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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『少年と鬼』 ―Tokyo nightmare―
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『少年と鬼』―Tokyo nightmare -6―

今回でこのエピソードは完結です。


 午後2時30分ちょうど。


 私はコウイチの通う学校の校門前に再び立っていた。


 チャイムが鳴り、次々と生徒たちが吐き出されてくる。


 子供たちは今回もまた、好奇心に満ちた目で私を見てきた。

 私を見るのは2回目の子供も多くいたはずだが、少なくとも2回目まではまだ赤毛の外国人は好奇心の対象になるらしい。


 そしてやがて前回と同一人物と思われる2人と共にコウイチが姿を現した。


 コウイチは私の姿を見つけるとこちらに駆け寄ってきた。


「アンナ……」

「おや、今回はお小言は無しかい?坊や」


 コウイチはただ一言こう言った。


「行こう」

「ああ、囚われのお姫様を助けにね」


 そして我々2人はパトロールを再開した。


 それから、3日間コウイチの学校が終わった後我々2人は日が暮れるまでの短い時間懸命に捜索をした。


 その間、私はコウイチから色々な話を聞いた。

 母が日に日にやつれていくこと、支えになるべき父は仕事が忙しく毎日遅くまで帰ってこないこと。

 私には自分の娘の身より優先すべき仕事というのがどんな種類の物なのか見当もつ

 かなかったが


「ま、大人には色々あるのさ」


 とおざなりな一般論だけを言っておいた。


 コウイチは明らかに納得いかないという顔をしていたが特に反論は返ってこなかった。


 成果が無いまま、3日間が過ぎた。

 捜索が4日目に差し掛かって、私に1つの疑念が浮かんできた。


 もしかして、奴らはもう"狩り"を止めたのではないか。あるいは、場所を変えたのではないか。

 この3日間ヒノサキに頼んで複数の新聞とオカルト系の話題を扱っている

 ネット上の掲示板を漁ってもらったがそれらしい事件の記事は見当たらなかった。


 いや、そんなはずはない。

 あんな狭い範囲で凶行を繰り返してきた輩だ。


 魔術で隠ぺいすれば何とでもなると思っている典型的な魔術師がわざわざ行動範囲を変えたりするはずがない。

 それに喰った霊体の数もあれだけのデカブツの器を考えればまだ足りないはずだ。


 その日も、私とコウイチは子供が寄り付きそうな住宅街に近いこじんまりとした公園を中心に捜索していた。


 そして3つ目の、学校と住宅街が近い小さな市民公園に寄りかかったとき

"あの感覚"が襲ってきた。


 気が付くと、周りには人影が無くなっており

 そして音もなくその2人組は我々の前に姿を現した。


 異形の巨人を従えたストローハットの術者は私を完全に侮っていた。


「また貴様か。懲りない奴だ」


 日本語はわからないがきっとそんなようなことを言ったに違いない。


 コウイチは私の傍らで2人組をまっすぐ見据えていた。

 良い根性だ。


「コウイチ」


 コウイチが私を見上げる。

 私は異形の2人組を見据えたまま言った。


「まだ、妹をあのデカブツの中から感じるかい」


 コウイチは大きく頷いた。


 上等だ。


「そうか。あのストローハットの男に質問したい。通訳してくれ」

「わかった」


 私は警戒しながら言った。


「なぜ霊体喰いなんて真似をしている」


 コウイチが私の言葉を伝える。

 男は何も答えなかった。

 では質問を変えよう。


「なぜ子供ばかりを狙う」


 男は口の端を少し歪めこう言った。


「別に誰でも良かったのだがな。私のこのヨキはグルメでな、子供の霊体しか喰おう

とせんのだよ」


 今の奴の台詞から2つわかったことがある。

 あの可愛げの欠片も無いデカブツのペットの名はヨキという事と飼い主が最低のゲス野郎だということだ。


 コウイチは怒りを込めた目で男を見据えた。

 私は少年の頭に手を置き言った。


「コウイチ、これから私が言うことは出来るだけ強い言葉で訳してくれ」


 私はそのまま続けてこう言った。


「おい、cocksucker(ゲス野郎)

