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幼馴染と猫シリーズ

幼馴染と俺と白銀の猫

 プロローグ


「また憑かれたのかニャ!?」

  俺達は無事にぺんたちころおやしを倒して帰って来た琴花に縁切り身切りの事を話した。

「でも縁切り身切りは憑くはずが無いニャ」

  琴花は棚を探りながら言う、俺の家だっての

「ああ、なんか前に条件があったから後から、運が悪かったらしい」

  そう言うと琴花は複雑な表情で

「不運……かニャ」

「どうした? 琴花」

「いや何も無いニャ、それより無事でよかったニャ」

  それに、と琴花は美月と俺を見て付け加える

「恋愛も成熟したみたいだしニャー」

「なっ……」

  俺は驚き美月は顔を真っ赤にした

  そんな俺達を見て琴花はニャハハと笑った後牙を出しながら

「それで多助はもう狼になったのかニャー?」

「なって無い!」

  美月はもう全身真っ赤になって俯いていた。

 






 (1)

 

  数日前の話。

  琴花が帰って来てから数ヶ月たった、その間に俺が交通事故にあったりしたが妖怪関係の事件は起きてない。


  琴花はたまに俺の家に勝手に泊まりにくるようになった。


  それでわかった事なのだが、ぺんたちころおやしが人間に化けたように、縁切り身切りが姿を消していたように、琴花もまた人に見つからないようにする術を持っていた。


  簡単に言うと注意を逸らす事、例えばキッチンに俺の母がいたら琴花はキッチンにゴキブリを招く、もちろん母の注意はゴキブリに逸れる、琴花はその隙に移動するのだ。


  賢い烏は化ける、生き抜く為に蟹は擬態する、そして猫は招くというわけだ。


  そんなわけでその日も琴花は俺の部屋にいた。

「ベッドで寝るニャー」

  琴花がベッドを陣取る、俺は溜息をついて押入れから毛布を出して床に敷いた。

  自由奔放なのはいつもの事だからもうツッコまない

「おやすみニャー」

「かってに電気を消すな」

「まだ起きてるのかニャ?」

「宿題があるんだよ」

  因みに夏休みの宿題である、二年は中だるみがあるとかなんとかでいつもより多いという地獄絵図だ


「頑張るニャ、うちは寝るニャ」

  琴花が掛け布団に入り込む

「……なあ琴花」

  琴花は掛け布団から顔だけを出す

「何だニャ?」

「猫って夜行性じゃね?」

  少しの沈黙の後琴花は思いついたように口を開く

「うちは適応力が高いのニャ」

  絶対今思いついた、自分から振った話なんだけどなんか面倒だから適当に返す

「そっすか」

「そっすニャ、おやすみニャー」

「はいはいおやすみ」

  ようやく俺は机に向かって座った。



 (2)


「起きるニャー」

  その日の翌日、いつの間にか机で寝てしまっていた俺を琴花が揺すった。

「……休みなんだから寝かせろ」

「規則正しい生活は大事ニャ」

「夜行性の猫が何を言う」

「今うちは夜行性じゃないニャ」

「自由だな……じゃ、おやすみ」

  琴花は俺の腕に噛み付いてきた

「いだ! 何すんだよ」

「起きるニャ、腹が減ったニャ」

「知るかそんなもん」

「ニャー……」

  琴花が膨れっ面でベッドに潜る


「じゃあ寝るニャ」

「規則正しい生活はどうした!!」

「うちは猫、猫は夜行性だニャー」

「適応力はどうした!」

「今の一瞬で夜行性になったニャ」

「それは適応力じゃない!」


  そんな会話で結局俺は目が覚めたのだった。



 (3)


  大きい川の真ん中で船に乗ったフードを被った人が私に向かって手招きしている。


  私は怖くなって逃げ出した、けど何度も転んだり連続で不運な事が起きて行く手を阻まれる。


「多助!!」

  叫んでも多助の返事は無い。

  強烈な頭痛で私は目を閉じて疼くまる。

  目を閉じているのに何かが見える、両親の喧嘩と離婚、母さんに連れられてお父さんとの別れ、ぺんたちころおやしによるもう一人の自分との遭遇、縁切り身切りによっての縁切り、多助の交通事故……


