32.左右を支える男たち
その日は城下の宿屋で泊まり、翌日改めて城を訪れた。
今回は事前に訪問を知らせておいたので、すんなりと中に通された。案内してくれるのは昨日のデレックではなく、別の役人だ。
ツヤガラス女公との会見は謁見の間で行われるという。謁見とは目上の者に会うという意味で、対等に話をする場所ではない。
御三家の当主である女公の方が立場が上なのは確かなので、それは仕方がないが、武器を預かると言われたことには腹が立った。
「アクセル殿下は王族だぞ! 誰に会う時でも帯剣は許されるはずだ!」
ルースが抗議をした。
「規則ですので」
役人は申し訳なさそうな顔をしたが、それでも譲らなかった。
「そうしないと女公に会えないというなら、仕方がない」
俺は腰に差していた剣を外し、役人に差し出した。それを見たルースも不満そうに剣を預けた。ティコはもともと武器は持っていない。
「ご協力感謝いたします。ではこちらへ」
役人に案内され、俺たちは謁見の間に入った。
内部の造りは王城の玉座の間とさほど変わらないが、こちらの方が広い。
床は大理石で、入り口から奥まで赤い絨毯が敷かれていて、その左右に文官と武官が立ち並んでいる。
武官の列の中にデレックの顔を見つけた。昨日のことを思い出して一瞬いやな気分になったが、すぐに正面の光景に目が釘付けになった。
奥の一段高いところに背の高い椅子があり、そこにツヤガラス女公が座っていた。
相変わらず綺麗な人だ。その切れ長の目で見つめられると、どうしてもドギマギしてしまう。5年前は清楚な美少女といった印象だったが、22歳になった今は大人の魅力を備えていた。
服装は緑を基調としたドレスで、ところどころにピンクの花飾りがあしらわれているのが、年相応のかわいらしさも残している。つばの広い黄色の帽子と青みがかった黒髪が調和していて、絵画のような美しさだ。
だがそんな容姿の美しさよりも、どうしても目を引かれてしまう異様な光景があった。
女公の左右には、それぞれ筋肉質の男が片ひざをついて、斜め後方に控えている。2人ともかなりのイケメンだ。
右側にいる男は後ろから抱きかかえるように右手を伸ばし、なんと女公の右の乳房をつかんでいる。
いや、つかんでいるというよりも、ドレスの布越しに下から持ち上げていると言った方がいいか。メロンのような女公の胸を、手のひらで受け止めているのだ。
同様に左側の男も左手を伸ばし、左の乳房を持ち上げていた。
厳かな雰囲気の謁見の間で、なぜ俺はこんな破廉恥な光景を見せられているんだろうか? ルースとティコも気まずそうだ。
「近う」
女公が声を発した。人に命令することに慣れている人間の声だ。
俺は赤い絨毯の上をスタスタと歩き、女公の手前10メートルほどのところで立ち止まった。ルースとティコは俺の後ろで片ひざをつく。
「お久しぶりです、ブランディーヌ殿」
俺は直立したまま女公を見上げ、声をかけた。
「名前で呼ばれるのは久しぶりだの」
女公は微笑を浮かべて答えた。「ずいぶんとたくましい男になったのう、アクセル殿」
「ありがとうございます。ブランディーヌ殿こそ、相変わらずお美しい」
「フフ、嬉しいことを言ってくれる。我の前でそんなことをはっきり言う男は、近頃はめったにいなくなった。偉くなりすぎるのも考えものよ」
そうだろうな。この人は威圧感がありすぎる。つまらないことを言えば殺されそうな雰囲気があるのだ。
だが俺は王になる男だ。こんなところで遠慮するつもりはない。
「では、もう1つはっきりと言いたいことがあります。ここに入ってきた時から気になっていることがあるのです」
「ふふ、こいつらのことだな?」
女公は左右にはべる男たちを示した。
「はい、その人たちは誰で、何をしているのですか?」
「こいつは『右』、それでこっちは『左』。2人とも我の側近よ」
そのまんまだな。もっとちゃんとした名前をつけてやれよ。
「それで、その……なぜ彼らはあなたの胸を持ち上げているのでしょうか?」
「こいつらの役目は、我の乳房を下から支えること」
女公は教え諭すように言った。
「男であるアクセル殿にはわからぬだろうが、ここまで胸が大きくなると、重くてうっとうしいものよ。しかし誰かに下から支えてもらえれば、楽で快適になる。加齢によって乳房が垂れてくるのを防ぐ効果もある」
……何も言うまい。
清楚な美少女は、もういないのだ。
確かに男の俺にはわからないことだ。とはいえ、他にこんなことをやっている女がいるとは思えないが。
「それでアクセル殿は、なぜ我に会いに来た?」
女公は本題に入った。「まあ予想はついているが、一応聞かせてみよ」
