3-11:禁じられた魔法
「おいしいっ」
「町の酒場で出すだけではもったいないくらいです」
このお弁当は昨夜夕食を食べた酒場で作ってもらったものだった。
わたしたちがアシロマ山へ行くことを店員の女性に話したら、「これあげるから、がんばってね」と特別に用意してくれたのだ。
もしも『刻のアトリエ』が大繁盛したら、わたしとレオンの専属シェフとして雇おう。
そう決意したのだった。
お弁当箱にぎっしり詰まっていたはずのサンドイッチはあっという間になくなってしまった。
満腹。満足。
すごくしあわせな気分だ。
空腹が満たされると眠くなってきた。
まぶたが重くなる。
はしたなくも、レオンの前で大きなあくびをしてしまった。
レオンがくすりと笑う。
「到着したら起こしますので、お休みになってはいかがですか」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
わたしは襲いくる眠気に身をまかせて眠りに落ちた。
そしてわたしは夢を見た。
自分が今、夢を見ているのだとすぐにわかったのは、目の前に死んだお母さんがいたからだ。
「ルゥ、いらっしゃい」
手を差し伸べてくるお母さん。
わたしはその手を握った。
それで気付いた。自分が幼いころの姿になっているのに。
これは過去の記憶なんだ。
わたしはお母さんといっしょに花畑を歩いた。
澄み渡る青空の下、色とりどりの花が咲き乱れている。
ミツバチや蝶が花から花へ渡っている。
「ルゥ、お屋敷に持って帰る花をつんでいいわよ」
「んーん。わたし、お花はいらない」
「あら、どうして?」
「だって、お花をつむの、かわいそうだもん」
「やさしいのね。ルゥは」
するとお母さんは耳につけていたイヤリングを外してわたしにくれた。
「やさしいルゥにはこれをあげる」
「いいの? ありがとう、お母さん!」
今だからわかる。お母さんは自分の死期が近づいていたのを知っていたから、わたしにこれを譲ったのだ。
「そのイヤリングが似合う大人になりなさい」
「お母さんみたいな?」
「お母さんみたいには……ならないほうがいいわ」
お母さんは儚い笑みを浮かべた。
そこでわたしは目を覚ました。
まぶたをこする。
ぼやけた視界がはっきりすると、目の前にいるレオンの輪郭も定まった。
「おはようございます」
「レオン。このイヤリング、わたしに似合ってる?」
「えっ?」
目を覚ましたかと思ったらいきなりそんな質問をされて、とまどうレオン。
それからすぐ、さわやかにこう答えた。
「似合ってますよ」
「うーん、レオンはわたしがなにをしてもほめるからなあ」
「本当に似合っています。ルゥさまのお母さまもよろこんでいらっしゃるでしょう」
「そっか。ありがとう」
照れくさくなったわたしは彼から目をそらした。
車窓から差すオレンジ色の太陽がまぶしい。
太陽はだいぶ傾いている。
もう夕方だ。
「まもなくアシロマ駅に着きます。お忘れ物の無いようご注意ください」
車掌がそう告げた。
列車の速度がだんだんと落ちていく。
窓からは小さな家屋が集まっている景色が眺められる。
町よりも小さい。村だ。
そしてその奥にそびえているのが――。




