6-2:オリオンオークション
「『刻のアトリエ』の評判は聞いていますわ。まさしくルゥは聖女ですわね」
「てへへ」
「調子に乗るなよ、イモ娘」
「もう、お兄さまったら」
わたしも紅茶を口に含む。
甘すぎず渋すぎず、上品な味わい。
街で買ってきた安物の茶葉と誰が信じるだろう。さすがレオンだ。
「時間を操る魔法……。そんな奇跡が実在するだなんて。うらやましいですわ」
「うらやましい……?」
ミントも魔法使いになりたいのかな。
ミントがビスケットを食べてからこういう。
「だって、時間を操ればいくらでも若返ることができるではありませんか」
そういうことか。
たしかに『刻星術』を使えば、自分の肉体の時間も巻き戻せる。
試したことはないけど不可能ではないだろう。
永遠に若い肉体でいるのは人々の永遠の夢だ。
そのために大人は化粧をして美しい顔を保っている。
ミントはぽんっと手を合わせる。
「わたくしも歳をとったら若返らせてはくれませんか?」
「ごめんね、ミント。それはできないんだ」
わたしが即座に断るとミントは「えっ?」と首をかしげた。
あらゆる物の時間を操る『刻星術』。
わたしはこの魔法は、生き物には使わないと決めているのだ。
生き物の生死に関わるのは、大きな責任を伴う。
わたしは責任を背負いきれるほどの人間ではない。
そうミントに説明した。
「そうでしたの……。残念ですわ」
実際、ときおり裕福層の人が『刻のアトリエ』に訪れて、若返りを依頼してくる。
目が飛び出るくらいの報酬を提示してくるけど、わたしとレオンはすべて断っているのだ。
生き物に『刻星術』は効果がない、と嘘をついて。
「殊勝な心掛けだ。人の生き死を操るのは、もはや人間の領分を逸脱した行為だ」
「ギュスターヴお兄さま……」
「田舎娘にしては分際をわきまえているようだな。評価してやる」
ほんっとうにすなおじゃないな、この人!
わたしは「べーっ」と舌を出してお礼をした。
「お兄さま、よほどルゥを気に入ってらっしゃいますのね」
ミントがくすくすと笑う。
それから思いもよらぬことを提案してきた。
「ギュスターヴお兄さま、いっそルゥを妻に迎えてはいかがですか?」
「ええーっ!?」
「……ふん」
わたしは大声をあげて立ち上がってしまった。
食器がカタカタと鳴り、紅茶の水面が波を立てる。
「ギュスターヴお兄さまももう結婚するお歳ですもの」
「で、でも、なんでわたしが!?」
「だってお兄さまがここまで女性を評価するをはじめて見ましたもの」
ミントが言うところによると、ギュスターヴさんはこれまで幾度も縁談を断ってきたらしい。
自分に見合う女性ではないと。