術者がヘボならあんたのペットのビッグフットはjerk(ウスノロ)だな。

か弱い子供しか襲えないmild thing(フニャチン野郎)が。

やれるなら私を食ってみろ。

だが覚悟がいるぞ。食われてもそいつの体を破って、asshole(ケツの穴)から飛び出してやる」


 コウイチが私に尋ねる。


「アンナ…ごめん、知らない言葉が多すぎて訳せない」

「思いつくだけの悪口を言ってやれ。出来るだけ強い口調でね」


 コウイチは躊躇いがちにそれを実行した。


 悪口の在庫が切れたのだろうか。

 コウイチの口から言葉が途切れると、赤銅色の巨人が私に襲い掛かってきた。


 前に相対した時に、9mmパラベラム弾は効かないことは分かった。

 H&K MP7を掃射する。

 効果なし。


 巨人にはかすり傷すらつかなかった。


 巨人との距離はおよそ15フィート。


 S&W M500ハンターモデルを上着から取り出し、トリガーを引く。


 手持ちの火器で最も貫通力の高い武器だ。


 火炎ガスと共に発射された.50マグナム弾は――僅かに傷を負わせただけだった。


 そしてこのささやかな反撃は巨人を激怒させた。


 更なる勢いで巨人が突進してくる。

 身体強化を全開にしていたが、その人知を超えた速度をかわすことは不可能だった。


 しかしここまでは想定通りだ。

 私は次の一手のために、カゼノミヤ特製の呪符を握りしめ

 衝撃に備えて障壁に全魔力を回した。


 巨大な手が私の体を鷲掴みにする。


 巨人の操り手を視界の端に収める。

 男は勝ち誇った様子で、目の前の使い魔に一言命じた。


 巨人の巨大な口が迫ってくる。

 頭を丸齧りにしようってのか。

 ひどい奴だ。


 だが――


「…かかったね」


 私は迫りくる太古の洞穴のような口中めがけて左手を突き出した。

 義手の左手に勢いよく巨人が噛みつき自ら私の手をホールドする。


 MP7の掃射もM500も弾丸の無駄遣いのためにやったわけではない。


 自分が傷つかずに切り抜けられるあわよくばという願望と

 ――このデカブツを怒らせるための挑発だ。


 ストローハットの術者は私の狙いに気づいたのか何かを叫んだ。

 きっと「離れろ」とか「逃げろ」とかそんなようなことを言ったのだろう。


 ――そうはさせるか。


 私は右手の呪符に念を込めるとキーとなる言葉を詠唱した。


「縛!」


 呪符は光の糸に姿を変え、巨人を簀巻きにした。

 縛られた巨人は全力で解きにかかる。

 しかし強力な呪力を持って編まれた糸はそれを許さない。


 やはり持つべきは友人だな。

 もっとも奴のことを友人と呼べればのことだが。


 さあ、仕上げだ。


「体の外側は超人ハルクみたいに頑丈でも…内側はどうかな?」


 私は左手の義手に魔力を込め詠唱を開始した。

 詠唱は魔術の威力を増幅する効果があるが、隙ができる上に、魔術の発動が誰の目にも明らかなので普段は使わない。

 だが、このような状況ならば話は別だ。

 デカブツは私の左手に針にかかったブラックバスのごとくがっちりと食らいついている。


「in virtute passionis Christi, cogit(聖なる力が汝を撃つ)」


 左手に込められた魔力が方向性を持って収束していく。


ignis!(燃えろ!)


