76.アクセル到着
敗走した反乱軍の将兵たちが、ドーンポリスに戻ってきた。
3万人いた兵士は、なんと1万2000人に減っている。
ニートはさすがに部屋に閉じこもっているわけにもいかず、戻ってきた者たちから話を聞いてまわった。
それでヒースター平原の戦いがどんなものだったか、知ることができた。ネキの隠術により、戦いらしい戦いにもならずに負けたようだ。
カプキン公、ハート公、エリソン公、デュカシス公は戦死した。殿を務めたイワガキ公は捕虜になった。
勝手に自分の領地へ帰ってしまった諸侯もいるようだ。
傭兵はほとんど戻ってこない。反乱軍に見切りをつけたのだろう。
(終わった……。もうだめだ……)
ニートは頭をかかえてうずくまった。帰る場所がある者はいいが、彼にはどこにも逃げ場がない。
「兄上、しっかりしてください。敵はドーンポリスを攻めてくるかもしれません。すぐに防戦の準備をしましょう」
ルースがはげますように言った。
「無理だよ。兵士たちはよっぽど怖い思いをしたのか、目が死んでるよ。あれじゃあ戦えない」
「だからこそ、兄上が総司令官として兵士たちを鼓舞する必要があります」
「総司令官はカーケン殿下じゃないか」
「カーケンは敗軍の将として責任をとるべきです。自分だけ真っ先に逃げ帰って、今後も全軍を指揮するなんて虫がよすぎます」
「だからといって、なんで僕が総司令官に?」
「この状況を覆せるのは、兄上だけです」
(相変わらずルースは、僕のことを過大評価しているなあ)
「この状況を覆せるのは、僕じゃなくてアクセル殿下だと思うけど」
「ですが、アクセル殿下はここにいません」
「そろそろ来てくれるんじゃないかな。アクセル殿下なら、きっとなんとかしてくれるよ」
ニートはそう信じることにした。
―――
俺はティコ、ユリーナ、ギャザリンを連れて、ドーンポリスへやってきた。
隠棲所を出立してから、およそ1か月が経っている。時間がかかったのは、ツヤガラス女公に会っていたからだ。
ツヤガラス家の支援を受けて隠者になっていながら、それをやめてしまうのだから、直接会って弁明する必要があったのだ。
女公は気を悪くする様子もなく、隠者をやめることに賛成してくれた。
しかし俺が反乱軍に加わることには反対した。反乱軍の主導権をカーケンが握っていたからだ。
俺とカーケンがリーダーの座をめぐって争えば、反乱軍は内部分裂する。かといって俺が妥協してカーケンの指揮下に入れば、メアを倒した功績はカーケンのものになってしまう。
女公の見立てでは、反乱軍はさほど民衆の支持を得ているわけではない。しばらく情勢を見極めてから反乱軍に参加しても、決して遅くはない。
そんな女公の助言に従い、しばらく彼女の館で待機していた。
その間にメアは巧みな演説を行い、王都の住民の支持を得た。そしてヒースター平原の戦いで、反乱軍を撃ち破った。
その知らせを聞いてから、俺たちはドーンポリスに向かったのだ。
ドーンポリスの城門は、昼間なのに閉ざされている。王家軍の襲来に備え、厳戒態勢が敷かれているのだろう。
しかし城門を守っていた兵士たちは、俺の顔を見るや門を開け、出迎えに出てきた。俺がライジング家の血を引く王族であることを、この町で知らぬ者はいない。
「これはアクセル殿下! ようこそお越しくださいました! 反乱軍に参加していただけるのですか?」
「そのつもりだ。ツヤガラス女公も、すぐに大軍を率いてくることになっている」
「おおっ! ライジング公閣下も喜ばれることでしょう!」
俺は兵士に案内され、セイファンに騎乗したままドーンポリスの城下に入った。ニートが住む主塔へ行くには、街路をまっすぐに進めばいい。
「おおっ! アクセル殿下だ!」
「ついに殿下が来られたぞ!」
「これで勝てる!」
「殿下がいれば、ヒースター平原の戦いで負けることはなかったんだ!」
俺の顔を見た住民たちは、口々に喜びの声を上げた。反乱軍の敗戦の報を聞いて沈んでいた彼らは、俺が来たことで希望を取り戻したようだ。
よしよし、来た甲斐があったな。
「アクセル様、すごい人気ですね!」
初めてドーンポリスに来たギャザリンが興奮している。
「負けた後って、戦いに参加してなかった人間の評価が上がるんだよ」
む、さすがにユリーナは的確な分析をしているな。
無責任な者は敗戦後に戦犯探しを行い、「誰それがいれば勝てた」などと言い始めるものだ。
「なるほど、ユリーナさんの言う通りです」
ティコがうなずいている。「冷静に考えれば、アクセル様が日和見を決め込んだせいで負けたとも言えるんですよね」
「ぐむむ」
こいつは相変わらず辛らつだな。
「いえ、アクセル様は悪くありません。一番の戦犯はカーケンです。ニート閣下が止めるのを聞かずに出陣したせいで、多くの人命が失われたのですから」
「げえっ、タラサン」
いつの間にか、タラサンがしれっとした顔で俺の隣を歩いていた。
「お久しぶりです。アクセル様が来られるのを、首を長くしてお待ちしていました」
彼女はあるかなきかの微笑を浮かべて、再会の挨拶をした。
「そうか、君も元気そうだな。聞くところによれば、ニートの補佐として大活躍しているそうじゃないか」
「別に」
「あ、そう」
感動的な再会、とはならないのが彼女らしい。
「アクセル様、その方は?」
ギャザリンがたずねてきた。
「ああ、彼女はタラサンといって、俺の――」
「嫁です」
タラサンは表情1つ変えずに、ひどい嘘を吐いた。「というのは冗談です。私はアクセル様の家畜で、秘書のような事もしています」
「はあ」
つかみどころのないタラサンに、ギャザリンもとまどっている。
「タラサンちゃん、現在の状況はどうなの?」
ユリーナが問いかけた。
「よくありませんね。この間の敗戦で兵士の数は大きく減りましたし、残っている兵士の士気も下がる一方です。諸侯の中には、女王に降伏しようと考えている者も多いようです」
「メアは今になってから降伏する諸侯を許すのか?」
「先日王家から使者がやってきて、諸侯たちに降伏をうながしました。女王に従うなら、現在の所領を安堵するそうです。イワガキ家に対しても、降伏すればイワガキ公とその長男を解放すると告げました」
「その使者は、カーケンに対しては降伏を求めなかったのか?」
「カーケンとライジング公だけは許すつもりはないそうです」
「それを聞いたカーケンは怒っただろう」
「もちろんです。使者を斬ろうとして周囲に止められていました。ニート閣下は泡を吹いて倒れていました」
「うまいやり方だね、それじゃあ反乱軍は一枚岩になれないよ」
「諸侯にとっては自分の家を保つことが何よりも大事ですからね。今まで傍観していた諸侯も、メアに味方しようと考えるでしょう」
ユリーナとティコは現状を悲観しているようだ。
それでも俺だけは、不安な顔をするわけにはいかない。
「諸侯たちに、反乱軍が勝つと信じさせる必要があるな」
「アクセル様は、まだ勝ち目があるとお考えですか?」
「もちろんだ、タラサン。そう思ってなければ、ここには来ない」
「何か具体的な策がおありですか?」
俺はうなずいた。
「ニートなら、きっとなんとかしてくれる」




