51.隠者になる
「無理ですよ」
「無理、無理」
「無理だと思います」
「無理でありましょう」
「無理と推測いたします」
「無理ですとも!」
俺が隠者になると告げると、皆から一斉に無理と言われた。まさか右と左にまで言われるとは。
「おまえら、俺をなんだと思ってるんだ」
「だって孤独に耐えるのは並大抵のことじゃありませんよ。1人でいることが好きなタラサンさんでさえ、さびしくて2か月で隠者をやめたって言ってたじゃないですか。アクセル様なら3日ももたないでしょう」
「それに、君は王になることを諦められないでしょ? 野望を捨てて隠遁生活なんてできるわけがないよ」
俺をよく知るティコとユリーナが言うなら、そうなのかもしれない。だが俺も軽い気持ちで言っているわけではない。
「確かに俺は野望を捨てられない。王になることを諦めることはできない」
「だったら――」
「まあ、聞いてくれ。俺は悟ったんだ。自分の意志を通すにはどうしても力が必要だと。俺もエロイのように隠術を使えるようになりたいんだ」
「アクセル殿、隠遁生活を3年以上続ければ隠術が使えるようになると言われておりますが、3年程度ではさほど強力な隠術は使えません。300年も隠遁生活を続けたエロイは、隠者の中でも別格の存在なのです」
ツヤガラス女公が諭すように言った。ツヤガラス家では隠者についても詳しい情報を集めているようだ。
「確かに300年は真似できそうにないが、せめて10年隠者をやっていれば、それなりの隠術を使えるようになるんじゃないか?」
「アクセル様、隠術を身に着けるために隠者になるというのは、動機として不純です」
タラサンが苦言を呈した。「隠術とは、隠棲という素晴らしい生き方をしている者に対し、救世主であるドロンが褒美として与える力だと言われています。その力を俗世に戻ってから使うのでは、ドロンも悲しむことでしょう」
「ぐむむ、そういうものか」
タラサンに言われると、そんな気がしてきた。
「隠者になると気負うのではなく、しばらく独りの生活を楽しんでみてはどうでしょうか?」
タラサンは続けた。「1年ほどでしたら、アクセル様でも孤独に耐えられるかもしれません」
「タラサンさん、あなたはアクセル様のことが好きなんでしょう? 1年も会えなくなっていいんですか?」
「会えない期間が長いほど、再会した時に激しい感情が生まれるのです。アクセル様は私に対して素っ気ないですが、1年後に再会した時は、きっと涙を流して私を抱きしめてくださることでしょう。そのシーンが今から楽しみです」
素っ気ないのは君の方だ、という言葉は飲み込んでおこう。
「アクセル様は今までずっと働きづめでしたので、しばらくボーっとするべきです」
タラサンはさらに続けた。「私はアクセル様が戻ってくるまで、働かずに待っています。待つのは得意ですから」
そうだな。しばらく独りになれば、今まで見えなかったものが見えてくるかもしれない。
少なくとも1年はがんばってみよう。そうすれば隠遁生活にも慣れ、もう1年続けてもいいと思えるようになるだろう。
それをさらにもう1年続ければ隠術を使えるようになり、堂々と隠者を名乗れるようになる。
俺は追放された身だが、隠者となってから王都に戻れば罪に問われることはないはずだ。たとえ王であっても、隠者には敬意を払わねばならないのだから。
「タラサンはいいことを言ってくれた。よし、少なくとも1年間は隠遁生活をするぞ」
俺がきっぱりと言うと、ティコが悲しそうな顔をした。
「そんな……その間、僕はどうすればいいんですか?」
「そうだな……母上のそばにいてあげてくれないか?」
「エメリア様の?」
「そうだ。母上は俺がいなくなれば立場が弱くなるし、さびしい思いもするだろう。親父とは、さほど仲が良いわけでもなさそうだしな」
「じゃあエメリア様には、実家のライジング家に帰るよう勧めたらどうかな?」
ユリーナが提案した。
なるほど、母上が実家に帰るのはいいかもしれないな。公都ドーンポリスには甥のニートやルースがいるし、顔なじみの家臣もたくさんいる。
「そうだな。俺から母上に話してみよう。親父も無理に引き留めようとはしないだろう」
「うん。私もドーンポリスに行くことがあるだろうから、エメリア様のことを気にかけておくよ」
「頼む」
「……わかりました。僕もドーンポリスに行って、エメリア様のお世話をします」
