12話 エピローグ
「最後まで送ってくれてありがとうございます、ライルさん」
「いいってことよぉ。ルヴェルトが今住んでる街だ。一度は来ようと思ってたしな」
王都の隣の更に隣の街で王子達を撃退してから一週間後。ミリヤ達はようやく港街マディロまで帰って来た。
ライルの荷馬車の馬とイアン達が乗っていたドラゴンを交換し、荷馬車(この場合は荷ド車か)の速度を上げることで5人一緒に。
ちなみにドラゴン達は手綱を外すともの凄い速さで天高く飛び立ち、王都にて待つ主人達のもとへと帰っていった。
ちょっと前にあの背に乗って跳躍したことを思い出したのだろう、目を輝かせるイアンの隣でルヴェルトは顔を青くさせていた。
「さてとまずはギルドの職員さんとかに普段のルヴェルトの様子でも聞いてみるかぁ」
「別に何も面白い話は聞けねぇと思うけど」
「それならミリヤちゃんの酒場の店員さんに聞いた方が面白い話聞けると思うぜ!」
「イアン!」
ルヴェルト達の賑やかなやり取りに耳を傾けながら、ようやく帰って来れたのだなと改めて実感する。この地を離れていたのは一カ月と少しであるが、まるでもう何年も帰ってなかったかのような心境である。
「予定よりちょっと過ぎちゃったから、ルームメイトも心配してるかな……『死ぬ気で一ヶ月以内に絶対に帰る。一ヶ月過ぎた場合は私は死んだと思ってほしい』って言って来ちゃったから」
「そんな戦場に赴く兵士のような台詞を……」
何がなんでも一ヶ月以内に絶対に帰ってやるという強い気持ちの現れであった。
「いやルヴェルトも『一ヶ月以内に帰れなかったらここに俺の墓を建ててくれ』って言ってただろ」
「墓場系のダンジョンで言う冗談じゃなかったわよね」
どうやらルヴェルトも同じ気持ちだったようだ。イアンとユイが同時にルヴェルトを軽く小突く。
「冗談じゃなかったんだよ」
「なお悪いわ!」
「変なとこズレてる弟でごめんなぁ。イアン、ユイ、昔からルヴェルトが世話になって」
ライルがフードの上からルヴェルトの頭をくしゃくしゃと撫でた。ルヴェルトも黙ってされるがままになっている。
「私はルヴェルトのそのちょっとズレてるところも好きだからね」
「あ、ああ、ど、どうも……」
「甘やかしてくれんなぁミリヤちゃん」
そう和気藹々と五人で話しながら大通りを歩いていると、前方に一人の少女の姿が見えた。
ミリヤがふと視線を向けると、その少女とパチリと目が合った。
「ミ……リヤ……?」
「あ!カンナ!」
両手に抱えていた買い物袋をどさりと落とした、ウェイトレス服の女の子。
ミリヤのルームメイト兼同僚、そして孤児院時代からの親友のカンナであった。
「馬鹿!心配したじゃない!生きててよかった……!」
「ご、ごめんね、色々あって帰るの遅くなっちゃって」
途端に走り寄って来た親友を受け止め、ミリヤは素直に謝った。先程まで呑気に構えていたが、さすがに縁起でもない言葉を残して旅立った挙句連絡もしなかったのは怒られて然るべきだろう。
「店長なんて一週間前から泣きながらずっと喪服で過ごしてるんだからね!」
「あちゃー……ごめんなさい……あのときは本当に『絶対に帰る』って強い意思しかなくて……」
ミリヤのただならぬ覚悟を感じ取ったのか、『一ヶ月で帰れなかったら死んだと思ってくれ』をカンナも店長もだいぶ本気にしてしまっていたらしい。帰って来たら自分のお葬式の真っ最中なんてことにならなくて良かった。いや、もしかしたらもう終わっているのかもしれない。
「店長が喪主も務めたんだからね!」
終わってた。
「ミリヤちゃんとこの酒場の店長さん?あの若くて美人の」
「うん、良い人なんだけどちょっと何でも信じやすいところがあって」
「今回はアンタが十割悪いでしょ!馬鹿!ほら早く謝りに行くわよ!」
「わ、待って待って!」
今にも駆け出そうとするカンナにミリヤが慌てて待ったをかける。手を強く引かれながらもその場に踏みとどまり、後ろを振り返った。
「ルヴェルトも一緒に来て!」
「えっ」
突然指名をかけられたルヴェルトが驚いてフードに手をかける。顔はフードに隠れて半分見えないが、その影の中で目を瞬かせたのが気配でわかった。
「あのねカンナ、無事に帰っては来れたけど、もしかしたら二度と帰ってこれないような危ない状況だったのは本当なの」
「ええ!?」
「それをこの人が助けてくれたんだよ。だから紹介させて」
固まるルヴェルトの腕を取り、ミリヤは親友に向かって笑顔で言った。
「ルヴェルト・ロッド、私の大切な恩人で、大好きな恋人」
「!」
鳩が豆鉄砲をくらったようにカンナが呆然とルヴェルトを見つめる。
「え……まさか……うちの常連さんじゃん……ミリヤ目当てだとは思ってたけど……!」
