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魔女はのんびり暮らせない ~装飾魔女のアニス、 恋に見切りをつけて田舎に帰るのこと~  作者: 茉雪ゆえ
アニス、仕事をしてしまう

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16/38

アニス、仕事をしてしまう 1

「……まじで?」

「まじで。アレ、めちゃくちゃウワサになってるよ」


 楢の木の精霊と遭遇した、その翌日のことである。

 パントリーから在庫の消えそうなパンと肉とチーズを買いに町中へと出掛けたアニスはその帰り、町の警備兵に詰め所の前で呼び止められた。

 曰く、『小鳥の刺繍のオーナーメントって、今からでも発注できる?』というのである。


「いやまあ、個数によるけど……」


 警備兵、と言ってもこの田舎の町では、さほど大きな事件は起こらない。迷子捜しや酔っ払いの確保、喧嘩の仲裁や旅人の案内、たまに森からやってくる獣の退治などがその任務だ。

 とはいえ、本業との兼業である自警団とは違い、領主の兵である警備兵になるためには一定の水準以上の肉体を持つ事と、読み書き計算が出来る必要がある。そして、制服や武器が格好良いと評判で、町では大変人気の職業だ。


「っていうかそもそも、なんで警備兵がアレの話を知ってるの? 自警団から聞いた?」

「そうそう、俺たちフーゴから聞いたんだ」


 屈託なく笑うこの男は、名をヴィートという。

 この町生まれこの町育ち、歳はアニスのひとつ上で、実家は町長も輩出したことがある、ちょっとしたお坊ちゃまだ。髪は明るい茶色で目は鳶色、背の高いハンサムな青年である。

 とはいえ、彼は家を誇りに思えども、見目や家柄を鼻に掛けることもない、気の良い若者だった。

 しかも、警備兵として取り立てられるだけの実力者でもあったので、アニスと同世代の娘たちは少女の頃に揃って彼に熱を上げ、一体誰が彼を射止めるのかと躍起になっていたものだ。


「フーゴって覚えてる? 俺の三つ下の。いま自警団で若手のまとめ役してるんだよ」

「覚えてる覚えてる。この前ウチの妹弟子が森で迷子になったとき、探すの手伝ってくれたよ」


 もっとも、アニスの好みとは異なるため、彼女は彼にアプローチをかけた事はない。彼とアニスの関係に無理矢理何か言葉を当てはめるなら、幼なじみの友人、くらいの距離感であろう。

 だが、ヴィートは人懐こく話し好きで、人付き合いを厭わない太陽の様な性格の男である。

 何やら訳ありで都から帰ってきたらしき、さほど距離の近くなかった幼なじみもどきのアニスにも明るく気さくに声を掛け、この十年の間に変わった店や人、最近の情報などを教えてくれるのだった。


「フーゴがさ、すげえ魔法の道具だって言って、俺たち自警団の子持ちみんなで頼んでるんだって自慢するわけ。ソレ聞いたウチの隊長が、どんなもんだって興味示してさあ……」


 とはいえ、人懐こ過ぎるのも問題かもしれない。

 なかなか話の途切れぬヴィートに業を煮やし、アニスは「そんなすごいもんでもないけど……」と言葉を濁し、ごほんとひとつ咳払いをした。


「それは良いとして、発注したいって言うのは?」

「あ、急いでた? そりゃあごめん。えーと、ちょっと中に入って待ってもらっててもいいか? ――隊長ー! いらっしゃいますかー!?」

「……隊長?」


 詰め所の中に招き入れられたアニスは、耳慣れない職務を耳にして眉をひそめる。詰め所のバックヤードに首を突っ込んで上司を呼ぶという無作法な警備兵の肩を叩き、「ねえ」と声を掛けた。


「……おたくの隊長って、たしか領主様の血縁者じゃなかったっけ?」

「そうそう、たしか領主様の五男だとか」

「――おう、そうだ。俺が領主の五男、ディルだ」


 その声が響いたのは、バックヤード側ではなく、表通りに面した出入り口の側だった。

 振り返れば、詰め所の入り口に頭をぶつけそうなほどの上背の男が、出入り口をくぐって入ってきたところだった。どうやら巡警に出ていたらしい。

 歳の頃は四十に届くかどうか。がっしりとした分厚い肉体に、真っ黒の髪、同じ色の瞳に太い眉、顎筋や頬に無精髭が残っている。非常に険しい表情をした、なんとも逞しく雄々しい風情の男である。


「げっ、隊長!」

「げっ、じゃねえよ」


 ゴン、と拳が容赦なく、ヴィートの頭の天辺に落ちる。「いてっ」という悲鳴に背を震わせ、アニスはしゃっきりと背を伸ばした。


「し、失礼致しました」

「いや、どうせ失礼したのはそっちの陽気な部下だろう。気にしないでくれご婦人」


 頭を下げたアニスに、ディルと名乗った男は笑顔を浮かべて首を振った。そうすると厳めしい表情が崩れ、なかなかに整った顔立ちである事が見て取れる。


(それに、振る舞いがとっても紳士……)


