2-8:刻のアトリエ
もったいぶった間をおいてからレオンはにこりと笑った。
「戦えますよ。ルゥさまのためなら魔物だろうとなんであろうと」
「えっ!? レオン、戦えるの?」
「執事のたしなみですので」
し、執事のたしなみなんだ……。
とにかく、レオンが戦えるのなら安心だ。
「レオンの足手まといにならないようにするね」
「ルゥさまはアトリエで待っていてください。僕が必ず月のかけらを持って帰りますので」
そういうわけにはいかない。
レオンは王子さま。危険な場所に一人で行かせるなんて無謀だ。
わたしがいても役に立たないだろうけれど。
「いざというときは、わたしの『刻星術』があるから」
「し、しかしルゥさま」
「わかってる。ペンダントがないと寿命を代償にしちゃうんだよね。でも、わたし、レオンのためなら犠牲にできるよ」
「ルゥさま……」
レオンがとても困った表情をしている。
これはわたしのわがままだ。わかってる。
でも、それでもわたしはレオンを一人きりにはさせたくなかった。
……いや、わたしがレオンから離れたくないんだ。
「いいんじゃないか?」
意外にもカシマール先生がわたしの味方をしてくれた。
軽い調子でレオンの肩にぽんと手を置く。
「連れてってやれよ、執事さん。聖女さまのご加護があるかもしれないぞ」
「で、ですが……」
「おねがい。レオン」
困ったようすで黙りこくるレオン。
しばらく悩んだ後、彼は快く首を縦に振ってくれた。
「わかりました。ですが、僕の身になにかあっても決して『刻星術』は使わないでください。それを約束していただきたいです」
「うん。『刻星術』は使わない」
「では、二人で行きましょう。聖女であるルゥさまがいてくださるなら心強いです」
胸がちくりと痛む。
ウソを言ってしまった。
レオンに危機が迫ったらわたしはきっと『刻星術』を使ってしまうだろう。
「よし、それじゃあ二人で月のかけらを取りにいってこい。無事に持ち帰れたらペンダントに加工してやる」
「わたし、がんばるよっ」
わたしたちのお店を、『刻のアトリエ』を続けるためだ。
ぜったいに月のかけらを持ち帰ってみせる。
「ルゥ・ルーグ。お前にいいものをやろう」
カシマール先生が書架から本を取り出してわたしに手渡す。
分厚い本だ。
「初歩的な魔法の使いかたが書かれた魔法書だ。魔物と戦うための魔法も書かれているから、それを読んで身を守るための魔法をおぼえておくといい」
「わたしに魔法が使えるんですか?」
「『刻星術』も魔法の一種だ。ならば他の魔法も使えるはずだ」
わたし、魔法使いになれるんだ。
「ありがとうございます、カシマール先生。がんばって魔法をおぼえます」
「ああ。せいぜいがんばれ」
それからわたしとレオンは『刻のアトリエ』に帰ってきた。
お店の扉の前に『しばらくお休みします』と札をかけておく。
「それにしても冒険に出ることになるなんて、どきどきするね」
「ルゥさま。遊びではないのですよ」
「わかってるよ。レオンの足手まといにならないよう、魔法をおぼえてみせるね」
「ルゥさまならきっとできます」
その日の夕食はシチューだった。
濃厚なホワイトソース、甘いニンジンとタマネギ、ほくほくのイモ。
とってもおいしかった。
すごいな、レオン。なんでもできる。
「……」
「レ、レオン……?」
レオンがじっとわたしを見つめている。
真剣なまなざし。
胸がドキドキする。
男の人が女の人にこうするのがどういう意味なのかくらい、わたしにもわかる。
体温が急激に上がっていくのを感じる。
わたしの顔はきっと今、お風呂上りでのぼせたみたいになっているだろう。
レオンは依然としてわたしの瞳をのぞき込んでいる。
ありふれた恋物語なら彼はこの後、わたしの唇に自分の唇を重ねてくる。
ど、どうしよう!?
う、受け入れたいんだけど心の準備が……。
「ルゥさま」
レオンがわたしに顔を近づけてきて――。




