表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女はのんびり暮らせない ~装飾魔女のアニス、 恋に見切りをつけて田舎に帰るのこと~  作者: 茉雪ゆえ
王都からの訪問者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/38

王都からの訪問者 2

「まさか、こちらが連絡を入れる前に来るとは……。私の日頃の行いが良いからだな」


 丁度その頃、湖水の町フォレスタで最も格式の高い宿にて。

 暖炉を囲む、宿のロビーの居心地のよいソファに、三十路手前の男がふたり、ホットワインを片手に並んで座っていた。

 片方は、黒いローブに黒いくせ毛、凍てつくような冷たい灰色の瞳をした魔術師で、もうひとりは品のよい三つ揃いのスーツに明るい金の髪、艶やかな緑の瞳が美しい美丈夫である。

 彼らはもちろん、恋愛ポンコツ魔術師のセージと、セージの職場、王立魔術研究局の同僚で最も人当たりの良い男、ヒース・ホーソーンだ。


「おいおい。セージの日頃の行いが良いって言うんなら、俺なんか、日頃の行いが神ってことになっちゃうだろう」


 セージの台詞にそう笑ったヒースはホットワインをひとくち啜ると、一呼吸黙り込み、それからはっと息を吞んでセージを振り返った。


「って待て! お前が連絡を? 自分から? 俺に? なんだ、明日は吹雪でも吹くのか? 流石に吹雪対策の旅装は持ってきてないんだが⁉」

「おい」


 ヒースの言葉に、セージは憮然として目を眇めた。すると三白眼が一層鋭くなって、悪の魔道士とでも言いたいような、悪役顔になる。

 しかし、そんな表情には慣れっこのヒースはカラカラと笑うと、ホットワインを再び啜ってにやりと口角を上げて見みせた。


「まあ、冗談はおいといて。でも、お前から連絡するなんて本当に珍しいじゃないか。何かあったのか?」

「力を貸して欲しい」


 次の沈黙は、先ほどのそれより随分長かった。

 言葉をうまく咀嚼できずに、ヒースは一度しゃっくりのような息を吐くと、ホットワインをテーブルに置いて、恐る恐る呟いた。


「……お前が? 俺に? 力を?」

「うむ」

「……雪じゃなく、槍が降るのか?」

「降らんわ」


 愕然とした風情のヒースに、セージが顔をしかめてそう吐き捨てる。しかし、自分が相談をする側だと思い出して、彼はコホンとひとつ咳払いをすると、「実はな……」と語り始めた。


「ははぁん……」


 セージの語った、アニスへの賛美混じりの現状を聞いたヒースは、顎を撫でつつ「なるほどなあ」と相槌を打つと、ソファの上でどかりと座り直した。


「そうかそうか。セージがそんなに人間らしくなっていたとは知らなんだ。でもまあ、元彼女さんの気持ちも分からんでもないなー。そんな体質の一族いて堪るかって思うよなー」

「元じゃない、現だ」


 即座に打ち消すセージに、ヒースは苦笑する。


「まあ、そういうことなら協力するよ。お前の実家の人々がそれぞれの妻の前で如何に無表情か、でも内面まで無表情ではないんだってことを、彼女さんに語って聞かせればいいんだな?」

「そうだ。よろしく頼みたい」

「任せとけ」


 ヒースが拳を突き出すと、セージもゴツンと拳を合わせる。ほっと弛緩した空気が流れ、セージはソファの背にどっしりともたれかかった。


「……そういえば、お前はどうしてここに来たんだ」

「ああ、そうそう」


 そこでようやく思い出し、セージはヒースにそれを問うた。ヒースは「忘れてたわ」と軽く肩を竦めると、傍らに置いてあった鞄から、四角い箱を取り出した。


「ひとつは、お前がこれを持っていかなかったからだよ。上から持って行けって押しつけられてね」

「ああ……」


 受け取ったセージは、顔をしかめた。

 これはセージが開発した、持ち歩き可能な小型転移装置である。大きさは身体の幅ほどで、厚みはセージの手首二本分くらい、仕事机の上に置かれている書類受け程度のサイズ感だ。

 箱の中に入る大きさの本くらいまでの大きさ・重さのものを転送することができる魔道具で、これこそがセージの名を王都の魔術師達に知らしめるに至った、大発明なのだった。

 何しろそれまで、ものを転送するというのは高位の魔術師にのみ可能な魔術で、しかも、送れるものはせいぜい手紙か小冊子くらいだったのである。

 これさえあれば、どこでも仕事ができる! と、嬉しいような悲しいようなキャッチコピーで、魔術研究局では話題沸騰、局長がセージに姪との結婚を打診したのも、この才能を局外に出さない為の処置のひとつだった。