 詠唱によって高められた炎は――巨人の体を内部から完全に焼き尽くした。


 巨大な手の拘束が緩み、私は地面に落ちた。


「アンナ!」


 コウイチが私に駆け寄ってくる。

 少年を私の肩を抱きかかえた。


 その時私の体に激痛が走る。

 当然だ、巨大な万力に胴体を締め付けらていたような物なのだから。


「コウイチ。もっと優しくだ。レディには優しくしろってママに教わらなったのかい?」

「ごめん、アンナ」


 そう言うとコウイチはそっと私の両肩を支えゆっくり地面に下ろした。


 一息つくと私はどこか近くで観察しているに違いない"奴"に向かって言った。


「ヒノサキ。見てるんだろ」

「なんだ。気付いていたのか。さすがだね」


 ヒノサキはそう言うと音もなく姿を現した。


「当然だよ。あんた、この前自分が言ったことを忘れたのかい?」

「そうだっけ?そんな昔のことは覚えてないな」


 ヒノサキは全く悪びれずにそう言った。


「あいつが喰った霊体の処理は任せたよ。見ての通り、私はこのザマだ。もう食い込

んだパンツを直す気力もない」

「オーケー、任せて」


 ヒノサキは横たわる巨人の体へと歩んでいった。


「後はあの魔女に任せておけば大丈夫。

坊やはそばできちんと見届けておきな。妹のためにもね」


 コウイチは頷くとそっと私の体を下ろし一言


「アンナ、ありがとう」


 というとヒノサキのそばに歩み寄っていった。


 少年の後ろ姿を見送り、視線を前方に戻すと我に返ったストローハットの術者が逃げていく後ろ姿が

視界の端に写った。


 逃がすか。

 私は痛む体を起こし、愛用のSIG P229を取り出すと男の体目がけて照準を定めた。


 ――その瞬間。

 一陣の風が吹いた。


 次に私が見たのは両足の膝から下を失い、うつ伏せに倒れる

 ストローハットの男と、その傍らに立つ殺人鬼のような目つきの小柄な男だった。


 カゼノミヤは男のストローハットを取り顔を確認すると言った。


「賀茂英正だな」


 "カモヒデマサ"それがあの術者の名前のようだった。

 しかし質問に対して両足を失ったカモは荒い息で苦悶の声を上げるだけだった。


「ギャーギャー喚くな。お前のその下らん足なら後でくっつけてやるから我慢しろ。

私と一緒に来てもらうぞ。お前の不始末の隠ぺいに手を貸してやる。

交換に一族に代価を払ってもらうがな」


 カゼノミヤはそう言うと髪を掴んで男を引っ張っていった。


「待て」


 私がそう言うと奴はまるで「何だ、いたのか」とでも言うように振り返って私を見た。


「質問がある。断るとは言わせないよ」

「いいだろう。お前は良く動いてくれた。特別に答えてやろう」

「そいつの目的は何だったんだ。あんたは知っていたのか」

「当然だ。お前にも教えた通り、こいつの一族は鬼を操る。だがこいつは落ちこぼれでな。

後継争いに勝つために霊体喰いなんていう外道な行為に手を染めたのさ」

「知っていたならどうして私には教えなかった」

「確信がなかったからだ。あの時はな」

「どうしてあんたがが出張ってきたんだ。手を出さないんじゃなかったのか」

「そうだ。我々神道と仏門は相互不可侵が原則だからな。だから私が直接手を出すわけにはいかなかった。

しかしこいつら一族の力にはいささか興味があってな。

なにぶん私は立場上、命を狙われる機会も多い。

力の足しになるものはなんでも手に入れたいんでな、お前のおかげで面白い玩具が手に入ったよ」

「私に呪符を渡したのはこの展開が見えていたから?」

「ああ」

「私がしくじる可能性は考えなかった?」

「そこまでヘボならばお前はあの時、ルーマニアで死んでいたよ」


 このasshole(クソ野郎)め。

 結果的にとは言えこいつの企みに自分が加担してしまったことに腹が立つ。


「ではな。感謝するよ。"ミス"ロセッティ」


 そういうと奴は暗闇に溶けるように消えていった。

 私の心に酷い二日酔いに似た嫌な後ろ暗さを残したまま。


 カゼノミヤが消えると私の全身から力が抜け落ちた。

 私はその場に崩れ落ち、土の上に大の字になった。


「アンナ」


 頭上からヒノサキの声が聞こえた。


「驚いた。元歴代最強のパニッシャーがどうしてここに?

