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シジミの玉座 ~狂気と暴力の王位争奪戦~  作者: へびうさ
第二章 炎の内戦

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73.出陣

(どうしよう、どうしよう)


 ニートは不安にもだえながら、自室の中をぐるぐると歩き回っている。


 カーケンが明日にも王都に向けて出陣しようとしているのだ。

 止めようとして言葉を尽くしたのだが、カーケンは「だったらおまえは来なくていい」と言って、出陣の準備を始めてしまった。


 戦いに参加しなくていいのは願ったりだが、反乱軍が負けるようなことがあれば、どのみちライジング家は終わりだ。ドーンポリスを落とされ、ニートは残酷な方法で処刑されるだろう。


(焼かれて死ぬのは嫌だー!)


 どうしたらいいかわからず、頭をかきむしる。

 フケがボロボロと落ち、それを見たタラサンが顔をしかめた。


「兄上がそんな不安そうな顔をしていたら、みんなが心配しますよ。マクシム君も怖がっています」


 マクシムと一緒にお絵かきをしていたルースが、声をかけてきた。


「実際に不安なんだから、しょうがないじゃないか。敵の兵力は5万を超えるそうだぞ」


 諜報員の報告によれば、メアが演説を行ったことで民衆は戦意をかき立てられ、こぞって軍に志願したらしい。


「数が多いといっても、訓練も受けていない民兵ばかりだそうじゃないですか」

「でも士気は高いそうだよ。強制的に徴集されたわけじゃなく、女王と戦うために自ら志願して兵士になった奴らだからね。それに向こうには隠者がいることを忘れちゃいけない」

「ネキとかいう元隠者ですね。火の隠術を使うそうですが、火では犯罪者を処刑することはできても、万単位の兵士がぶつかる戦場では役に立たないでしょう」


(ネキの隠術についてはわかってないことが多いのに、なんでそんなに楽観的なんだろう?)


 ルースは勇敢だが、まだ16歳だ。今まで挫折を経験したことがないので、負けることが想像できないのかもしれない。

 もちろんニートとて、勝つ可能性も充分にあるとは思っている。反乱軍の戦力も整ってきたからだ。


 不死鳥軍団に続いて、イワガキ公が傘下の諸侯を引き連れてドーンポリスにやってきている。

 ゴツゴツした殻を持つ二枚貝、イワガキの紋章旗がひるがえるのを見た反乱軍の者たちは、喜び勇んで雄叫びを上げた。


 イワガキ家はシャコガイ家、ツヤガラス家とならぶ御三家の1つであり、当代のイワガキ公ジェイソンは歴戦の武人として知られているのだ。


 戦いの匂いをかぎつけた傭兵たちも集まってきたので、反乱軍は3万を超える大軍を編成することが可能になった。王家の軍より数では大きく劣るが、兵士の質では勝っているはずだ。


 諸侯、不死鳥軍団、傭兵で成る混成軍を統制するのは簡単ではないが、カーケンが総司令官ならば大丈夫だろうとニートは思っている。なんだかんだ言っても、カーケンは軍事指揮官として優秀だ。


 とはいえ、この戦いは不確定要素が大きすぎて勝敗は予想できない。

 今は少しでも勝率を上げるため、もっと多くの諸侯が集まるのを待つべきだ。少なくともアクセルとツヤガラス家が来るのを待ってから動くべきではないか。


 だがアクセルの名前を出すとカーケンは(かたく)なになってしまうので、説得しようがない。


「ライジング家からは兵を出さないそうですが、せめてニート閣下だけでも従軍した方がよいのではないでしょうか? 閣下が参謀としてカーケンに助言をするならば、負けるとは思えません」


 タラサンが嫌な提案をした。


「まさにその通りです!」


 ルースは我が意を得たりとばかりにうなずいた。「戦術の天才である兄上ならば、きっと味方に勝利をもたらしてくれるでしょう!」


(みんな相変わらず、僕を過大評価しているなあ)