「……敢えて置いていったんだがなあ」

「どこでも働ける発明品なんだ、発明者が持ち歩かなくてどうする! って局長はぼやいてたよ。で、もうひとつの目的は……」

「ご歓談中、しつれいいたします」


 ヒースがふたつ目の目的を口にしかけたその時、ひとりの従業員がヒースに声を掛けてきた。


「ホーソーン様でしょうか」

「ああ、そうだけど……」

「お連れ様からご伝言を頂いております」

「おや」


 頷いたヒースに、セージが首を傾げる。


「……おつれさま? もしや出張でここに?」

「いいや、でもやむにやまれぬ事情で今回、同行者がいるんだ。……ああごめん。伝言どうぞ」


 礼儀正しく立ち尽くす従業員に、ヒースが声を掛ける。従業員は改めて頭を垂れ、そして小さな紙片を差し出した。


「ありがとう。……なになに? 『どうしてもお会いしたくて我慢できないので、先に行きます CK』……先に行きます⁉」


 紙片を覗き込んだヒースが慌てて立ち上がる。


「あのお転婆め……!」

「どうした」


 その尋常ならざる気配に、セージも顔をしかめてヒースを覗き込んだ。


「……いやあ、実は今回、子守を押しつけられててさ。その相手があれだ、お前に縁談があった局長の姪御さんなんだよ」

「は」


 今回の拗れに拗れた原因のひとつ、意に染まぬ縁談の相手の名に、セージの顔がより一層しかめられ、悪鬼の如くになる。

 そんな表情のセージの肩をポンと叩いて、ヒースは諦めたように首を振った。


「何でも彼女、『推しを取り戻す』為にひとり旅に出ようとしていてさ。同じ方向に行くなら子守をしてくれって、ちょいとお駄賃もらって頼まれちゃったんだよな……」

「貴族の娘がひとり旅……?」

「なんか流行ってるらしいぞ。……いやまあ、ひとりって言っても本来なら、侍女とか付添人付きで出るもんだろうけどさ。ところがあのお転婆娘ときたら、でっかいトランクもって、本当にひとりで駅にいたんだよ! 局長の判断がまさかの大正解さ……」

「まあ、あんな家の娘がひとりでふらふらしていたら、あっという間に人さらいにあうな……」


 信じられないと首を左右に振るヒースに、セージも頷いた。王立魔術研究局の局長ともなれば、それなり以上の家柄だ。それなりどころでないセージの実家に縁談を持ち込める程度には、『良いところのお嬢さん』なのである。

 それがいかにも家出娘のような成りで、郊外に向かう駅のホームに立っていたともなれば、それはもう、『わたしはカモです』という看板を背負っているようなものだ。


「駅員が『あちらにお嬢さんいましたよ!』とかってやけに協力的でさあ。あれ絶対、駆け落ちかなんかだと思われたよな……」


 遠い目をするヒースの肩を、セージも思わずポンと打った。


「……ところで、コールラビ嬢の『おしをとりもどすたび』とは? 『おし』とは一体なんなんだ?」

「ああ、なんでも、応援する相手のことをそう呼ぶ文化が、若い娘達の間にあるらしい。芝居だとかでいう、『贔屓』みたいなニュアンスで言うんだとか。つまりこの『どうしてもお会いしたい』っていうのがこの、『推し』とかいう相手ということだな。……まったく、どうせ先触れもしないで飛び出したんだろう。困ったお嬢さんだ」


 ヒースの答えに、セージはさっと青ざめた。


「……まさか」


 今度はこちらがガタンと立ち上がり、呆然と呟く。

 そしてそのまま駆け出そうとするものだから、ヒースは慌ててセージを羽交い締めにした。


「あっちょっと、どうしたよセージ⁉」

「アニスのところに行く! お前もついてこい!」

「は?」

「コールラビ嬢の『おし』は、アニスだ!」


 ぱちぱちと瞬いて、ヒースはセージを覗き込んだ。心の底から本心で言っているらしきその表情に、「まじか」とヒースの口からも言葉がこぼれる。


「顔合わせの際に、そんな話になった。『推しの魔法陣作家』がいると言い、それがアニスだと分かって話が盛り上がってしまい……!」

「そんなことある⁉」

「それ自体はいい。アニスの魅力を知る者が増えれば、世界はより良くなるだろう! だが今はまずい! まだ話し合いがすんでいないのに、これ以上かき回されてたまるものか……!」


 ヒースを振り切り、セージは走り出す。


「おいちょっ、セージ、待てェ! ――くっそ、今回めちゃくちゃ貧乏くじ引きまくってるな俺!」


 慌ててコートを羽織り、足元の鞄を抱えると、ヒースも慌てて、セージの背を追って走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