ティコも納得してくれた。渋々といった様子だが。
「では私もドーンポリスに行き、ライジング家で養ってもらいましょう」
タラサンは働かずに寄生するつもりだな。
「君は居候になるのか?」
「居候ではなく食客と言ってください。その方がかっこいいので。食客は普段は穀潰しですが、いざという時が来たら役に立つ存在です」
「あ、そう」
「我は1年もアクセル殿に会えなくなるのはさびしいです」
女公が悲しげに言った。「止めはいたしませぬが、せめてツヤガラス家の領内で隠遁生活を送っていただけませぬか? 住む家は用意いたしますので」
「それは、ぜひお願いする。食料なども定期的に届けてもらえるとありがたい」
「もちろんです。ぜひお世話をさせてください」
「そうか、ありがとう」
俺は甘ったれたことを言っているわけではない。隠者といっても、自給自足の生活を送る者はほとんどいないのだ。
隠者になろうとする者は、ドロン教会を訪ねて支援者を募ることが普通だ。隠者は神聖な存在なので、たいていはすぐに支援者が見つかる。
俺はツヤガラス女公という支援者を得て、しばらく隠遁生活を送ることになった。
母上は実家に帰ることに同意してくれた。俺のいない王都に未練はないそうだ。
俺と母上は別れの挨拶をするため、親父の部屋を訪れた。
「そうか、2人とも明日出発するか」
親父は気だるげにベッドから体を起こし、俺たちに声をかけた。あまり体調はよくないようだ。
「はい。父上はゆっくりと体を休め、元気になってください」
「フッ」
鼻で笑われた。
「陛下には今までお世話になりました。どうかお元気で」
「うむ、おまえも息災でな」
「はい」
母上と親父のやり取りも、どこか素っ気ない。やはりあまり仲はよくなさそうだ。
「アクセル殿、聞いたところでは隠者になるおつもりだとか?」
この場に同席していたエロイが問いかけてきた。
「はい。エロイ殿のように300年というのは無理でしょうが、できるだけ長く隠遁生活を続けてみます」
「その間、ティコはどうするつもりですか?」
なるほど、エロイはティコのことが気になるのか。ローディガン王家の末裔であるティコを、王都に連れてきたのは彼女だからな。
「母上の従者になってもらうつもりです」
「そうですか……」
エロイはしばらく考える様子を見せた後、母上に顔を向けて意外なことを言った。「エメリア殿、よければティコに勉強を教えてあげていただけませんか?」
「え? それは構いませんが……どうしてエロイ様がティコ君のことを気にかけられるのですか?」
母上はティコの素性を知らないので、エロイほどの者が平民の少年に関心を持つのが不思議なのだろう。
「あの子はとても聡明な子ですから、ただの従者で終わらせるのは惜しいのです」
「そうですか……。わかりました、私でよければティコ君を教え導きましょう」
「感謝します」
母上が承諾すると、エロイは軽く頭を下げた。彼女が他人に頭を下げるのは、初めて見た気がする。
「いえいえ、お気になさらず。アクセルはティコ君のことを弟のようにかわいがっているので、私にとっても彼は息子のようなものです」
それは言い過ぎのような気もするが、口ははさまないでおいた。
親父の部屋を出た俺は、母上の歩く速度に合わせてゆっくりと廊下を歩いた。当分王城に戻ることはないと考えると、やはりさびしいものだ。
「あなたが王になるという夢を果たせなかったのは、残念に思います」
母上が話しかけてきた。「でも私としては、正直ホッとしています」
「なぜですか?」
「一番偉い人間は、一番幸せな人間というわけではありません。歴史を振り返れば、王になったために天寿を全うできなかった者は多いのです。あなたには健やかで気苦労のない人生を送ってほしいと思います」
「…………」
「隠者になるのは、とてもよい生き方です。どうか心穏やかに過ごしてください」
胸が熱くなった。俺は決してよい息子ではなかったが、せめてこの言葉は忘れないでいよう。
「はい、そうします。母上もどうかお元気で」
そう答えた時、廊下の向こうに小さな人影が見えた。どうやら女の子のようだ。
その少女はこちらに気付いたのか、パタパタと走って近づいてきた。
「ハア……ハア……」
そして息を切らして俺の前に立つと、つぶらな瞳で問いかけてきた。
「お兄さま、本当に王都を出て行ってしまわれるのですか?」
メアだった。




