番外編 似たもの兄弟
最終回直後の話です。
「ところでそろそろ職場に行かなくていいのかぁ?店長さん心配してるんだろ?」
「あっ、そうでした!」
往来にてルヴェルトと手を取り合い想いを新たにしてたミリヤは、頭ひとつ分上から降ってきたライルの言葉にハッと我に返った。
「カンナが私の生存は伝えてくれたはずだけど、顔見るまで安心できないよね。心配かけちゃったことも謝らなきゃ……」
「俺も一緒に謝る。俺のせいでもあるからな」
「ルヴェルト……ありがとう……っ」
「こら振り出しに戻らない」
再び見つめ合ったミリヤとルヴェルトの頭をライルがポンポンと軽くはたく。
「そうだ、店長さんが悲しんでるならこうしちゃいられねぇ!早く行ってやろうぜ!」
「うん?なんだ、イアンはまさかその店長さん目当てか?」
「そのまさかよ。まったく昔っから年上のキレーなお姉さんに弱いんだから」
俄然張り切り出すイアンにユイがやれやれと肩をすくめた。
「え?イアンさん、店長さんのことが好きだったの?店長さん年下は対象外だって言ってたけど……」
「そ、そんな!」
「ははっ残念だったなぁイアン!」
そのやり取りを聞きミリヤは驚いて振り返った。
まさかイアンが店長目当てだったとは初耳である。
「ううん、死ぬ程惚れっぽい人だからイアンさんが26歳以上だったら多分OKだっただろうけど」
「え、死ぬ程惚れっぽい人なの?店長さんって」
「うん。凄く良い人なんだけど本当に……本当に惚れっぽい人で……何でもすぐ影響されて……酒場のメニューの『マーメイドと海のお友達サラダ〜涙の海水風ドレッシングを添えて〜』って一つだけ馬鹿長い名前のサラダも当時売れない吟遊詩人と付き合っててその時の新作だったから……」
「あのサラダの名前にそんな理由が」
現在26歳独身、10年前に若くして酒場を継いだ、そして孤児院育ちのミリヤ達の姉のような存在である店長。
「ライルさんはおいくつですか?」
「俺か?24だが」
ミリヤもカンナも店長には幸せになってほしいと願っている。きちんとした男性と幸せに。
「じゃあ年下なので多分大丈夫ですね。ただ一応面と向かって店長を綺麗だとか褒めたり運命だとかロマンティックなことは言わないでください。店長今フリーだから惚れちゃうかもなんで……」
「そんな惚れっぽくてよく酒場の店長やれたなぁ。酔って口説いてくる男とかいなかったのか?」
「その酔って口説いてくる男と片っ端から付き合っては……浮気されて別れちゃうんですよ……」
だから口説いて来る男来る男と次々付き合うのはやめてほしい。もうちょっと精査するべきだろうと思う。ちゃんともっと誠実な人を。
「くぅっ、俺なら店長さんだけを愛すると誓うのに……!」
「ベテランパーティの弓使いのお姉さんにデレデレしてたのは誰だったっけ?」
「ミリヤの姉代わりの人だぞ。変なことするなよ」
イアンは良い人であるがさすがに年下過ぎる。
ミリヤ達のいた孤児院によく寄付をしており、子供達からも“店長さん”と呼ばれ慕われる店長……エマ・フィルシアは、ミリヤくらいの年齢だとまだまだ子供としか思ってない。
「まあこの馬鹿は放っといて早く店長さんのところに行きましょ。店長さんきっとやきもきして待ってるわよ。生死不明の妹分が実は生きてるってわかったんだから」
ユイの言う通りであった。いや馬鹿の方ではなく。お葬式までした身内が生きてると判明したのだ、今頃ミリヤの到着を今か今かと待っていることだろう。彼女の過去の恋愛遍歴など話している場合ではなかった。
「うん、そうだね。急いで行かなきゃ!」
そうしてミリヤはルヴェルト達を連れ、一カ月半ぶりの酒場までの道のりを早足で駆けたのだった。
◆◆◆
「ミリヤ!本当に生きていたのね!良かった……っ」
「ごめんなさいエマ店長、ちゃんと連絡もしないで」
開店前の酒場に裏口から足を踏み入れるや否や、ミリヤは待ち構えていたエマに抱きしめられた。
「カンナから聞いたわ。貴方がミリヤを助けてくれたみたいで。本当にありがとう」
「いいえ、とんでもない。それに俺だけの力ではないので」
ミリヤを抱きしめたまま店長エマがルヴェルトを見やる。それを受けたルヴェルトが他の三人も手のひらで指し示した。
「皆さん、ミリヤを助けてくれて本当にありがとう。お礼に今夜はいくらでも食べて飲んで行って。ミリヤのお帰りなさいパーティをしなきゃ」
「うおー!やったぜ!」
「もう、色気より食い気なんだからイアンは」
