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シジミの玉座 ~狂気と暴力の王位争奪戦~  作者: へびうさ
第二章 炎の内戦

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83.ニート無双

 ニートの奴……タブー中のタブーに触れやがった……。


「ライジング公……この我に向かって痴女とは、ようも言ってくれたのう」


 ツヤガラス女公の怒りの声は、地獄の底から響き渡るかのようだ。聞いているだけで背筋が震えてくる。

 しかし、なぜかニートは気にする様子がない。これも酒の効果だろうか。


「フハハハッ! つい思ったことを言ってしまったが、妙齢の女性に対して配慮が足りなかったな。まあ許せ」

「まあ許せだと? そのような軽口で我の怒りを静められるとでも思うたか! どうやらお仕置きが必要なようだの」


 女公は勢いよく席を立った。


「外様諸侯の分際で、御三家の当主である閣下に対してなんという暴言を!」

「不敗公といえども、許すわけにはいきません!」


 ()()も一緒に立ち上がった。彼らも主君を侮辱されて、黙っていられるわけがない。


「アクセル様」


 ティコが声をかけてきた。「このままじゃまずいですよ。なんとかしてください。女公を止められるのはアクセル様だけです」


「うーん、仕方ないな」


 今の女公には関わりたくないが、そうも言ってられないか。


「ブランディーヌ、君が怒るのはもっともだが、ここは俺の顔に免じてニートを許してやってくれないか」


 俺は努めて冷静な声で、女公をなだめた。


「いくらアクセル殿の頼みとはいえ、聞けませぬ。我を侮辱するとどうなるか、その()れ者に教えてやらねば示しがつきませぬ」


「確かにその通りだ。御三家の当主たる者が侮辱されたままでは、面子を保てない」


 俺は女公の言葉を認めた。「だがここは軍議の場だ。ニートに対するお仕置きは、明日まで待ってくれ。頼む」


 俺は額がテーブルにつくまで頭を下げた。

 これには女公も心を動かされたようだ。


「どうか頭をお上げください、アクセル殿。愛しい人にそのようなことをされては、従うしかありませぬ」

「ではニートに罰を与えるのは、明日にしてもらえるか?」

「はい。アクセル殿のおっしゃる通りにいたします」


 よし、うまくいったぞ。

 怒りというものは、いつまでも持続するものではない。明日になれば女公の頭も冷えているだろうから、ニートに頭を下げさせて仲直りさせよう。


「ではライジング公、改めてお聞かせください。今回私たちはどのように戦うべきなのでしょうか?」


 シャコガイ公がさっきの女公の質問を繰り返した。


「うむ、では教えてやろう」


 ニートは腕を組んで背もたれに体を預けた。女公の怒りをまったく気にしていないようで、同じく御三家のシャコガイ公に対しても偉そうな態度だ。


「まず、密集隊形を組むのは論外だ。騎兵の突撃に対してならば密集隊形は有効だが、火の隠術に対しては大きな的になるだけだ。大勢の兵士が一度に焼死し、戦線が崩壊する。

 もちろん大盾を並べてもダメだ。鉄の盾は熱を伝えるし、炎の玉は上からも降ってくるからな」


 ニートは立て板に水を流すごとく、すらすらと答えた。その明晰(めいせき)な言葉に一同はじっと耳を傾けている。


「だから火の隠術に対しては密集ではなく、散開が有効だ。100人程度の小部隊が間隔をあけて行動し、まとめて攻撃されることを防ぐのだ」


「少数の部隊を散開させるなど、そんな戦術は聞いたことがない!」


 さっきイワシと言われたデュスカス公が反論した。「戦場では密集して陣形を組んで戦うのが正解なのだ! そして機を見て兵力を一か所に集中して投入し、敵の陣形を破ることができた側が勝者となるのだ!」