「やめてっ!!」


  不幸な事ばかりが浮かんでくる、多助が助けてくれた事や琴花との出会い、多助とのデートとか沢山の嬉しい事もあった筈なのに浮かぶのは不幸な事ばかり。


「いい加減にして!!」


  自暴自棄に走り出して川に落ちた。

  水が器官に入って咳き込むたびに苦しくなってくる。

  死ぬ……そう思った時、誰かに引き上げられた。

  咳き込みながら見ると助けてくれたのは多助や琴花、森岡さんでは無くさっき船に乗っていたフードの人。

  フードの人は私の背中を優しくさすりながら枯れた声で小さく呟やいた。

「楽に……してあげよう」



 (4)


「…….夢」

  嫌な夢を見たな、そう思いながら起き上がると部屋に見られない影があった。

「…………」

  警戒しながらその影を見つめる、こんな何故か実体が見えない影には見覚えがある……縁切り身切りだ。

「妖怪……?」

  私がそう呟くと妖怪から影が無くなった。

「えっ」

  それは夢で見たフードの人だった。

  フードの人は夢と同じ声で夢と同じ事を言った。

「楽にしてあげよう」

  意識が遠のいていくのを感じた。




 (5)


[おかけになった電話番号は……]

「うーん」

  携帯電話を耳に当てながら唸った俺の顔を琴花が覗き込んできた

「どうしたニャ?」

「美月が電話に出ない」

「きっと忙しいんだニャ」

「でも三時間だぜ、ずっと電話してるのに」

  琴花が俺をジト目で

「ストーカーかニャ」

「違う……ただ縁切り身切りの時もこうだったからさ」

  寝転んでいた琴花は立ち上がって

「行ってみるのが一番だニャ」

  俺に手を差し出した。



 (6)


「おーい、美月」

  美月の家のチャイムを何度も鳴らしたが反応は無い。

  「美月の母さんは仕事の時間だから……どうしたんだ」

「寝てるんじゃないかニャ」

「まあその可能性はあるな」

  冷静に考えればその通りだ

「ニャあ多助、美月は目覚まし時計を使ってるかニャ」

「確か使ってたと思うけど……どうかしたか?」

「いや、ちょいとニャ……」

  琴花は招き猫のように手で招く動作をして

「目覚まし時計を誤動作させてみたニャ」

「そんな事出来んのか」

  もうなんでもありな気がしてきた。

 

  美月の部屋から目覚まし時計の音が鳴り響く事数分後、目覚まし時計は自動的に止まった。

「出かけてるんじゃないかニャ」

「いや、自転車もあるしないと思う」

  今日はデートの約束だったしな

「仕方ないニャ」

  琴花はまた何かを招く動作をした。

「……ドアを開けてみるニャ」

「はあ? ドアは閉まってた筈だ」

 

 疑いながらドアノブを捻ると普通に開いた。

  俺は思わず琴花を見て

「何したんだよ」

「鍵が完全に閉まっていなかったんだニャ、それを少し緩めただけニャ」

「念力的なやつか? まあいい、美月が先だ」

 

  一階を捜索して残ったのは美月の部屋だった。

「…………」

  ドアノブを持ったまま固まる俺を琴花が覗き込む

「どうしたニャ?」

「いや、勝手に部屋に入るのはどうかと……」

「う、ウブ過ぎるニャ」


「いや、でもさ……」

  琴花は俺の手を避けてドアノブを捻った

「解放ニャ!」


  美月はベッドで寝ていた、ただその寝顔は悪夢でも見ているように苦しげで、身体中に異常な量の汗をかいていた。



 




 (7)


「美月!?」

  一目で異常だとわかった俺は美月の額に手を当てた。

「熱っ」

  美月の額は熱かった、熱があるのでは無く火でも触っているような感覚さえ感じた。

「琴花、美月を見ててくれ」

  俺はそう言って一階に戻り氷水とタオルを準備した。



「これで少しはましに……!?」

  氷水に浸したタオルを美月の額に乗せた瞬間、タオルは湯気を上げカラカラになった。

「水分が一気に蒸発したニャ……」

「……おかしい」

  異常な熱もそうだがおかしいのは美月がかいている汗だ。

 

