33.アクセルの力
「そこまでだ」
横合いから剣が突き出された。デレックが俺に向かって抜き身の剣を突きつけていた。
「閣下に対する無礼な発言、許すわけにはいかん。ひざまずいて許しを乞え。さもなくば斬る」
「許しを乞うのはおまえのほうだ、デレック」
俺は言い返した。「昨日の無礼な発言は大目に見てやったが、剣を抜いたことは看過できない。ここから先は、戦闘だ」
「状況がわかっていないようだな。俺は相手が王子であっても容赦はしないぞ」
「それはこっちのセリフだ。俺は民間人はできるだけ傷つけない主義だが、軍人が相手なら遠慮なくやらせてもらう」
「強がりを言うな! おまえは剣を持っていないだろうが!」
俺たちは謁見の間に入る前に武器を取り上げられている。だから抵抗はできない、と普通なら考えるところだ。
「剣なら、ここにあるじゃないか」
俺は目の前に突きつけられたデレックの剣の刃を、左手で握りしめた。
「なっ!?」
俺の予想外の行動に、デレックはとまどっている。素手で刃を握るなど、正気の沙汰ではない。
「アクセル殿下!」
心配したルースが悲鳴のような声を出した。
「心配するな、握っただけだ。刃は押し当てただけでは切れない。切るためには引く動作が必要だ」
「くっ、だったらこうしてやる!」
デレックは俺がつかんでいる剣を思いっきり引っ張った。
なるほど、確かに俺に対して容赦する気はないようだ。度胸があるのか、バカなのか。
指がバラバラになって飛び散る凄惨な光景を予想した者たちは、目をそむけた。
だが、そんなことにはならなかった。俺は剣身をつかんだままだ。
「ば、バカなっ!」
デレックは両手で剣の柄を持ち、上体をそらしてさらに強い力で引っ張った。
それでも俺は刃を握ったまま微動だにしない。手から血が流れることもない。
「な、なぜだ!?」
「簡単なことだ。おまえが引く力よりも、俺の握力の方が強いからだ」
「アクセル様は安物の剣だったら握って破壊してしまうんですよ。その剣はよく鍛えられてますね」
ティコだけはさっきからまったく動じていない。俺の力を知っているからだ。
「デレック、おまえは将校になるために血を吐くような訓練をしたと言っていたな。だが俺だって、それなりに頑張ってたんだぞ。
素手で刃を握る訓練は、剣術師範に隠れてやっていた。知られたら絶対に止められるからな。宝物庫から国宝の剣を勝手に持ち出し、刃を握って素振りを1000回やったこともあった。未熟なうちは手がズタズタになったものだ」
「く……くそっ! これならどうだ!」
デレックは腰を落として足を踏ん張り、綱引きの要領で剣を思いっきり引っ張った。
デレックの体重は、おそらく80キロはあるだろう。そこに鎧などの重量が加われば、100キロは優に超えるはずだ。
それに対して俺の体重は75キロほどだ。にもかかわらず、微動だにしない。
ツヤガラス女公、ルース、そして立ち並ぶ群臣たちは信じられないという表情で俺を見ている。
「アクセル様、そろそろやっちゃったらどうですか?」
ティコがニヤニヤしながら言った。こいつの言うとおりにするのはしゃくだが、そろそろ終わらせるか。
俺は両手で剣身をつかみ、「せいっ!」という掛け声とともに横に振り払った。
「うわっ!」
デレックの体が一瞬浮き上がり、そのまま床に倒れこんだ。その衝撃で剣を手放してしまっている。
俺は刃を握ったまま剣を振り上げ、デレックの顔を目がけて振り下ろした。
剣は構造的に、刃よりも柄の方が重い。だから打撃を行うならば、柄の側で叩いた方がダメージが大きくなる。
ガゴッ!
