2-11:刻のアトリエ
「そういえば忘れていたな」
ギュスターヴさんがにじり寄るのを止めて言う。
「俺が勝ったときのきさまらへの要求を。さて、なにをさせてやろうか」
「その必要はありません。あなたはすでに敗北する運命なのですから」
レオンが剣を構えたまま言う。
「己の勝利を思い描いていない時点であなたの負けは決定しているのです。騎士ギュスターヴ」
「ならば試してみるか!」
挑発に乗ったギュスターヴさんが剣を振り上げてレオンに振り下ろした。
レオンが剣を払う。
キィンッ!
金属同士がぶつかり合う高い音がして、持ち主の手から剣が離れて宙を舞った。
放物線を描きながら飛んだ剣は地面に落ちる。
落としたのはどちらの剣か。
レオンの手には剣がある。
ギュスターヴさんの手に――剣はなかった。
「俺が……、負けただと……」
信じられないといった顔をしているギュスターヴさん。
レオンは勝利のよろこびを表現するわけでもなく、静かにたたずんでいた。
「レオン!」
「わっ」
わたしはレオンのもとに駆け寄って彼に抱きついた。
冷静だったレオンが慌てる。
「ル、ルゥさま……。少々近づきすぎでは」
「すごいよレオン! 騎士と剣の勝負に勝っちゃうなんて」
「ルゥさまのためならこの程度たやすいです」
レオンがわたしの肩をそっと押して引きはがす。
「し、しかしルゥさま。僕とあなたはあくまで主従の関係。こう、あまり密着するのはよろしくないかと」
視線をそらしながらそう咳払いした。
「わたしはレオンのこと、ただの執事だなんて思ってないよ」
「そ、それはどういう意味です……?」
「えっとね――」
説明しようとしたところでわたしは言葉に詰まる。
急に身体が熱くなって、どうしてか恥ずかしくなる。
「ヒ、ヒミツ……」
そうごまかした。
なんだろう。わたしのレオンに対する気持ちを具体的に表そうとすると身体が熱くなる。
頭がぐるぐるしてきてどうにかなりそう。
「この俺が負けるなどありえん……」
ギュスターヴさんはまだ自分の負けを認めていなかった。
一人でぶつぶつとなにか言っている。
「ギュスターヴさま。約束どおり、この剣は譲っていただいます」
「……ハッ」
レオンに声をかけられて我に返る。
それからすぐにまたえらそうな態度に戻った。
「剣などいくらでも持っている。きさまにくれてやろう。ありがたく思え」
な、なんでこの人負けたのに威張ってるの……。
騎士ってみんなこんなプライドの高い人ばかりなのかな。
「今日は俺が負けてやった。負けてやったんだ。だが、次は手加減はしない。覚悟しておくのだな」
くるりと背を向けるギュスターヴさん。