  何故汗は蒸発しない、何故氷等は蒸発する。

「……美月が熱を発してるんじゃなくて熱がまとわりついているのか?」

  琴花が頷く、同じ疑問を抱いていたようだ

「確かにそうなら説明が付くニャ、このベッドにまとわりついている可能性もあるがニャ」


「じゃあまずは美月を……隣の部屋のベッドにでも移動させよう、琴花はタオルとかを運んでくれ」

「わかったニャー」


  俺は美月を抱えた、火に触れているような熱さは変わらないが更におかしな事が美月の身に起きていた。


「冷たい……」


  そう、足が氷のように冷たいのだ、氷を触っているように冷たい。

  異常な熱さと冷たさに耐えながら隣のベッドに美月を運んだ。

  ふと手を見ても何も異常は無い。

  しかしこの場合異常が無い事が異常である、あれだけの熱さに触れておきながら俺の手には火傷一つないのだ。


「琴花、どんな妖怪かわかるか」

  こんな異常、非日常は妖怪の仕業としか思い浮かばない。

「筬火、オボラ、煤け提灯……ある場所や人を熱くする妖怪は思い浮かぶけど冷たさと同時はわからないニャ」

  琴花は美月の額に手を当てて

「少なくとも対象は場所じゃなくて美月みたいだニャ」


「とりあえず森岡さんに相談するか」

  森岡さんにとって妖怪関係は仕事だから依頼という形になるのだろうが……というよりまさかあの人、妖怪関係だけで生活してるわけじゃないよな……?

「琴花、美月を頼む」

「うちが行ってもいいニャ」

「いや、俺が行くよ」

  もし森岡さんから解決法を教えられた時琴花ならうっかり忘れてきそうだからな




  俺は念のため、解決に必要な物があるかもしれないから家に財布を取りに帰ってから自転車で音娘神社に向かった。

 


 (8)


  森岡さんはいつも通り神社の掃除をしていた。

  森岡さんは俺に気づくと箒を置いて近づいてきた。

「多助君じゃないか、今日は掃除の日じゃないはずだが何か用事かい?」

「はい、実は美月が」

  ヘラヘラと笑っていた森岡さんの顔が真剣なそれに変わった。

「美月ちゃんって事は妖怪絡みなんだな」

「はい、恐らく妖怪絡みです」

  やはり一度妖怪に関わると憑かれやすくなるのだろうか、いやそれよりも

「森岡さん」

「ん? 何故わかったかというのはだな……」

「いえ、そうじゃなくて」

「依頼の報酬の話かい? それは事例を見てから……」

「そうでもなくて森岡さん」

  こんな緊迫した状況でも俺は森岡さんに聞かずにはいられなかった

「いつから呼び方が[美月ちゃん]になったんですか」


  俺の的外れな質問に森岡さんは溜息をついて

「前に美月ちゃんが苗字じゃなくていいって言うから、堅苦しいのは嫌いなのかな」

「なるほど」

  渡里というのは両親が離婚してからの苗字、呼ばれていい気分はしないだろう。


  この話はここまでと言うように森岡さんは手を叩いて口を開いた

「とりあえず今の状況を教えてもらおうか」



 (9)


  俺が美月の状態を説明すると森岡さんは幾つかの書物のコピーを持ってきた。

「その状態で今の所考えられる妖怪の資料だよ、目を通しておくといい」

  ただ……と呟いて森岡さんは紙束から数枚を取り出して

「家に憑いたのじゃなくて美月ちゃんだとしたら、数は限られてくるね」

「なんでですか?」

  森岡さんは頭を掻いて

「まあ、間違ってるかもしれないからその時になったら話すよ」

「……わかった」


  そういいながら俺は渡された資料に目を通した。







 (10)