 アニスは不躾にならない程度に気をつけて、ディルを上から下まで見た。

 ヴィートにげんこつを振り下ろした姿はいかにも粗野な兵士の長といった雰囲気だったが、アニスに向ける視線や女性を前にした時の振る舞いは、非常に紳士的――貴族的だ。


「初めまして、アニスと申します」

「ディルという。この警備兵隊の長だ」


 アニスは、王都で教わった膝を折る礼を取った。それに対して自然に礼を返してきたディルの仕草は、やはり貴族のそれだ。


「隊長、アニスはあれです、小鳥刺繍のオーナーメントの作者です。大魔女のばあさんのお弟子さんで」

「そうか、それなら、見事な魔道具を作っていても不思議はない」


 大魔女殿をばあさんは止めろ、そう言いながらディルは顎をなぞり、ふむ、と太い腕を組んだ。


「隊長も、あのオーナメントが気になると仰っていたじゃないですか。今からでも注文できるか、と聞いたら、数によるというので、隊長をお呼びしたんです」

「数による、か」

「ええ、あの魔道具は『導きの小鳥』という護符をアミュレットにしたものなのですが、一つ作るのに数日かかりますのと、今、自警団の方々から、二十個くらいのオーダーを受けておりまして」

「ふうむ……」


 再びディルは顎を撫で、がりがりと後頭部を掻くと、そうだな、と呟きながら、右の掌を広げて五本の指を立てた。


「五十個ほど、頼むことはできるか?」

「ごじゅっ……!?」


 聞こえてきたのは想定の十倍の数で、アニスは面食らう。鳩が豆鉄砲を食ったようなその表情に何を思ったか、ディルは更に言葉を重ねた。


「技術代は勿論払うし、材料代はこちらで持つ。一年ほど掛かっても良い。それならどうだろうか」

「ええとその、わたくしもいつまでこの町にいるか、まだ決めかねている状態でして……」

「王都から送って貰うのでも構わんよ。送料はこちらで持とう」

「あの、何故そこまで、あのオーナーメントを?」


 アニスは首を傾げ、ディルを見た。

 確かに、魔女の作る魔道具というのは、珍しいものではあるだろう。効果も確かなものであり、デザイン的にも悪くないものだという自負もある。

 だがしかし、ああした迷子防止のような魔道具は、貴族やちょっと裕福な家であれば珍しいものではない。美しいネックレスやブローチ、ブレスレットや指輪などの装飾品型のものは、王都に溢れている。

 小さな子供向けのものならば、最近はぬいぐるみの目を魔石にして、そこに魔術を仕込む、といった品もあるのである。

 首を傾げたアニスに、ディルは「ふむ」と三度顎を撫で、口を開いた。


「うむ、これは自警団の者から聞いたのだが、その魔道具は何やらだいぶ可愛いらしいもので、子供が大変気に入って持ち歩いていた、というではないか」

「ええ、妹弟子のために作ったのですが、あの子は気に入って持ち歩いていましたね……」

「装飾品型の迷子防止の魔道具というものは、乳幼児には嫌がられることが多くてな。ぬいぐるみ型のものもあるにはあるが、子供は気に入らないと持ち歩かないこともあるだろう。……それにどちらも、我々が守っているような市民には、とても手が出ないような価格だ」


 アニスは言葉なく頷いた。

 魔道具というものは、その多くが魔石を利用しているが故に大抵高価である。そして、素材が高いこともあるが、技術者が引っ張りだこなこともあって、一層売値が高騰するのだ。

 ぬいぐるみの目を魔石にした魔道具などは作家によってはプレミアが付いてしまって、子供どころか大人の手にすら入らないことがあるという。


「貴女のそれは、ひとつあたりの価格としてはどのぐらいになる?」

「そうですね……」


 アニスは頭の中でざっくりと材料費と人件費を洗い出し、そこに利益分を乗せて価格をはじき出す。


「このぐらいでしょうか」


 そう指で示した金額に、ディルは満足げに頷いた。


「安いとは言えないだろうが、そのぐらいであれば、出せるという市民は少なくないだろう。私はな、自分の甥姪、そして部下の子供たちのためにそのオーナーメントが欲しいというのは勿論あるのだが、そのオーナーメントが一般市民の手に届く、身近な商品にならないだろうかと考えているんだよ。できれば、いずれ、この領地の特産品になればいいと思っている」

「特産品、ですか……」


 何やら思いがけず壮大な話が飛び出して、アニスは目を白黒させた。庵の周りでひとり遊びをするミシェールの身を守るために作った、手慰みのような品が、随分と大事おおごとになろうとしている。


(……でも、わたしの『魔女の勘』が、これは断らない方がいい、って言っている気がする)


 魔女の勘は侮れない。

 それは、力を借りている土地の意志、囁きであることがあるからだ。

 アニスは数秒の間に決意を固めると、大きく息を吸い、ディルの目を見て口を開いた。


「――五十個は、お受け出来ると思います。でも、それを特産品とするような作り方は、今のやり方ではできません。ですから、そうしたやり方を模索するならば、作り方やデザイン、誰が作るかといったことは、従来のものとは異なる形になるかと思います。それでもよろしいでしょうか?」

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