、オリオンオークションの外にもたくさん。
「――ですが、その前に、この『花畑』すらかすむ女神を紹介したいと思います」
「えっ?」
「なんでしょう……?」
わたしとレオンは顔を見合わせる。
こんな話をするなんて聞かされていない。
オリオンさんがわたしとレオンのいる舞台袖に顔を向ける。
「大樹をよみがえらせた聖女、ルゥ・ルーグさんにご登場していただきましょう!」
ええーっ!?
まさかのわたし!?
あんぐりと口を開けているわたしにオリオンさんは手招きしている。
わたしはおそるおそろう舞台袖から出る。
そしてオリオンさんの横に立った。
お客さんのたちの視線がわたしに注がれる。
「どうです? とても可憐で美しい乙女でしょう。彼女が隣に立てば、この『花畑』すら色あせて見えてしまいます」
言いすぎだよオリオンさん!
わたしは緊張で全身がぶるぶる震えていた。
こんなの予定になかったのに……。
ちらりと横を見て、舞台袖にいるレオンに助けを求める。
さすがのレオンも舞台に出てくるかどうか迷っているようす。




