追跡者の正体
武器屋さんのとこはそろそろ店を開けようかという時間だったけど、この街はまだまだ一日の始まりには早いらしく、他に歩く人もまばらでさっきまで人だかりのあった広場までもがしっかりと見通せる。
この街ではむき出しの地面に平たく加工した石や岩を敷き詰めて道にしている。そうすると雨の日なんかでもぬかるんで歩けないということがなくなるらしい。
そんな道を、まだ静かな街を、たまに土の地面と固い石の地面に感覚を狂わされながらそれでも転んだりすることなくどたばたと走るひとがいる。わたしだ。
少ないひとの注目を集めながらの全力疾走。つまずいて転んだりでもしたら待ち受ける未来はろくでもない……そう、わたしの後ろからはオレンジ色の跳ねる、なにあれ……大ミミズみたいなのが追走している。
「なにあれなにあれっ! スライムっぽいけど昨日のとは違うんだよねっ……なんでまたっ」
それは武器屋さんの奥に隠れたわたしのそばに落ちていた小さな水たまりでしかなかった。ただ、少し色が水のそれではないのと、今は見つけたときよりもずっと体積が大きくなっているわけだけど。
たまにすれ違う人が慌ててわたしを避けて、そのあとを通過する大ミミズにぎょっとしている。
わたしの脚は止まらない。けれどもランダムに感触が変わる足元にこれなら森の方がマシだったと思う。実際今回は大ミミズとの差を広げるどころか、つまずく度に少しずつ追いつかれそうだ。
「掲示板っ!」
広場にはこの辺りの地図が大きく貼り出されているのは朝のうちに遠目に確認していた。それがあればもしかしたら元いた街に帰ることが出来るかもしれない。
慌てて掲示板の前で止まり、地図を確認した時間は1秒もないくらい。けどそれだけの時間があればジョブ持ちの冒険者なら──。
「なんも分からんかったっ!」
当たり前だった。身体能力は多少上がっているものの、わたしのジョブにそんな記憶力や記銘力なんて必要じゃないから頭の良さはてんで変わってないんだから。
そしてわたしはこの街を知らない。知っているのは朝から走った教会までの道くらいのこと。あとは教会から武器屋までの裏通りくらいだけど、広場から見てそっちの道への入り方も分かるわけもなく、大ミミズから逃れるわたしが進む道はまたも教会のある高台への道だ。
「っはあっ──“テイム”“スキャン”っ」
距離を縮められたわたしは振り返りざまに鞭を振り大ミミズを打ちつけ、続けて間髪いれず打ち込んだ。
打たれた大ミミズはその体を震わせて硬直し、わたしは訪れた衝撃に顔を少し歪める。
(テイムは失敗っ、なのにスキャンは発動している……っ)
テイマーが使うスキャンはテイムした魔物限定でその情報を読み取るもの。なのに脳に直接届いた回答はテイムに関して失敗しているというのにスキャンだけは成功したときのもので、情報の波としてわたしの頭に届いている。
種族 スライム
生まれ 魔王城
状態 テイム
発動場所 ジャヌーラの街近郊の森
攻撃 獲物を溶かして食べる
性質 魔王が産み落としたもの
行動理念は回帰、主を捕食する
魔王の命尽きるまで生き続ける
あれがスライム……っ⁉︎ ていうかテイムに失敗してるはずなのにテイム状態って、もしかしてすでにテイム出来てたからかも……いや、なんか不穏な文字多いっ!
わたしが身をこわばらせたのは一瞬のことで、大ミミズもといスライムよりも早く復帰したあとは元通り高台への道へ突入して駆け上がる。
「この街の名前……」
こんな状況なのに……ううん、こんな状況だからこそ、わたしの心は熱く高揚していた。
「ジャヌーラ近くの森って、つまり昨日のあのスライムじゃないのっ」
それはあるひとつの事実を示している。
「つまりっ、わたしは……一瞬だけじゃない、少なくとも一晩っ、ううん、丸一日近くテイムし続けているっ」
わたしたちテイマーが役立たずなのは、その効果が一時のものでしかないからというのが大きい。そしてスキャンで読み取った情報に嘘は混じらない。
そう、だからこそわたしはその内容に自分史上はじめての快挙を成し遂げたのだと逃げ惑いながらも興奮を抑えられない。
そのはずだったのだけど、わたしは都合の悪い情報を意識して流しているだけで、このあとどうすべきかと考えた時には無視できない情報に肝を冷やしている。
魔王の……なに⁉︎
不穏な言葉だけど抽象的で分からない。分かるのはこのスライムは“主を捕食する”らしい。
主って、主って魔王のことだよねっ。じゃあこいつを魔王城の近くにまでおびき寄せたらやっつけてくれないかなっ。
ここまでは、まだ都合のいい解釈だと分かってる。
そんなスライムがなぜわたしを執拗に狙うのか。そこに思い至ればあとは繋がる。
「主って、テイムしてる間はわたしのことじゃないのおおぉっ⁉︎」
振り返れば硬直から解き放たれたスライムが、腰を抜かしてる街の人たちを見向きもせずわたしへと真っ直ぐに迫っている。
「あばばばばばっ」
よそ見して走ってたわたしは教会の角から現れた通行人にぶつかりそうになって慌てて進路を変えたけど、あるのは道の終わりを示す柵のみ。
登ってきただけと同じ高さであろう眼下には街がまだ少し広がっていて、家屋の煙突から煙が出ているのが見える。
その先には街の外、見晴らしのいい平原と森、さらには怪しげな雰囲気漂う山脈が見える。とても見晴らしのいい景色はほんとならとっても綺麗なんだろうけど。
「もうっ、どうにでもなーれっ」
柵を足蹴に飛び立った。足場のない空中で落下しながらもスライムが追いかけてきていることを確認してから、わたしはこの窮地を乗り切るべく唯一の武器である鞭を手にした。