「黙らっしゃい!!」


 ニートの怒号が大広間に響き渡る。その迫力には、俺でさえも肝が冷えた。


「戦術に正解など存在しない! 貴様は過去の戦史に答えを求めるだけで、自分の頭で考えようとしていない! そんな人間は指揮官はやめて、一兵卒からやり直せ!」

「ううっ……」


 確かにニートの言う通りだ。過去に火の隠術が戦場で使われた例はないのだから、戦史に答えを求めることはできない。


 新しい状況に対しては、新しい戦術が必要になる。

 そして新しい戦術を考え出せる人間を、天才と呼ぶ。まさにニートのことだ。


「散開戦術では、機動力が重要となる」


 ニートはタラサン・ブレンドを一口飲んでから、説明を続けた。「だから歩兵はできるだけ軽装備とする。武器は剣だけ、防具は皮の胸当てだけだ」


「ですがそれでは、重装備の相手に勝てないのではないですか?」


 ラッセル公子が質問した。


「散開を選択したからには、密集隊形を組んだ敵とまともに戦うことはない。動きながら距離を保つのだ」

「敵が部隊を分けて対応してくれば、各個撃破されるのでは?」

「そんなことにはならない。散開戦術に対して有機的に対応するには、多くの将校が必要になる。しかし敵の主力は民兵であり、経験豊富な将校が圧倒的に不足しているのだ」

「なるほど、その通りです。ですがメアに味方している諸侯の中には、優秀な将校を多数抱えている家もあります」

「その諸侯たちに指令を出すのは、王家の一等武官のギデオンという男だ。ギデオンは優秀な司令官だが、所詮は官僚であるために諸侯たちには侮られている。だから各諸侯は指令を無視して各々が勝手に戦おうとするだろう。統制の取れない敵から距離を保つのは、難しいことではない」


 ニートは敵の事情についても把握している。さすがだ。

 ラッセルは納得したようにうなずいている。


「距離を保つといっても、戦わなければ勝てぬぞ」


 今度はグレンヴィル公が問いただした。


「諸侯の軍と戦う必要はない。我々が標的とするのはメア女王1人だ。女王を討ち取ればこちらの勝ちだ」

「今回もメアは、自ら戦場に出てくるだろうか?」

「必ず出てくる。メアがいなければ民兵は士気を保てないからな。女王の破門に動揺している諸侯たちを戦わせるためにも、メアが毅然とした姿を見せることが必要だ」


 ニートはグラスに残っていたタラサン・ブレンドをグイっと飲み干した。すかさずタラサンが注ぎ足す。


「メアを討ち取るといっても、こちらの兵力が分散していては大きな力は生み出せません。各部隊の距離が離れていれば、連絡を取り合うことも難しいでしょう。それでどうやって、後方で厳重に守られているメアを討つことができますか?」


 そう問いかけたのは、ベアードだ。


「メアを討つための戦術は、アクセル殿下だ」


 ニートはよくわからない答えを返した。


「戦術は俺? どういう意味だ?」


 俺がたずねるとニートはこちらに顔を向け、口調を改めて答えた。


(さか)しらな戦術などくつがえしてしまう武勇というものが、この世には存在します。それが殿下です。殿下は精強な100騎の騎兵を率いて、メアを討ち取ってきてください。他の部隊の行動はすべて、そのための陽動です」


 なるほど。こんな大胆な戦術が書物に書いてあるわけがない。

 凡庸な戦術家であれば、個の武勇を頼みにすることを恥と考えるだろう。やはりニートは天才だ。


「ずいぶん独創的な戦術だが、アクセルが討ち取られたらどうするんだ?」


 半ば呆れたようなカーケンの問いかけに、ニートは自信をみなぎらせた顔で、きっぱりと答えた。


「アクセル殿下なら、きっとなんとかしてくれる」




 軍議の翌日、俺はニートの部屋を訪れた。


「あ、いらっしゃい殿下」


 いつものニートに戻っていた。


「昨日の軍議での君は素晴らしかった。おかげでみんなも勝てる自信を持ったようだ」

「あの……実は昨日のことは、あんまり覚えてないんです。気持ちよくしゃべってた記憶はあるんですが」

「かなり酔っていたようだからな。だがそのおかげで、君が胸に秘めていた考えを聞くことができた。酒は偉大だな」

「いやあ、お恥ずかしい。人前では飲まないように気を付けてたんですが」

「出陣は明日だ。期待しているぞ」

「え? ひょっとして僕も出陣するんですか?」

「君は俺の参謀なんだから、当然だろう。状況の変化に応じて、現場で臨機応変な判断をしてもらわねばならない」

「えーと、そんなことができる自信はないのですが」


 どうやら、戦場でも酒を飲ませる必要がありそうだな。


「まあ、それはさておき、昨日の約束を果たさねばならない」

「約束?」

「すまない。一日経てば怒りが収まるかと期待したんだが、そんなことはなかった」


 扉がバーンと開かれ、全身から殺意をみなぎらせているツヤガラス女公が入ってきた。

 その手に握られているのは、先端が幾重にも分かれた鞭だ。俗に「九尾の猫」と呼ばれるものである。


「ブランディーヌ、ニートはこの後の戦いに必要な人間だから、あまり手荒なことは……」

「ご心配には及びませぬ。ツヤガラス家には、怪我をさせずに苦痛を与える術が伝えられておりますので」

「そうか、じゃあそれで頼む」


 俺は震えているニートを残し、急いで部屋を出た。


「ぐえーーーっ!!」


 悲鳴が廊下まで聞こえてきた。

 まあニートなら、きっと耐えてくれるだろう。

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