「わかりました」
国王選挙において、俺に投票してほしい。ツヤガラス家の傘下にある諸侯たちにも、俺に投票するように働きかけてほしい。
俺が王になった後、必ず協力に対するお返しをする。
ということを、女公の機嫌を損ねないように説明した。
「なるほどな、言いたいことはわかった」
俺が話し終えると、女公は言った。「だが王になった時にお返しをするというのはどうかのう? 今の状況ではアクセル殿が勝つ可能性は低いと、我は見ているが」
「ツヤガラス家が味方についてくれれば、その状況は逆転します」
「そうかのう? 我にはそうは思えぬ。カーケンもレイスもひとかどの人物よ。アクセル殿に協力すれば、あやつらが王位についた時になんらかの報復をされるかもしれぬ」
「俺が王になればいいのです」
「我は領主として、家臣や領民たちの生活に対する責任がある。そのようなリスクは冒せぬ」
もっともなことだが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「お願いします、力を貸してください」
俺は頭を下げ、率直に頼んだ。
「俺が王になりたいのは権力欲のためではありません。今の王国の状況は御存じでしょう。一部の富裕層に富が集中し、多くの者は貧困に苦しんでいます。
農民は税の徴収を逃れるために土地を捨てて逃げ出し、耕す者のいなくなった耕地は荒れ果てています。
官僚は頼りになりません。上司におもねる者だけが出世し、優秀な者は閑職に追いやられています。俺はそんな王国を建てなおすため、王になるのです」
「それは王国ではなく王領の話であろう。我が領内はよく治まっているぞ。飢える者はおらんし、官僚は実力によって評価される」
「なるほど、そのとおりです。ですがカーケンやレイスが王になれば、どうなるかわかりません。あいつらは中央集権の意志を持っているので、諸侯の力を弱めるために領地を取り上げようとするでしょう」
「ツヤガラス家は御三家の1つで、王家にとっては親戚である。そんな我らを弱体化させようとするのは、王家にとっても益がなかろう」
「常識的に考えればそうですが、カーケンやレイスにとっては御三家も敵なのです。なぜなら自分の意のままに動かせないからです」
「ふうむ」
ツヤガラス女公は考え込んでいる。
顔つきは真剣だが、左右の男から乳房を支えられている状況が、どうしても滑稽に見えてしまう。
この2人は一日中こんなことをさせられてるんだろうか? 腕が疲れそうだな。
「では、そなたにどこまでの覚悟があるか、試させてもらおう」
「どうすればいいのですか?」
「3日間だ」
女公は指を3本立てて言った。「3日間、我の乳房を支える役をそなたにやってもらう。そうすればそなたの覚悟を認め、協力してやろう」
「…………」
何を言い出すんだ、この女は?
あまりにも非常識な提案に、ルースとティコがいきり立った。
「アクセル殿下に対してなんて無礼なことを!」
「アクセル様は小さい胸の方が好きなのに!」
「小僧どもは黙っておれ。我はアクセル殿に聞いておる」
女公は2人を意に介さず、俺に向かって問いかけた。「さあ右か左か、好きな方の乳房を選ぶがよい。ただしどちらを選んだ場合でも、安定した支え方を習得するまで特訓を受けてもらうがの」
どうやら俺は、覚悟を決める必要がありそうだ。
俺は目的のためなら手段を選ばないが、それは屈辱も受け入れるという意味ではない。王になろうという者が、侮辱されたままでいるわけにはいかない。
「俺を見損なわないでもらおうか」
俺は破廉恥な女をにらみつけ、口調を一変させた。
「あんたが今やるべきことは、そのデカすぎる胸を床にすりつけ、『失礼なことを言ってすいませんでした。どうかアクセル様に協力させてください』と頼むことだ。
そうすれば、ツヤガラス家を味方として受け入れてやってもいいぞ」
左右に立ち並ぶ家臣たちがいきり立った。ひどい言葉で主君を侮辱されたのだから当然だ。剣を抜こうとしている者までいる。
それに比べると女公は冷静だった。
「おぬし、やけになったのか? そこまで言われては我も黙って帰すわけにはいかんぞ」
「脅しても無駄だ。あんたが何をしようと、俺は必ず王になる。その時になって、さっきの暴言の報いを受けることになるぞ。二度と男をはべらせることはできなくなるだろうな」
女公の顔が憤怒にゆがんだ。美女の怒った顔は凄絶だ。この顔を見れば悪魔も逃げ出すだろう。
だが俺は気にせず続ける。
「さあ、どうするんだブランディーヌ? 今すぐ床に胸をすりつけて謝れば、許してやってもいいぞ」