 ニートは戦場に出たことは一度もないのだ。戦争に関する本はたくさん読んだが、本を読んだだけで実戦で通用するはずがない。


「僕にそんな力があるわけがないだろ」


 ニートはベッドに寝転がり、布団を頭からかぶって話を打ち切った。


(ああ、外の世界は危険でいっぱいだ。貝になってずっと閉じこもってたいよ)




―――




「反乱軍はドーンポリスを出て、ケンブリー街道を通って王都に進軍中です! 数はおよそ3万、率いているのはカーケンと思われます!」


 兵士の報告を聞いたメアは、けわしい顔でうなずいた。

 彼女が今いるのは王都のすぐ外で、目の前では5万人の兵士が整列している。実に壮観だ。


 メアは総司令官として、この大軍を率いることになっている。

 女王自らが軍を率いてこそ、兵士たちは勇敢に戦う。宰相に任命したマリーズにそう言われて納得はしたものの、やはり不安だ。


「ねえ、本当に迎え撃つの? 王都で籠城した方がいいんじゃないの?」


 そばにいた一等武官のギデオンという男を問いただす。

 メアには軍の動かし方はわからないので、実質的な司令官は彼だ。まだ30歳だが、兵士たちの間では人気の高い軍人らしい。

 飄々(ひょうひょう)とした雰囲気の男で、さほど有能そうには見えないが、少なくともメアを娼婦の娘だからとバカにする態度は見せない。


「籠城は無理ですね。王都には20万人もの人間がいます。現在の食糧の備蓄では10日ももちません」


 ギデオンは淡々と答えた。「それに日数が経つほど、反乱軍に参加する諸侯は増えていきます。今のうちに野戦で一気に勝負をつけるのが得策でしょう」


「王家に味方してくれる諸侯はいないの?」

「宰相殿によれば、期待しない方がいいそうです。ですがこの一戦で勝てば、日和見(ひよりみ)の諸侯たちは陛下に味方しますよ」

「勝てるの?」

「我々の兵力は5万、敵は3万です」


(私は勝てるかどうかを聞いたんだけど)


 絶対に勝てると言わないのは、むしろ信頼できる軍人かもしれない。そう思うことにしよう。


「心配はいらんさね」


 隣にいたネキが口をはさんだ。「今のところ雨の気配はないから、あたしの火の隠術は存分に力を発揮できるはずさ」


「伯母さまは強いけど、無敵ではないわ。遠くから矢で攻撃されたら、火では防げないでしょう?」

「そんなことはないさね。あたしに向かって飛んでくる矢は、すべて炎の矢で撃ち落としてみせるさ」

「じゃあ、私に向かって飛んでくる矢は?」


「陛下の身辺は、常に親衛隊が守っています」


 ギデオンが答えた。「それに陛下が前線に出ることは、まずありません。陛下は後方で戦いを見守ってくださるだけでいいんです」


「だったらいいけど」


 そう言いつつも、メアはまったく安心できない。

 こちらが優勢なうちは後方にいてもよいだろうが、兵士たちが臆病風に吹かれた時は、前線に出て督励(とくれい)する必要があるだろう。女王の姿は目立つので、敵の標的になるに違いない。


(私はこんなところで死ぬわけにはいかないわ。今まで私をさげすんできた奴らこそ、死ぬべきよ)


 まずはカーケン、そしてそれに従う諸侯たちを殺す。その後はレイスとアクセルだ。

 マクシムにも死んでもらおう。ヴァランサードを名乗っているからには、子どもでも容赦はしない。


 野戦で反乱軍を撃ち破ったら、その勢いでドーンポリスを攻め落とす。

 兵士たちには略奪を許そう。倫理的には問題があるが、昔から当然のように行われてきたことだ。


(後世の歴史家が私をどう評価するか、なんてことはどうでもいいわ。この時代では、勝った方が正義なんだから)

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