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シジミの玉座 ~狂気と暴力の王位争奪戦~  作者: へびうさ
第二章 炎の内戦

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91.ニート劇場

「ユリーナ、よくわかっているではないか。さよう、話し合いなど不要だ。吾輩がすべてを決めるのが一番よい」


 ニートはそう言うとワインをグイっと飲み干し、空になったグラスをテーブルにトンッと置いた。

 すでに充分酔いが回っているように俺には見えるが、ティコは当然のように注ぎ足している。


「ほう、ではどうすればこの内戦を終わらせられる? おぬしの考えを聞かせてもらおうではないか」


 ツヤガラス女公が挑発するように言った。


「うむ、では聞かせてやろう。まず、ローザなどを相手にするのは時間の無駄だ。あの女はすでに正常な判断力を失い、他者の意見に耳を傾けなくなっているようだからな」

「だがローザが最高権力者であるからには、彼女と交渉するしかないだろう」


 俺が言い返すと、ニートは「チッチッチッ」と舌を鳴らして、人差し指を振った。ムカつく仕草だ。

 俺に対しても遠慮がなくなっているのは、今までよりも酩酊(めいてい)のレベルが高いからかもしれない。


「アクセル殿下、メアが死んだ後もローザが強気でいられるのは、ネキがいるからだ。我々が相手にすべきは、ネキなのだ」

「つまりネキと交渉するということですか?」


 そう問いかけたのは、シャコガイ公だ。


「そんなわけがあるか。あんな危険な女と交渉しようとすれば、命がいくつあっても足りぬ。ずっと隠遁生活を続けていたような人間に、まともなコミュニケーション能力を期待するな」


 ニートのコミュニケーション能力も、あまり高くなさそうだ。


「ネキは殺さねばならないのだ」


 ニートはワインを一口飲んでから続けた。「あの女の力は危険すぎる。生かしておくわけにはいかない。ネキが死ねば、ローザも観念するだろう」


「ですが、ネキは王都の城門を守っています」


 ベアードが言った。「王都を落とさない限り、ネキには手を出せません。やはり攻城戦を行うのですか?」


 ニートなら天才的な戦術を考え出し、王都を攻め落とすことができる。

 と誰もが期待しただろうが、ニートははっきりと否定した。


「バカをいうな。女王を討ち取ったというのに、なぜこれ以上無駄な戦いをせねばならんのだ。吾輩はこれ以上の戦死者を出すつもりはない。ネキさえ殺せばいいのだ」

「城壁の内部にいるネキを、どうやって始末すると?」


 ベアードはムッとした様子で問いただした。


「昨日の戦いで、ネキは挑発に弱いことがわかった。アクセル殿下が城門前でネキを罵倒すれば、怒って姿を現すだろう」

「俺が? 怒ったネキに攻撃されたらどうするんだ?」

「ネキの隠術には予備動作があるので、武芸を極めた殿下ならば避けることはたやすいはずだ」


「アハハハハッ! つまりアクセルを(おとり)にするってことか!」


 カーケンが笑い声をあげた。「ニート、ずいぶんとおもしれえことを考えるじゃねえか! それでアクセルが焼き殺されたら傑作だな!」


「黙らっしゃいっ!!」


 ニートの怒鳴り声が雷鳴のごとく響き渡った。

 その迫力には俺でも肝が冷えた。周囲の温度が急激に下がった気がする。


「吾輩はアクセル殿下を信頼しているからこそ、危険な任務を任せるのだ! もし殿下が死ぬようなことがあれば、吾輩も責任をとって死ぬ覚悟だ!

 リーダーが自ら危険を冒すのは、これ以上の戦死者を出さないためだ! それを貴様は笑うのかっ! 大事な弟が命をかけるのを笑うのかっ!」


「わ、悪い」


 なんとカーケンが謝った!?

 しかもニートの剣幕にかなり(おび)えているようだ。こんなカーケンは初めて見たぞ。


「ニート、俺も君を信頼している。だから君がそうするべきだと言うなら、従おう」


 俺は言った。「だがネキがいくら激高したとしても、城門を開けて外に出てくることはないと思うが」


「もちろんだ。城壁の上に姿を現すぐらいだろう」

「それを、どうやって仕留めるんだ?」

「姿が見えれば、矢でねらうことができる」


「無理だな」


 俺は首を振った。「12メートルの高さの城壁の上にいる相手を矢でねらうのは、簡単じゃない。正直、俺には自信がない。そして何より、ネキには矢が通用しない。炎の矢で自動的に迎撃されるからだ」


「わかっている」


 ニートは俺の言葉にうなずいてから、カーケンに顔を向けた。


「カーケン殿下」

「は、はい」

「君の腕を見込んで、任務を与える」


 ニートは実に偉そうに言った。




 軍議の翌朝、俺はニートの天幕を訪れた。

 ニートはベッドに横になっていた。


「なんだ、まだ寝てるのか?」

「い、いえ、起きています」


 ニートはあわてて上体を起こした。


「どうした? ずいぶん顔色が悪いな」

「二日酔いみたいです。昨夜は飲み過ぎてしまいました」


 ニートはつらそうに頭を押さえている。


「そうか。無理をせず休んでいてくれ。後は俺が、君の言ったとおりにするだけだ」

「ええと……何を言いましたっけ?」

「覚えてないのか?」

「すいません……酔っている間のことは記憶があいまいで――」


 天幕の垂れ布をバサッと持ち上げて、カーケンが入ってきた。

 カーケンは俺には目もくれず、つかつかとニートに歩み寄る。


「おいニート!」

「は、はい!?」

「昨夜はずいぶんと威勢がよかったじゃねえか」


 ニートが震え出した。ツヤガラス女公に鞭で叩かれたことを思い出しているのだろう。


「また僕なにかやっちゃいました?」

「このアタシに対して偉そうに命令したことを、忘れたとでも言うのか?」

「そ、そんなこともあったかなあ?」

「誤解されないように言っておく。アタシがおまえの命令に従うのは、おまえが怖かったからじゃない。おまえがアタシを信頼してくれていると感じたからだ」


 わざわざそんなことを言いに来たのか。負けず嫌いな奴だ。


「じゃあ、ネキを倒すために協力してくれるんだな?」


 俺が確認すると、カーケンはキッとにらみつけてきた。


「言っとくが、おまえのためじゃねえぞ。不敗公の言うとおりにすれば、くだらねえ内戦を終わらせられると思ったからだ」


 カーケンはそう言うと、再びニートに顔を向けた。「おい、アタシを従わせたことで調子に乗るんじゃねえぞ! この借りはいつか必ず返してやるからな!」


 カーケンは足音荒く天幕を出て行った。

 ニートはホッと息をついている。暴力を振るわれなくて安心したのだろう。


「カーケンのことは気にするな。これから俺たちは王都に向かう。母上やレイスやタラサンも、ドーンポリスから王都へ向かったらしい。君は体調が回復するまでここで休んでいてくれ」

「いえ、僕も行きます、行きますとも。置いていかないでください」


 ニートはベッドから降りて、立ち上がった。

 しかし、すぐに頭を抱えてベッドに座り込んだ。


「うう……急に立ち上がったので、めまいが」

「やっぱり休んでろ。君は充分に働いてくれた」


 この内戦が終われば、天才的な戦術家の出番は当分の間ないだろう。

 しかし、人の世から戦争が消えることはあり得ない。

 俺が王になったら、ニートに軍事のすべてを任せることにしよう。


 いつか酒なしで力を発揮できるようになればいいんだが。

 彼の健康のために。

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