93.王都への帰還
ネキの死によって勝負は決した。
ローザは現実を受け入れられずに取り乱していたらしいが、宰相のマリーズが代わりに降伏を決断し、王都の城門を開いた。
俺はセイファンに乗って城門をくぐり、反乱軍の総司令官として街路を進んでいく。兵士たちは整然と隊列を組み、その後に続く。
「アクセル殿下、万歳!」
「ずっと殿下が戻って来られるのを待っていました!」
「ローザなど、早く殺してください!」
沿道の住民たちは、拍手と歓声で俺たちを迎えた。
「いい気なものですね」
俺のすぐ後ろにいたギャザリンが、呆れたように言った。「あいつらはメアを支持していたはずなのに、負けたらコロッと手のひらを返すとは」
「そうしなければ、ここでは生きていけなかったんだろう。実際に俺たちの勝利を願っていた者も多いはずだ」
内戦が終わったからには、敵味方に分かれていた者たちも手を取り合わねばならない。すぐにわだかまりを解くのは難しいかもしれないが。
王城の前までやって来ると、家臣や兵士たちが整列して出迎えていた。解放されたイワガキ公とその息子もいる。
彼らの先頭に立っているのは、口元に微笑をたたえた品の良い女性だ。
「アクセル殿下、私は宰相のマリーズと申します」
マリーズは俺の前で片ひざをつき、頭を下げた。「私がメア女王に協力したため、内戦で多くの者が命を落としてしまいました。それでも殿下にこの城を無事に明け渡すことを最後の役目と心得て、ここでお待ちしておりました。もう思い残すことはございません。どうか死を賜り下さい」
俺は馬を降り、彼女に声をかける。
「これ以上の血を流す必要はない。荒れ果てた国土と人心の復興のため、君には力を貸してほしい。他の者たちも罪に問うつもりはない」
「寛大な殿下なら、そう言っていただけると信じておりました」
マリーズは顔を上げ、晴れやかな笑顔を見せた。許されるとわかっていたのだろう。したたかな女だ。
「ですが1人だけ、許されざる者が残っております」
マリーズの言葉に続き、後ろ手に縛られたローザが兵士に引っ立てられてきた。
「おのれマリーズ! この恩知らずめ! あたしを差し出して自分だけ助かるつもりか!」
「恩を受けた記憶はありません。あなたも一応は王族なのですから、これ以上見苦しい姿は見せないでくださいね」
「くっ……よくもぬけぬけと!」
さて、ローザの処分はどうしたものか。
殺さねばならない、ということで皆の意見は一致しているのだが、どうやって殺すかは決まっていない。
ツヤガラス女公は火刑に処すべきだと言った。苦しませて殺さなければ、メアとローザに殺された者の遺族が納得しないというのだ。
レイスの出した案は、ローザを全裸にして両手を杭に縛りつけ、王都の貧民街に放置する。そして「ご自由にお使いください」と書いた立て看板を置いておくというものだ。
殺すのはローザを凌辱してからということらしい。
タラサンの予測では、この神学的なやり方を考えたのはルシアだろうとのことだが、実際のところはわからない。
俺は王都がこれ以上殺伐とするのは避けたい。特に子どもには残酷な光景を見せたくない。
メアの統治下では公開処刑が頻発し、多くの住民がそれを娯楽として楽しんでいたというが、もうそのようなことは終わりにするべきだ。
「おいアクセル、ローザの処分はアタシに任せろ」
カーケンが隣に来て言った。
「おまえが?」
「アタシはこいつに母親を殺されてる。おまえやレイスよりも恨みが深えんだ」
「気持ちはわかるが、何をするつもりだ?」
「まあ見てろ」
カーケンはローザに近付いていった。
「おお、カーケン殿下! 助けてください!」
ローザはカーケンの前にひざまずき、慈悲を請うた。「ベアトリス様を殺したのはメアなのです。あたしは反対したのですが――」
「うるせえ」
カーケンは剣を抜き、サッと横に薙いだ。
ローザの首が地面に落ち、激しい血しぶきが上がった。
予想外の行動に、周囲の者たちは呆気にとられている。
俺は満足そうな顔のカーケンに声をかけた。
「ずいぶんあっさり殺したな」
「嗜虐の趣味はねえんだ」
「そうか、悪くないやり方だ」
ローザの死によって、内戦は完全に終結した。
王城に入った俺たちは戦後処理を始めた。
まずは反乱軍側で戦った諸侯たちに恩賞を与える必要がある。
問題は、誰がそれを行うかということだ。
諸侯に対する論功行賞は王の仕事だ。しかし次の王はまだ決まっていない。
俺が王のように振る舞えばカーケンとレイスが反発するだろう。それで再び内戦になろうものなら、目もあてられない。
やはり国王選挙を行うことになるだろうか。
今回の内戦における俺の功績は群を抜いているので、支持してくれる諸侯は多いはずだ。
それでも100パーセント勝てるという確証はない。この機会を逃せば二度と王にはなれないだろうから、慎重にならざるを得ない。
俺はタラサンを自室に呼び、相談することにした。
俺は軍事においてはニートを、政治的なことにおいてはタラサンをもっとも信頼している。
「お任せください、私がアクセル様を王にして差し上げます」
タラサンは俺の机の前に立つと、頼もしいことを言った。
「俺が王になれば、君は宰相になってくれるか?」
「1日2時間の労働で、週休5日なら」
「以前に聞いた時より、さらに労働時間が減ってるぞ」
「それ以上働くと、過労で倒れるかもしれません」
「君はそこまで虚弱体質だったのか」
「好きなことなら何時間でも続けられるのですが」
「君は何が好きなんだ?」
「アクセル様のそばにいることです」
「そうなんですか」
タラサンはまったく表情を変えないので、どこまで本気で言っているのかわからない。
「宰相については、あのマリーズという人に引き続き任せてはどうでしょうか? かなり有能な人だと思います」
「君がそう言うなら、そうするか。ただし宰相の人事は王が決めることだから、まずは王にならなければ話にならない。どうすれば王になれるか、君の考えを聞かせてくれ」
「王都の住民の支持を得ることです。今は先行きが不安な状態ですので、彼らに明るい未来を示してやる必要があります」
「未来を示すって、どうやるんだ?」
俺がたずねると、タラサンは薄い胸をそらして自信ありげに答えた。
「住民たちの前で、演説をしてください」
「演説?」
「メアは演説によって王都の住民の心をつかみ、戦意を高揚させたそうです。アクセル様はそのやり方をパクってください。ただし戦争のためではなく、平和のための演説です」
「演説で平和を実現するなんて、可能なのか?」
「言葉には人の心を動かす力があるのです。
今回の内戦では国民が敵味方に分かれて争いました。王都の住民たちはいわば敗者であり、心にはわだかまりが残っているでしょう。勝者の代表であるアクセル様が演説を行うことで、彼らの心を解きほぐすのです。
感動的な演説を行えば、アクセル様こそが王にふさわしいと人々は思うでしょう。現在王都には諸侯たちも集まっているので、このチャンスを逃す手はありません」
「どんなことを話せばいいんだ?」
「原稿は私が書きます。アクセル様はそれを自分の言葉にして話してください」
「わかった、君の言うとおりにしよう」
俺はタラサンを信じることにした。




