91.ニート劇場
「ユリーナ、よくわかっているではないか。さよう、話し合いなど不要だ。吾輩がすべてを決めるのが一番よい」
ニートはそう言うとワインをグイっと飲み干し、空になったグラスをテーブルにトンッと置いた。
すでに充分酔いが回っているように俺には見えるが、ティコは当然のように注ぎ足している。
「ほう、ではどうすればこの内戦を終わらせられる? おぬしの考えを聞かせてもらおうではないか」
ツヤガラス女公が挑発するように言った。
「うむ、では聞かせてやろう。まず、ローザなどを相手にするのは時間の無駄だ。あの女はすでに正常な判断力を失い、他者の意見に耳を傾けなくなっているようだからな」
「だがローザが最高権力者であるからには、彼女と交渉するしかないだろう」
俺が言い返すと、ニートは「チッチッチッ」と舌を鳴らして、人差し指を振った。ムカつく仕草だ。
俺に対しても遠慮がなくなっているのは、今までよりも酩酊のレベルが高いからかもしれない。
「アクセル殿下、メアが死んだ後もローザが強気でいられるのは、ネキがいるからだ。我々が相手にすべきは、ネキなのだ」
「つまりネキと交渉するということですか?」
そう問いかけたのは、シャコガイ公だ。
「そんなわけがあるか。あんな危険な女と交渉しようとすれば、命がいくつあっても足りぬ。ずっと隠遁生活を続けていたような人間に、まともなコミュニケーション能力を期待するな」
ニートのコミュニケーション能力も、あまり高くなさそうだ。
「ネキは殺さねばならないのだ」
ニートはワインを一口飲んでから続けた。「あの女の力は危険すぎる。生かしておくわけにはいかない。ネキが死ねば、ローザも観念するだろう」
「ですが、ネキは王都の城門を守っています」
ベアードが言った。「王都を落とさない限り、ネキには手を出せません。やはり攻城戦を行うのですか?」
ニートなら天才的な戦術を考え出し、王都を攻め落とすことができる。
と誰もが期待しただろうが、ニートははっきりと否定した。
「バカをいうな。女王を討ち取ったというのに、なぜこれ以上無駄な戦いをせねばならんのだ。吾輩はこれ以上の戦死者を出すつもりはない。ネキさえ殺せばいいのだ」
「城壁の内部にいるネキを、どうやって始末すると?」
ベアードはムッとした様子で問いただした。
「昨日の戦いで、ネキは挑発に弱いことがわかった。アクセル殿下が城門前でネキを罵倒すれば、怒って姿を現すだろう」
「俺が? 怒ったネキに攻撃されたらどうするんだ?」
「ネキの隠術には予備動作があるので、武芸を極めた殿下ならば避けることはたやすいはずだ」
「アハハハハッ! つまりアクセルを囮にするってことか!」
カーケンが笑い声をあげた。「ニート、ずいぶんとおもしれえことを考えるじゃねえか! それでアクセルが焼き殺されたら傑作だな!」
「黙らっしゃいっ!!」
ニートの怒鳴り声が雷鳴のごとく響き渡った。
その迫力には俺でも肝が冷えた。周囲の温度が急激に下がった気がする。
「吾輩はアクセル殿下を信頼しているからこそ、危険な任務を任せるのだ! もし殿下が死ぬようなことがあれば、吾輩も責任をとって死ぬ覚悟だ!
リーダーが自ら危険を冒すのは、これ以上の戦死者を出さないためだ! それを貴様は笑うのかっ! 大事な弟が命をかけるのを笑うのかっ!」
「わ、悪い」
なんとカーケンが謝った!?
しかもニートの剣幕にかなり怯えているようだ。こんなカーケンは初めて見たぞ。
「ニート、俺も君を信頼している。だから君がそうするべきだと言うなら、従おう」
俺は言った。「だがネキがいくら激高したとしても、城門を開けて外に出てくることはないと思うが」
「もちろんだ。城壁の上に姿を現すぐらいだろう」
「それを、どうやって仕留めるんだ?」
「姿が見えれば、矢でねらうことができる」
「無理だな」
俺は首を振った。「12メートルの高さの城壁の上にいる相手を矢でねらうのは、簡単じゃない。正直、俺には自信がない。そして何より、ネキには矢が通用しない。炎の矢で自動的に迎撃されるからだ」
「わかっている」
ニートは俺の言葉にうなずいてから、カーケンに顔を向けた。
「カーケン殿下」
「は、はい」
「君の腕を見込んで、任務を与える」
ニートは実に偉そうに言った。
軍議の翌朝、俺はニートの天幕を訪れた。
ニートはベッドに横になっていた。
「なんだ、まだ寝てるのか?」
「い、いえ、起きています」
ニートはあわてて上体を起こした。
「どうした? ずいぶん顔色が悪いな」
「二日酔いみたいです。昨夜は飲み過ぎてしまいました」
ニートはつらそうに頭を押さえている。
「そうか。無理をせず休んでいてくれ。後は俺が、君の言ったとおりにするだけだ」
「ええと……何を言いましたっけ?」
「覚えてないのか?」
「すいません……酔っている間のことは記憶があいまいで――」
天幕の垂れ布をバサッと持ち上げて、カーケンが入ってきた。
カーケンは俺には目もくれず、つかつかとニートに歩み寄る。
「おいニート!」
「は、はい!?」
「昨夜はずいぶんと威勢がよかったじゃねえか」
ニートが震え出した。ツヤガラス女公に鞭で叩かれたことを思い出しているのだろう。
「また僕なにかやっちゃいました?」
「このアタシに対して偉そうに命令したことを、忘れたとでも言うのか?」
「そ、そんなこともあったかなあ?」
「誤解されないように言っておく。アタシがおまえの命令に従うのは、おまえが怖かったからじゃない。おまえがアタシを信頼してくれていると感じたからだ」
わざわざそんなことを言いに来たのか。負けず嫌いな奴だ。
「じゃあ、ネキを倒すために協力してくれるんだな?」
俺が確認すると、カーケンはキッとにらみつけてきた。
「言っとくが、おまえのためじゃねえぞ。不敗公の言うとおりにすれば、くだらねえ内戦を終わらせられると思ったからだ」
カーケンはそう言うと、再びニートに顔を向けた。「おい、アタシを従わせたことで調子に乗るんじゃねえぞ! この借りはいつか必ず返してやるからな!」
カーケンは足音荒く天幕を出て行った。
ニートはホッと息をついている。暴力を振るわれなくて安心したのだろう。
「カーケンのことは気にするな。これから俺たちは王都に向かう。母上やレイスやタラサンも、ドーンポリスから王都へ向かったらしい。君は体調が回復するまでここで休んでいてくれ」
「いえ、僕も行きます、行きますとも。置いていかないでください」
ニートはベッドから降りて、立ち上がった。
しかし、すぐに頭を抱えてベッドに座り込んだ。
「うう……急に立ち上がったので、めまいが」
「やっぱり休んでろ。君は充分に働いてくれた」
この内戦が終われば、天才的な戦術家の出番は当分の間ないだろう。
しかし、人の世から戦争が消えることはあり得ない。
俺が王になったら、ニートに軍事のすべてを任せることにしよう。
いつか酒なしで力を発揮できるようになればいいんだが。
彼の健康のために。