  俺は森岡さんと美月の家の前についた、親はまだ帰っていないようだった。

「とりあえず美月ちゃんを見せてくれ」

「わかった」


  俺達は二階に上がった

「琴花、美月に変化はあったか?」

「汗が引いてきたけど冷たさが股下まで来てるニャ」

  森岡さんは美月をじっと見て

「琴花、目覚まし時計を誤動作させてくれ」

「わかったニャ」

  琴花が招き猫の動作をして目覚まし時計が誤動作を始めた。

「…………」

  時計に気をとられた俺と違い森岡さんと琴花はじっと美月を見ていた。

  俺は溜息をついて

「目が覚めないかは嫌ってほどやりましたよ」

「うーん、試したのはそれじゃなくてね」

  森岡さんは美月を指差して

「見てごらん、汗が出てきてる」

  確かに美月はまた異常な汗をかいていた。

「起こそうとしたらダメなんですか」

「いや、違うよ確かめたかったのは妖怪の種類だ」

「じゃあ……」

「ああ、ほぼ確定だね」

  森岡さんは上を向いて溜息をついた

「これは[三途渡]だろうな」

  その名前を聞いた瞬間、琴花が明らかに落ち込んだ。




 (11)


「三途渡って……」

「三途の川の三途を渡ると書いて三途渡だ」

  聞くからに嫌な、不吉な名前だ

「読んで字の通り三途を渡らせる妖怪だ、縁切り身切りやぺんたちころおやしなんかとは格の違う高位の妖怪だね」

「治す方法はあるんですか」

「まあ、今回は単純だね」

  森岡さんは琴花の方を見た、琴花が頷いたのを確認してゆっくりと口を開いた。


「琴花がいなくなればいい」

 


 




 (12)


「……どういうことだよ」

  あまりの衝撃に敬語が出ない、森岡さんは気にする事なく

「三途渡が取り憑く条件は不幸である事だ、つまり幸せな状態にすれば条件があわずに三途渡は離れる事になる」

「え……じゃあ美月は」

  美月は不幸だったのか、俺といて、俺がいながら、俺は、俺は美月を幸せに出来ていなかったのか。

  いや、寧ろ美月は不幸だったのか。

 

 そんな考えを見透かしたように森岡さんは

「多助君と居て不幸だった訳じゃない、それは琴花のせいだ」

「琴花が何をしたって言うんですか」

  琴花が帰って来た時、美月は確実に喜んでいた。

  あれは見間違いだったのか。


「琴花が何か行動を起こしたわけじゃないね、琴花がココ、この町に居る事が問題なんだ」

  琴花は俯いたままだ

「え……」

「もっと詳しく言えば琴花が長い間この町に、美月ちゃんの側に居たのがいけないんだ」

  俺は少し声を荒げる

「仮にそうだとしても俺の方が琴花と居る時間は長かったはずだ」


「多助君には琴花が取り憑いているからね、妖怪が一人に複数取り憑くのは極めて稀な話なんだよ」

「そうだとしても何故琴花が居るといけないんだ! お前も何か反論しろよ! 琴花!」

  琴花はゆっくり首を横に振って

「森岡の言う通りニャ、うちがこの町にいる限り美月は目を覚まさないニャ」

  琴花の沈んだ声を聞いて俺は冷静になる

「すいません森岡さん、でもどうして琴花が居るとダメなんですか」

  森岡さんは顎を撫でて

「先にその説明をするべきだったね、場所を変えようか、外の空気を吸いたい」



 (13)


  俺達は音娘神社に場所を移した。

  美月を一人にするのは心配だったが森岡さん曰く今日中は確実に大丈夫らしい。


  ペットボトルのお茶を俺と琴花に渡して手を叩いた

「じゃあご静聴願おうか、琴花が居ると駄目な理由、つまりは猫又という妖怪の、琴花という妖怪の物語を……」

  琴花はまだ俯いているままだった。






 (14)


「猫又といってもそれは日本流にアレンジされたものだ、モデル、つまりオリジナルは中国の金花猫だね。

  多助君は猫又をどう認識しているかな」

「琴花のように人型で人語を話す猫……ですか?」

「あながち間違いでも無いけど足りないね、人語で人語を話す猫、そして幸福を招く猫だ」


「幸福を招く……」

「招き猫のようにね、多助君は琴花が猫又だという事に違和感を感じないかい?」


  俺は琴花を見て

「いえ……感じません」

「そうかい……いやそうだろうね、妖怪に関する知識がないと感じ得ない違和感だからね」

  森岡さんは琴花の髪の毛を一本抜き取って俺に見せる

「多助君、これは何色に見える?」

「銀色、白に近い銀色です」

「その通り、そこがおかしいんだ」


  森岡さんはお茶を一口飲んで続ける

「猫又、つまり金花猫は金、または黒色の猫なんだ」

「……琴花は猫又じゃ無く、違う妖怪って事ですか?」

「いや、琴花は猫又だ」

 