私を捕まえに来たのかと思ったけど……」

「さあね。変質者の行動原理なんて私には理解不能だよ」

「……変質者ね。アンナだって結構な変人だと思うけど」

「私が?心外だね。私は常識人のつもりだよ」

「変人はみんなそう言うものだよ」

「へえ、じゃあ、あんたは自分のことをどう思ってるんだい?」

「私?私は変人だよ?弁明の余地なくね」


 ――まったく。


 あたりはすっかり暗くなっていた。

 ヒノサキとの釈然としない問答のさなか、抗いがたい睡魔に襲われ、私は浅い眠りに落ちていた。


××××××××××××××××××××××××××××××××××××××


 アンナが帰国して1週間。


 俺と旦那はマンハッタンの西40丁目にある小奇麗なダイナーでアンナの回復祝いをしていた。

 小奇麗とは言え、ダイナーは仮にもレディの祝いの場にふさわしいとは言い難かったが

マシューの旦那みたいな怪物がウェリントンホテルあたりの

高級レストランにでも入ろうとしたら営業妨害で訴えられかねない。


 それに800ポンドのベンチプレスを軽々とホールドするメスゴリラを"レディ"と呼んでいいのかもいささか疑問だが。


 帰国からこんなに間が空いたのはひとえに俺のワーカホリックぶりとアンナの疲弊が原因だ。


 久しぶりに会うアンナは元気そうだった。

 帰国した時の彼女は疲労困憊で『ドーン・オブ・ザ・デッド』に出てくるゾンビの方が元気に見えるほど酷い有様だったと旦那から聞いていたが俺はいつも通りの姿に安堵していた。


 マシューの旦那は特大サイズのぺパロニピザと2ポンドのステーキ肉に山盛りのマッシュポテトを1ガロンのビールで流し込むとトドかセイウチが求愛行動する時のような豪快なゲップをし

「クソしてくる」といってバスルームに行った。


 この店のバスルームは人間用にしか作られていないはすだが旦那はどうやって入るつもりなのだろうか。


 その様子を呆れた顔でアンナは見送っていた。


 旦那がバスルームに消えるとアンナが口を開いた。


「パトリック。あんた確か妹がいたよね?」

「ああ」

「兄妹仲は良い?」

「なんだよ。藪から棒に?」

「いいから」

「そうだな…。ま、普通じゃないか?

…ああ、そうだ。むかし、妹がまだ大学生だった頃にな。

悪い男に入れあげて、事業に使うとか言って散々借金した上に逃げられたことがあってな」

「ふうん。…それで?」

「非番の日を使って捜査して、奴を捕まえたよ。1か月かかったけどな。捕まえた

後、後ろ手に手錠をかけて、股間に銃口を突きつけながら言ってやったんだ。

『タマにお別れを言うか、妹に金返して謝るか選べ』ってな」


 アンナは呆れた表情で言った。


「立派なシスコンだよ。あんた」

「そうか?」


 その後、俺は妹が臨床心理士をやっていることやコーヒーにたっぷりのメープルシロップを入れて飲む奇妙な嗜好があることを

アンナに話した。


 アンナはどれもとても興味深そうに聞いていた。

 彼女がこんな話に興味を持つという事実はいささか以上に意外だった。


 10分ほどして旦那が戻ってきた。

 きっと人を2、3人くらい飲み込んだ後のグリズリーみたいなどデカいクソをしてきたに違いない。


 席に付くと旦那は言った。


「よし、お前ら食い終わったな。支払いは俺がするから、パトリック、お前はチップを出せ」

「なんだよ。旦那の奢りじゃないの?」

「バカ野郎。俺はお前のクソになるメシの代金を払ってやろうってんだ。

つべこべ言わずに出せ」

「ああ、わかったよ。悪かったって」


 アンナは俺たちのやり取りを笑って聞いていた。

 そして、少し残っていたバドワイザーを飲み干すとこう呟いた。


「バドワイザーはどこで飲んでもバドワイザーだね」



最後まで閲覧いただきありがとうございます。

次回はニューヨークに戻って新エピソード開始です。


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