顔は見たことないけど、と口を抑えて言うカンナの言葉に、ルヴェルトがフードの端をぎゅっと握る。
「……紹介に与った。ルヴェルト・ロッド、初級冒険者パーティの魔法士だ。以後よろしく頼む」
ばさりとルヴェルトがフードを取りさった。この街でルヴェルトがフードを取ったところを見るのは、酒場でミリヤが酔っ払いに絡まれたところを助けてもらった時と、あの願掛けの日の帰り道以来である。
「あ……カンナ・バーリー、ミリヤと同じ酒場でウェイトレスをやってるわ。さっきは失礼なことを言ってしまってごめんなさい」
「いいや、何も」
フードを深く被ると必然的に下がりがちになる視線が、今はきちんと平行になっている。
少々ぎこちなくではあるが握手を交わす二人をミリヤは誇らしい気持ちで眺めた。
「ミリヤが選んだなら間違いないんでしょうけど。あとで詳しく聞かせてよね?」
「うん、もちろん!」
こそっと耳打ちしてきたカンナにミリヤが快く応える。
「それに意外といい男じゃない?いつもフード姿しか見たことなかったけど」
「えっ」
「じゃあ私先に店長に知らせて来るわ。ミリヤは後からでいいから絶対来なさいよっ」
落とした買い物袋を拾い、今度は片手で抱え込みながら大きく手を振りつつカンナは酒場の方向へ走り去って行った。
「あの……へ、変じゃなかっただろうか……君の友人に認めてもらえたかどうか」
フードを取ったルヴェルトがそのままミリヤを振り返る。
「今まではどこの誰に不審がられようと知ったこっちゃないって思ってたんだ。だが君とこ、交際するにあたっては、そういうわけにはいかないだろう……」
「ルヴェルト……」
「直していこうと思う。こんなふうに、必要もないのに壁を作って、顔を隠すのは」
癖のある紫紺の髪が風になびき、その奥の錆色の目が不安げに揺れる。しかしその顔は少しも俯くことなくまっすぐにミリヤを見ていた。
ミリヤはそんなルヴェルトの後頭部に思わず両手を伸ばし、そして。
「えっ?」
フードを掴んで被し直した。
「……そんなに急いで直さなくていいと思う。前にも言ったけど私はルヴェルトのその癖も可愛くて好きだよ」
「い、いや、だが、男としては頼りないだろう……君のこ、こここ恋人として相応しく」
「そんなに急いで直さなくていいと思う!」
そんなに慌てて直す必要は無い。フードを被ったままでもルヴェルトはルヴェルトである。外すとしてもしばらくは二人きりの時や夜道で遠くからは顔が見えないような時くらいでも全然。
「ミリヤちゃん……心配せんでも弟はそんなモテるタイプじゃねぇから」
「ヘンじーちゃんちの雌ロバにも嫌われてるくらいだから」
「小さい頃にうっかり転ばせちゃったのをずっと根に持ってるもんね」
家族幼馴染達が一斉に否定してくるが関係ない。
「じゃあ間を取って女性の前では常にフードを被るということで」
「そんな極度の女性恐怖症みたいな」
一難去ったらまた一難。今までは王子の魔の手に怯えていたが、その危機が去った今新たな問題が。
「というかそれだと君の前でもフードを外せなくなるが」
「私はどんなルヴェルトも好きだからいいの!」
「えっ、あっ、お、俺も、ど、どんなミリヤも好きだ……!」
フードの隙間から僅かに見えるルヴェルトの片耳がさっと朱に染まる。
わかってくれたか。と、思いきや。
「やっぱり少しでも君に相応しい男でありたい。いつまでもその言葉に甘えているわけにはいかないだろう」
ミリヤの押さえる手もものともせずに、ルヴェルトは再びフードを取り去ってしまった。
「……っ!」
駄目だった。ルヴェルトの成長は止められない。しかもそれがミリヤのためだと言うなら尚更。
「っじゃあ、私はもっともっといい女になる!」
今後他のたくさんの女子の視線がルヴェルトに向かうかもしれない。しかしならばミリヤがルヴェルトの視線を独り占めしていればいいだけのこと。
「そ、それは駄目だ、ますます追いつけなくなる!」
フードを外して広くなった彼の視界の中心に、いつまでも居れるように。
「馬鹿ップルってこういうのを言うんだなぁ……」
「今更だけどまさかルヴェルトがこんなことになるとは」
「恋は人を変えるものよ……」
往来の真ん中で手を取り合うミリヤとルヴェルトの後ろで同行人達はやれやれと肩をすくめたが、お互いしか見ていない二人の視界にはまったく入っていなかった。
聖女ミリヤは帰りたい、完結です。
ブクマ評価等ありがとうございました!感想お待ちしてます(*´∀`*)
…他連載作も読んでくださってる方はもうお分かりかと思いますが、王子様に見向きもせずに陰キャヒーローに駆け寄る陽のヒロインが好きです。そんな話ばっかり書いてますが飽きないでいただけたら嬉しいです。