「じゃあどういうことですか」

  森岡さんはまだ俯いている琴花の頭に手を載せて

「異形の猫又だ」

  ハッキリとそう言った。




 (15)


「異形……ハサミの形が違うクワガタみたいな感じですか?」

「そうだね、生物で例えるとそうなる、ただし生物は基本的に外観が違うだけだ。

  妖怪は違う、琴花は外観だけで無く猫又としての特性まで異形なんだ」

  森岡さんが琴花の頭から手を離す


「これこそが今回の本題、琴花の妖怪としての特性が今回の事件の要といっても過言ではないだろう」


  俺はお茶で喉を潤して姿勢を正す、なんだかそうしなければいけない気がした。


「黒や金であるはずの毛が白や銀色、即ち反対という事だ、黒金や白銀というようにね。

  体が反対なら特性も反対だ、猫又の特性は幸福を招く……もうわかっただろう?」

  俺はゆっくりと、希望を込めて口を開く

「不幸を払う……ですか」

「君も頑固だね多助君、それじゃあ同じ意味じゃないか。

  [幸福を招く]の反対は[不幸を招く]だよ」

  衝撃で声が出ない、あいた口が塞がらないとはこういう事だ。

  そんな俺を見て追い打ちをかけるように森岡さんはハッキリと言った。


「白銀の猫又、琴花は不幸を招く招き猫だ」





 (16)


「そんな、そんなわけ……」

「そんなわけあるんだよ、現に美月ちゃんは今回を合わせて三回も妖怪に憑かれた」

「でも俺は、俺は憑かれて無い」

「言っただろう? 妖怪が複数憑くのは稀だと」

  また敬語を忘れて俺は話す


「でも不幸なんだったらその稀が起きてもおかしくないだろ?」

「不幸は人それぞれだ」

「だからって美月だけなのはおかしいだろ」

「妖怪に三回も憑かれたのは美月ちゃんだからだよ、他の人なら妖怪には憑かれなかっただろう」


「……どういう事だよ」

「名前だよ、名前っていうのはその人の人生をも決める大切な存在だ。

  名前には言霊が付くぐらいだからね。

  渡 美月、これ程無いってくらいに条件が合うじゃないか。

  三回憑かれるから美月だろうさ、渡ってのも偶然とは思えないな」


  俺の複雑な心を読みとってか森岡さんは付け足す

「美月って名前が悪いわけじゃない、表と裏があるように名前には良い部分と悪い部分が絶対にある。

  寿限無だって悪い部分もあるだろうさ」

「俺は不幸じゃない」


「心はね、多助君の場合はその妖怪事件に巻き込まれたのが不幸だ。

  それにこの前交通事故にあったじゃないか、名前通りどちらも人を助けようとした形でね」

「でもぺんたちころおやしの時は琴花と会う前から美月は憑かれていたじゃないか」

「既に琴花はこの町に居た。

  言っただろう長くこの町にいることが問題だと、長くいればその町が不幸の吹き溜まりになる」

「…………」

  何も言えない、反論できる部分が無い。


  でも……あんまりだ、居るだけで、そこに存在するだけで周りが不幸になるなんて。


「元々一つの町に長居しては駄目だったんだニャ、ぺんたちころおやしの件で離れたとはいえその後に数ヶ月もここに居たからニャ」


  琴花はいつの間にか立っていた、その横には俺を縁切り身切りから守った白猫が居た。





 (17)


「それじゃあ、そろそろ行くニャ」

「神社は任せとけ」

「頼むニャ」

  森岡さんはいつものように、普通に琴花と話している。


「なんで……なんで普通に見送ろうとしてるんだよ!」

「これが仕事だ。

  神社に祀られし神の一時的な家を守り、神が降りたてば守ってきた家を御返しする、それが我が一族の使命だ。

  そこに私事は混在しない、してはいけない」

  森岡さんは琴花を見て

「今回は引き継ぎが遅くてその使命を果たせなかったがな」

「次は無いニャよ」

「わかってるさ」



  琴花は俺に近づいて

「そんなわけニャからうちは行くニャ、そのうちまた帰って来るニャー」

「そのうちって、いつだよ」

「わかんニャい、今回はいつもより長すぎたから分散も遅いかもニャ、じゃあまた合うニャ」

  行こうとした琴花の肩を咄嗟に掴む

「行くなよ、行かないでくれよ」

 