鈍い音がした。俺が柄で強打したのはデレックの口だ。
血しぶきとともにごっそりと肉がはじけ飛び、ほとんどの歯が折れて床に散らばった。勝負はついた。
「ああ、かわいそうに。またステーキが食べられなくなっちゃいましたね」
ティコがさわやかな笑顔で言った。
対照的に文官たちは、凄惨な光景を見て青くなっている。
「すさまじい怪力よのう」
ツヤガラス女公は感嘆の声を上げた。「それにしても刃を握って柄で殴るとは、見たことのない剣の使い方よ」
女公は床の上でのたうちまわるデレックを気にする様子もない。さすがの胆力だ。何やらうっとりとした表情をしているようにも見える。
その両隣にいる右と左も、顔色1つ変えずに女公の乳房を支え続けている。あいつらもただ者じゃないな。
「閣下、そのような戦闘技術は存在するのです。厚い鎧や兜を身に着けている相手は刃で斬れないので、柄や鍔による打撃で攻撃を行うのは理に適っています」
解説したのは武官の列に並んでいた老人だ。彼の顔は俺でも知っている。
シーウェザー・ハーウィン。デレックと同じくツヤガラス家の一等武官だが、その名声は天と地の開きがある。「黒槍のハーウィン」の名前を聞いただけで、敵は逃げ出すだろう。
「ほう、そんな戦い方があるのか?」
「はい。ただし籠手を着用していることが前提です。素手で刃を握るような無茶なことは、まともな人間はしません」
「なるほど、つまりアクセル殿はまともではないということか」
「いかにも」
「そうか」
女公は俺に笑顔を向けた。「アクセル殿、いいものを見せてもらった。先ほどの我の暴言を許してくれ。強者に対して、あまりにも失礼であった」
そういえば、女公は強い男が好きだと聞いたことがある。力を見せつけたことは効果があったようだ。
「いや、俺の方こそ失礼なことを言った。それにあなたの家臣を傷つけてしまった」
「構わぬ。昨日デレックがそなたに対して無礼なことを言ったことは聞いておる。近頃は慢心が過ぎておったようだの。今回のことはいい薬となろう」
「アクセル殿の力と戦闘技術には、同じ武人として憧れざるを得ません」
ハーウィンも続けた。他の武官たちもうなずいている。デレックに対する同情よりも、俺の強さに対する敬意が上回ったということか。
「素手で刃を握るなど、なまなかな度胸でできることではなかろう。なぜ剣術師範に隠れてまで、そんな訓練をしようと思ったのか?」
改めて女公が問いかけてきた。
「昔読んだ本に、南方の大陸にいるゴリラの話が書いてあったんだ」
俺は説明した。「その本の著者は動物の行動を研究している学者で、ゴリラにいろいろな物を与えて、どんな反応をするかを観察していた」
「ほう、おもしろそうだの」
「学者はある時、ゴリラに剣を与えた。するとゴリラは柄ではなく刃の方を握って、剣をハンマーのように振り回した。
ゴリラは刃物というものを知らず、切るという発想もなかった。だから人間とは違う剣の使い方をするのだと、学者は分析した。
その学者は剣術には興味がなかったので、そんな感想しか持たなかったようだ」
「では、そなたはどんな感想を持ったのか?」
「俺がその話で得た教訓は、ゴリラ並みの握力があれば、素手で刃を握っても大丈夫ということだ。だから俺は握力を鍛えて刃を握った。何度も手を切っているうちに、皮も厚くなった」
「ああっ、雄よ、まさに雄よ、ここに雄がいる! 強い雄! 勇敢な雄! バカな雄! かわいい雄! 雄! 雄! 雄!」
ツヤガラス女公がおかしくなった。
顔面が紅潮し、目付きがトロンとなり、ハアハアと荒い息をついている。さらに右と左を手で振り払い、自分で自分の胸を抱え込んだ。
「閣下、どうなさいました?」
「お体の具合が悪いのですか?」
右と左が心配そうに声をかけた。しゃべるんだな、あいつら。
女公は椅子から立ち上がると、ふらふらと歩いて段を下り、俺の目の前に立った。
そしてガバッとひざをつき、床に大きな胸をすりつけた。
「先ほどは失礼なことを言ってすいませんでした! どうかアクセル様に協力させてください!」
確かに彼女は、強い男が好きだったようだ。
※絶対にマネをしないでください。




