61.アクセル無双
ギャザリンは異様な武器を持つ男の姿を、改めて確認する。
年齢は彼女より少し上だろう。
服装は上が白無地のチュニックで、下は革製のズボン。庶民が着るような質素な服を着ているにもかかわらず、隠しきれない気品がある。
そのくせキリッとした眉の下にある目は鋭く、肉食獣のごとき凶暴さも感じられた。
気品と凶暴さが同居しているというのは妙な気もするが、ほのかにただよう愛嬌がその2つを結び付けているのかもしれない。
このままずっと見ていたいと思うほど、その男は不思議な魅力を持っていた。
(人生の最期にこのような殿方に会えるとは、これもドロン様のお導きだろう)
「ブルルッ」
さっきの馬が嬉しそうに男の元に駆け寄り、鼻面を男の胸にこすりつけた。まるで母馬に甘える子馬のようだ。
その時、追っ手の1人が男の顔を見て、驚きの声を上げた。
「そ、そんな、あなたは……アクセル殿下!」
(えっ!? この方が……?)
ギャザリンはその言葉に驚き、ポカンと口を開けた。まさかこんなところで会えるとは。
「確かに俺はアクセルだ」
男はうなずいた。「だが、今はただの隠者だ。おまえらは王家の兵士のようだが、何をしに来た? 剣を抜くとは穏やかじゃないな」
「はっ、私たちはメア陛下の命令により、そこにいる王殺しの女を追って来たのです」
「王殺し? じゃあ君が、親父を殺したギャザリンとかいう女か」
アクセルに問いただされたギャザリンは、あわてて否定する。
「私はエルドール陛下を殺したりはしていません! 殺したのはメアなのです!」
「貴様っ! まだそんな嘘を言うか!」
追っ手たちが怒声を上げるのを無視して、ギャザリンはアクセルに向かって訴える。
「本当です! 信じてください!」
「ふむ……」
アクセルはギャザリンの顔をじっと見た。
「あ、あの、そのように見つめられると……」
ギャザリンは生娘のように顔を赤らめた。
彼女は短期間だが娼婦をやっていたので、男を知らないなんてことはないが、このような美しい男に見つめられた経験はない。
しかも相手は王位継承候補だったほどの人物であり、本来は口を利くことさえ許されないのだ。
「なるほど、嘘をついている者の目じゃないな。詳しい話を聞かせてくれるか?」
アクセルの言葉に、追っ手たちは意外な顔をした。
「殿下、そんな奴の言うことを信じるのですか?」
「それは話を聞いてから判断する。おまえらからも話を聞きたいから、とりあえず剣を収めろ」
追っ手たちはしばらく顔を見合わせていたが、やがてリーダー格の男が口を開く。
「俺たちの主君はメア陛下だ。先王に追放された者の命令に従う理由はない」
「ほう?」
急に無礼な口を利いた男に対し、アクセルは腹を立てる様子もなく、むしろおもしろそうにながめている。
「あんたの存在は陛下にとって危険だ。その女の言葉を信じるようなら、なおさらだ」
「まだ信じたわけじゃない。だからおまえらにも話を聞こうと思ったんだが」
「その必要はない。あんたはここで死ぬんだ」
追っ手たちはアクセルに向かって剣を構えた。
「なっ!? 正気か貴様らっ! アクセル殿下はこの国の王子だぞ!」
「黙れ王殺し! アクセルの後はお前の番だ!」
追っ手たちはその場で散開し、じりっじりっとアクセルとの距離を詰めていった。
(いくら殿下が強かろうと、8人相手に勝てるはずがない)
しかしアクセルは絶望的な状況にもかかわらず、どこか楽しそうだ。
「俺に剣を向けるとは、死ぬ覚悟はできてるんだろうな?」
「強がりを言うな! こっちは8人で、あんたは1人だぞ!」
「そうだな」
「殿下、お逃げください!」
ギャザリンはアクセルを守るように追っ手たちの前に出た――つもりだったが、それよりも速く、風が目の前をヒュッと通り過ぎた。
ドゴンッ!
鈍い音がした方向に目を向けると、いつの間にかアクセルがリーダー格の男の前に立っていた。
(な!? まったく動きが見えなかった……!)
リーダー格の男の頭が、なくなっていた。
男の頭は兜と一緒に体にめりこんでいる。アクセルが例の武器を、男の脳天に振り下ろしたのだ。
男は声を発することもできず、前のめりに倒れこんだ。
(あの黒い棒で殴ったのか!? どんな威力で殴れば、あんなことになるんだ!?)
ギャザリンの常識を超えたことが、目の前で起こっている。
なぜ刃を握っているのに手が切れないのか。そもそもなぜ刃を握っているのか。まったく理解できない。
ガイイィィンッ!
金属が激しく衝突する音と同時に、別の男の体が宙を舞った。
その男が地面に落下した時には、体があり得ない角度で折れていた。鉄の鎧が、まるで紙きれのようにへこんでいる。
アクセルの動きは止まらない。
今度は別の男がその場でクルリと回転し、崩れ落ちた。顔に打撃を受けたのか、目と鼻と口の場所が入れ替わっている。
あまりにも凄惨な光景に、ギャザリンは思わず目をそらした。
「う、うわああぁぁっ!」
別の男が果敢にも、アクセルに突っかかっていった。
「ほう、たいした度胸だ。褒めてやる」
アクセルは嬉しそうに、男に対して黒い棒を振り下ろした。
男は剣で受けようとしたが、剣ごと頭をたたき割られた。
アクセルはついでのように、その隣にいた男の肩口に黒い棒を振り下ろした。
鉄の肩当ては、まったく意味をなさなかった。黒い棒は男の体に深くめりこみ、腰の辺りで止まった。ここまで体が変形すれば、内臓はグチャグチャだろう。
男はゴボッと血を吐き、背後に倒れこんだ。
(次元が違う)
これは戦いではない。一方的な殺戮だ。
父は13歳の時のアクセルに負けたと言っていた。その時は信じられなかったが、今なら当然だと思う。むしろ、よく勝負になったものだ。
「おまえらは、いつまでボーッと突っ立ってるんだ?」
アクセルはつまらなそうに、残りの3人に声をかけた。「3人同時にかかってこい。そうすれば、俺に一太刀浴びせられるかもしれないぞ」
(殿下、それは無茶です)
子犬が3匹同時に襲い掛かっても、ライオンに傷をつけられるはずがない。
「う、うわあああぁぁぁっ!」
3人は同時に動いた。
アクセルに向かっていったのではない。背を向けて逃げ出したのだ。3人はそれぞれ別方向に向かって走っている。
「バラバラに逃げるのはいい判断だ。だが、おまえらを逃がすわけにはいかない」
アクセルは一瞬で1人に追いつき、後ろから殴り殺した。
さらに別の男も、森に逃げ込む前に仕留めた。
「この件を王都に報告されると困るんだ。俺は平穏を愛する隠者だから、これ以上無駄な戦いはしたくない」
(とても平穏を愛する方には思えないが)
ギャザリンはつっこみたい気持ちを抑えて、逃げている男について指摘した。
「アクセル殿下、向こうにもう1人残っています」
最後の1人は湖の方角に逃げており、すでにかなり遠ざかっていた。にもかかわらず、アクセルは追おうとしない。
「ああ、問題ない」
どういう意味かと思ったが、しばらくして向こうから「グギャーッ」という悲鳴が聞こえた。
最後の男は、馬に頭を踏みつぶされていた。アクセルがセイファンと呼んでいた馬だ。
「あいつは俺の考えてることがわかるんだ。いい馬だろ?」
アクセルは誇らしげに言った。




