46.王の復活
「皆には心配をかけてすまなかった。だが、もう大丈夫だ。まだ起き上がることはできぬが、頭はしっかりしている」
親父がしゃべっている。
ベッドの上で上体を起こして家族や重臣たちを見回しながら、しっかりとした口調で自分の状態を説明している。
なんてことだ。
我ながら親不孝だとは思うが、まったく喜ぶ気にはなれない。
王が健在となれば、国王選挙は行われない。それでは俺の今までの努力が無駄になってしまう。
隣に立っているカーケンとレイスも、俺と同じ心境のはずだ。
2人とも無理をして笑顔をつくってはいるが、目はまったく笑っていない。おそらく俺の笑顔も似たようなものだろう。
もちろんそんな不心得者は俺たち3人だけで、他の家族たちは親父の回復を素直に喜んでいる。
王妃ベアトリスと俺の母エメリアは、元気な王の姿を見て涙を流した。
武人肌の叔父ジェラールも、豪快に笑いながら王の回復を祝福した。
2歳のマクシムは親父に頭をなでられ、無邪気な笑顔を見せた。これには俺も微笑ましい気分になった。
マクシムは両親が死んでからふさぎ込むことが多かったので、俺はずっと罪悪感を感じていたのだ。彼の父親のローレンを殺したのは俺だからだ。
「エルドール殿の元気な姿を再び見ることができ、ホッとしています」
露出の多い服装のエロイが、親父に声をかけた。「とはいえ当分の間は、体力の回復に専念していただきたいと思います。長い間意識を失っていたのですから、まだまだ安心することはできません」
「うむ、そのとおりだ」
親父はうなずいた。「だがこの大変な時に、いつまでも休んでいるわけにはいかぬ。まさかローレンもメリアーヌもヒルダも死んでいたとは……」
自分が眠っている間に家族が3人も死んでいたことを聞かされ、親父は当然ショックを受けただろう。
「カーケンよ、メリアーヌを射殺したのはおまえだそうだな。なんてことをしてくれたのだ」
「あれは勝手に玉座に座ったメリアーヌが悪いのです。でも、もっと違うやり方があったと思わなくもありません」
問い詰められたカーケンは、なんとも中途半端な謝罪をした。
親父はため息をついて顔を伏せた。以前の親父なら怒鳴りつけていただろうが、やはりまだ本調子ではないのだろう。
「さらには、王都を襲った地震のことだ」
親父は顔を上げて続けた。「王城は無事だったようだが、歴史ある建物の多くが倒壊したそうだ。天災とはいえ、ご先祖に申し訳が立たぬ」
こういうところが、俺が親父を評価できない理由だ。建物よりも、まず人間の心配をするべきだ。
しかも王都の被害だけを気にしていて、地方にはまったく目を向けようとしていない。
「陛下が再び王として君臨なされば、じきに王都は復興することでしょう」
そんな親父をたしなめることもなく、宰相のモイゲンはおもねるように言った。
「そうだな。そのためにも、まずは立って歩けるようにならねば」
「はい。ともあれ、これで国王選挙を行う必要はなくなりました。諸侯たちには中止の連絡を出しておきましょう」
くっ、やはり国王選挙は行われないか……。
当選できる見込みがあっただけに、これはつらい。
「エルドール殿、意識が戻ったとはいえ、脳の病はいつ再発するかわかりません。今のうちに亡きローレン殿に代わる王太子を指名してください」
そう進言したのはエロイだ。王に対してここまではっきりとものを言えるのは、彼女だけだ。
「うむ。まさかローレンが熊に襲われて死んだとはな……」
親父は暗い顔でうなずいた。その熊をけしかけたのが俺だとは、夢にも思っていないだろう。
「すぐに王太子を決める必要があるのはエロイ殿の言うとおりだが、今は疲れている。後でじっくりと考えさせてくれ」
俺、ティコ、タラサン、そしてユリーナは今後の方針について話し合うため、カースレイド商会本社の応接室に集まった。
「アクセル君が王太子に指名される見込みはあるの?」
さっそくユリーナが核心的な質問をした。
「可能性は低いだろうな。俺は兄弟の中で最年少だし、親父に愛されているわけでもない」
「年齢は関係ないと思いますよ」
ティコが意見を述べた。「最年長はカーケンですが、メリアーヌを殺したことで陛下の不興を買ったようですから、彼女が王太子に選ばれることはないでしょう」
「年齢が関係ないならば、ローレンの遺子であるマクシム君も候補になりえますね」
タラサンの指摘に、俺はうなずいた。
「そうだな。王ならともかく、王太子は幼児でも問題はない。親父がこれからも王を続けるつもりなら、マクシムは本命かもしれない」
「間違いなく陛下は、無邪気なマクシム君を一番かわいいと思ってますよ。実の子どもはアクセル様を筆頭として腹黒い奴ばかりですから」
「ぐむむ」
ティコめ、手厳しいことを言ってくれる。
確かに俺は親父の回復をまったく喜んでいない。ここまで薄情な息子も珍しいかもしれない。
もちろんカーケンとレイスも、薄情さでは俺に引けを取らない。
俺が親父の立場なら、間違いなくマクシムを王太子に指名するだろう。
「ローレンを謀殺したのは皆様方だと聞き及んでいますが、今回も暗殺を行ってはどうでしょうか?」
タラサンがさらっと怖ろしい提案をした。
「100年に1人の偽善者と言われるアクセル様は、子どもを殺すような事は絶対に認めませんよ」
「マクシム君のことを言っているのではありません。殺すのは王です。王太子が決まる前に王が死ねば、予定通り国王選挙が行われることでしょう」
「た、タラサンちゃん、すごいことを言うね」
ユリーナが珍しく動揺している。「王を殺すなんて、今までの私たちの悪行とはレベルが違うよ。怖くないの?」
「別に」
「そ、そうなんだ」
「危険すぎます」
ティコが反対した。「陛下のそばにはエロイさんがいます。おかしなことをしようとすれば、言葉通りの意味で雷が落ちますよ」
「私はエロイ殿の行動をこっそり観察していましたが、あの人は王に付きっきりというわけではありません」
タラサンが説明した。「ですからエロイ殿がいない時に王の部屋に入り、バレないように仕留めればいいのです。なんとか自然死に見えるようにごまかしましょう」
「そうだな」
俺はその気になった。すでに兄を殺しているのだから、父親だからといってためらう理由はない。「やるなら夜が狙い目だ。エロイは自室で1人で寝ていて、どんな大きな音でも目を覚まさないそうだ。以前に不死鳥軍団の兵舎が焼けた時、カーケンの部下が必死で扉をたたいても出てこなかったらしいしな」
「その話なら私も聞いたことがあるよ。部屋に結界が張られてたんだよね?」
「そうらしい。元隠者だけあって、1人の時間は大事にしたいんだろうな」
「でも、夜には王の部屋に入れないんじゃないですか?」
ティコが疑問を呈した。「部屋の前に立ってる衛兵が通してくれませんよ」
「問題ない。何時であろうと、俺なら中に入れてもらえる。子が親に会おうとするのは当然のことなんだからな」
つまり、暗殺は他の者に任せることはできない。
「俺が親父を殺す」
決然とした表情で告げた。