 琴花が今までに無い低い声を出した

「うちが居れば美月は死ぬニャ、恐らく明日ぐらいに死ぬニャ」

「でも探せば何か方法が……」

「探した結果美月が死んでもいいのかニャ」

「そ、それは……」

「そういう事ニャから手を離すニャ……いざとなればこの手を折る事ぐらい容易いニャが手荒な真似はしたくないニャ」

  その言葉に俺の手は自然と琴花の肩から離れていた。


「多助も……神社を頼んだニャよ」

  琴花は白猫を頭に乗せてそのまま走って行った。

  俺はその背中を見ていることしかできなかった。


「……さて、美月ちゃんの様子を見にいこうか」

  普段通りに振る舞う森岡さんを俺は素直に尊敬した。





 (18)


  美月の冷たさはもう胸辺りまできていた。

「……どうすれば祓えるんですか」

「幸福にしてあげればいいのさ、そうだな……キスでもしたら?」

  俺は美月に顔を近づける……いや、その前に

「森岡さん、何見てんすか」

「ん? 君は見られてると嫌なのかい、ウブだね」

「琴花にも言われましたよ」

「じゃあもう帰るわ、無いと思うけど異常があったら神社に来てちょうだい、後今週神社の掃除よろしく」

  そう言って森岡さんは帰った。


  俺は美月の顔を見つめる。

  寝てるし初めてじゃないとはいえやはり緊張する。

「ウブだな、俺は」

  そう呟いて俺は美月に顔を近づけた。




 (19)


「楽にしてあげる」

  フードの人からその言葉を聞いた後、気がつけば私は川の真ん中に居た。

  フードの人がボートに乗って私を見つめている。

  熱があるのか体はとても熱く動かない、しかもさっきから少しづつ沈んでいきもう胸まで達している。

「死ぬのかな……私」

  そう呟いた瞬間、多助の声が聞こえた気がした。

「楽に……必要が」

  ボートの人がいきなり大声を出した。

  私の体が動くようになり上に上がっていって……


  目を覚ましたら多助が私にキスをしていた。








 (20)


  キスをした瞬間美月は目を覚ました。

「た、多助!? 何、なんなの!?」

  顔を真っ赤にして慌てる美月を宥めて熱さと冷たさが無くなっているのを確認した。


「ねえ多助、私また妖怪に憑かれてたの?」

「ん……まあそうだな」

  美月は俺をじっと見つめて

「琴花は」

「…………」

「琴花は何処」

「……それは」

「話して」

  俺は観念して全てを話した。



「……という訳で琴花はもうこの町にはいない」

「…………」

  今にも泣き出しそうな美月の顔を見て付け足す

「美月のせいじゃない、こうするしか無かったんだ」

  そして自分に言い聞かせるように

「これで、よかっ……」

  言い終わる前に美月に顔を叩かれた

「え……美月?」

  俺が顔の向きを戻すと同時に美月は俺の胸で泣きながら

「お願い……これでよかったなんて言わないで、よくない、私は多助を好きでいたい、だから……よかったなんて言わないで……」

  俺は泣いている美月を見て言葉が出なかった。







 エピローグ


  翌日、俺と美月は音娘神社の掃除をしていた。

「ねえ多助」

「ん?」

「琴花が帰って来たときさ、なんかサプライズしない?」

「サプライズか、いいな」

「でしょ?」

  満面の笑みを俺に見せてから美月はサボっている森岡さんに箒を渡しに行った。

 

  俺はふと神社の屋根を見た、琴花を始めて見たのは屋根に堂々と立っていた姿だった。


  琴花が次に帰ってくるまでに琴花がずっとここにいれる方法を見つけよう、俺は心の中でそう誓って呟いた。


「またな、琴花」


  終

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