飛び上がって喜ぶイアンにユイが苦笑する。ルヴェルトも顔に『いつものことだ』と書いていた。
「みんながデュラハンを倒してくれて、ルヴェルトが王宮からの追っ手を追い返してくれて、ライルさんが荷馬車……途中からは荷ド車?でここまで送ってくれたの」
「まあ、そんなに大変なことがあっ……王宮からの追っ手?ミリヤ貴女何をやっ……いいえ、無事に帰ってきてくれたならそれでいいわ」
一瞬疑問に思ったように眉をひそめたエマがそれを振り切るように首を振る。深く考えないことにしたらしい。
「それにしても王都からここまでなんて随分長い距離でしょうに。ええと、この方はこの街の方ではないのよね?」
「うん、ライルさんはルヴェルトのお兄さんで、旅商人さんなの。乗りかかった船だからってここまで送ってくれ……あれ?ライルさん?」
そういえばライルは酒場に入ってから一言も喋ってなかった。人見知りな弟とは正反対で社交的であるはずなのに珍しい。
「ライルさんと言うのね。この度はうちのミリヤがお世話になりまして」
ライルの前に立ったエマが改めて礼をする。それまで棒立ちしていたライルがびくりと肩を震わせた。
「あ、や、いえ、と……んでもない、人として当然のことをしたまでで……」
「ライルさん?」
「すみません貴女のように綺麗な人を見たことがなく言葉を失っていましたまさかこれは人助けをした俺に神が与えてくれた運命の出会い」
「ライルさん??」
いきなりライルがつい先程ミリヤが忠告した禁止ワードを使った。それを言ったら惚れっぽい店長は簡単に惚れてしまうから言うなと言ったのに。
「ライルさんさっきの私の話聞いてました!?」
「まあ……そんな綺麗だなんて……失礼ですけど貴方はおいくつ?」
「店長さん!!」
案の定エマが恋愛モードに入った。これでライルが26歳以上だったらあっさり惚れるパターンである。ライルは24歳であるのでエマの恋愛対象内に入るかどうか微妙なところだが。
「26です」
「さっき聞いた年と違う!」
「ああ今日誕生日だったの忘れてたんだ」
「一年に2才ずつ歳取るタイプですか??」
ライルが息を吐くように嘘をついた。
「親も旅商人だったもんでうっかり辺境の地で産まれて出生届の提出が一年半程遅れましてなので戸籍上は24ですが実年齢は26です」
「えっ、あ、そうだったんですね」
エマに向かい説明するライルにミリヤが納得しかけるも、隣のルヴェルトに袖を引かれた。そして無言で首を振るルヴェルトにまたこれが嘘であることを察する。
「誕生日にこんなに素敵な方に出会えるなんてやはりこれは運命と言って過言ではないはず」
「あらあらもうそんな、誰にでも言ってるんでしょう?」
「いいえ貴女が初めてです!商売の神に誓って嘘はつきません!」
「ライルさんちょっと、ライルさん」
もうエマの目が完全にハートである。これだから簡単に店長を口説くなと言ったのに……とそこまで考えて、相手がライルならば問題ないのでは?とミリヤは思い直した。
今まで悪い男に騙されてばかりの店長には幸せになってほしいと思っていた。もう彼女を騙して金を取ったり浮気するような人ではなく、誠実な良い人と。
「いや、でも年齢詐称はどうなの……!?」
ライルが頼りになって良い人なのは分かっている。何よりルヴェルトの兄だ。しかし年齢詐称は誠実の範囲内に収まるだろうか。
「……『嘘はバレるまでは真実』が兄の信条だから……」
「そんな『家に帰るまでは遠足』みたいな」
なんとも商人らしい言葉である。誠実とはなんぞや。
『すいません車掌さん、妹は人見知りなんだ。勘弁してやってください』
ふとミリヤの脳裏に列車内でライルに助けられた時のことが浮かんだ。そういえば初めて会った時から、嘘をつくのが上手い人だった。
「……まあ嘘は嘘でも良い嘘もあるよね」
なんだかなぞなぞみたいな結論になってしまった。その嘘に助けられた手前悪いことは言えない。
「でも兄貴がこんなことになるとは思いもよらなかったな……」
「いやひとのこと言えないぞお前も」
夢中で美辞麗句を告げる兄を半ば呆然と眺めるルヴェルトをイアンが肘で突く。
「私も思いもよらなかったわ……」
孤児院時代から気にかけてくれたエマはミリヤにとっては姉のような存在である。そのエマとライルが上手くいくとしたら。
まさか将来の義兄が兄貴分にもなるとは、ミリヤも思いもよらなかった。
兄弟揃って一目惚れで人が変わるタイプでした。




