表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/170

147. 地に光(中)

 両手を胸の前でクロスさせると軽く頭を下げる。


「ユルウラーサ」


 同時に聞こえた言葉にもやはり覚えがある。


 この大陸に初めて来た時、果実を分け合った子どもたちに教えられた。

 これだけ離れた地域でも同じ文化があるんだな。

 あの時も小さな子がやっていたことを考えると、子ども用の挨拶なのかもしれない。


 おっといけない。

 少しだけとはいえ、知っている単語を聞いたのだ。反応を返さないと。

 幸い、どうするべきかは知っている。

 両隣を見ると、フヨウもメイリアもぴんときた様だ。

 記憶の片隅を掘り起こしながら左手を右肩に置いた。

 二人も同時に動く。

 合図はしなくても大丈夫そうだな。


「エルート」


 あまり大きな声を出したつもりはなかった。

 なのに、広場中に、言葉が伝わったようなそんな気がした。

 いや、気のせいではないのかもしれない。

 潮が引く様に辺り一帯が静かになったから。

 人の声はおろかお馴染みになってしまった風の吹く音すら聞こえない。

 ただ、かがり火の中で木々が爆ぜる音がぱちぱちと鳴っている。


 正直、異常事態だ。原因は俺たちの行動だろうか? しかしなぜ?

 フルーゼに問いただすことすら気おくれしていると、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる者がいた。

 僅かに警戒するが、知っている顔だ。老人。

 先ほどこの集落の長老であると紹介された人物。

 彼が数歩の距離を置いて俺たちの前で膝をついた。


「――――!」


 齢格好にそぐわない興奮した声で両手を上げて話しかけてくる。

 いや、だからわかんないって……、フルーゼかギース氏かそういう説明してくれてないの?

 困惑していたのだが、やはり何かがおかしい。

 あきらかに俺たちに向けているのに、こちらの目を見ていない。

 それに、文言が長く、なんというか、お経?


 足音と気配を感じて見てみれば、先ほどの子ども、近くにいた酔っ払いたち、老若男女のべつなく集まり老人に倣って膝をつき始めた。えー、ちょっと、おい……。


 同じ状況にあるはずのフヨウとメイリアに相談したいが、彼らに背を向けるのもはばかられる。

 八方ふさがりだ。いや、まて、今回のことをなんとかできる人間がまだいる。

 フルーゼ! 首を動かさず、一縷の望みをかけて彼女の方へと視線を向けた。

 はたして、そこでぶつかったのは信じられないものを見たという視線。

 さきほどスマートに俺たちをフォローしてくれた落ち着きは微塵もない。

 なんだ、これ、どういうことなの? 俺たちは何をしたっていうんだ……。


「(先輩、とりあえず何か言った方が良いんじゃないですか)」


 左後ろから俺だけに聞こえる声。

 メイリアだ。

 お前、また俺に責任を負わせようとしているな? 今回は連帯責任だろう!


「(何が言いたいかわからないでもないですが、状況を納めるのが先です。どうせ相手はこっちの言葉はわからないんですから、ちょっと含蓄のある小噺の一つもすれば良いんです)」


 ……くそう、確かに一理ある。

 今は場を切り抜ける。大切なのは雰囲気だな。人前でうまくしゃべる技術……。

 俺の知る限り、お手本にできそうなのはカイルと一緒にいるはずの聖女様、それにさっきのフルーゼだろうか。あと後ろにももう一人いるはずなんだが……。

 とにかく、彼女たちの演説の真似をしてみよう。

 ゆったりと、緊張を隠して。

 そのために循環を僅かに高めて気持ち声にオドを乗せるように意識してみる。


「……えー、みなさん」


 最も勇気が必要だった最初の一言は語り掛け。


「本日は宴に招いて頂きありがとうございました」


 次は感謝の言葉。順当なところだろう。

 言っていることはわからなくても、ちゃんと心を込めて伝えるべきだろう。

 願いの力である魔力が良い感じに働いてくれますように。


「今日、この日、みなさんの助けになれたことは俺たちにとっても喜びでした。喜びとは分かち合い。仲間がいなければ得ることはできません」


 どうだ?

 仮に、俺の話が後でみんなに翻訳されて伝わったとしても、こういうあたりさわりのない言葉なら不愉快な気分にはさせないだろう。


「……先ほどの魔術、驚かせてしまったならすみません。そう大したものではなかったのです。すぐにあなたたちのお腹を満たしたり、喉を潤したりはしない。多少見栄えが良くても、資産として残ったりもしない、そんなものです。しかし――」


 だんだん自分でも何を言っているかわからなくなってきた……。

 そういえば、俺、演説とか前世も含めて全然経験ないよ。

 いいところプレゼン的なやつをやっただけ。少なくともぶっつけ本番は始めだった。


「――今日、この日を、皆さんの喜びと俺たちの出会いを彩り、忘れられないものにする手伝いはできたのではないかと思うのです」


 とにかく、これだけ喋れば形にはなっただろう。あとは〆め方だ……。


「今、となりにいる人と分かち合った思い出。それを大切にして下さい。あなた達と俺たちが仲間になったこの日のことを――」


 どうだ、なんとか形になったか?

 失礼なことは言っていないはず。


 ゆっくりとオドの循環を緩める。

 どうやら俺の話が終わったことはみんなにも理解できたようだが、それでも、まだどこか静かなこの状況はとても座りが悪い。


 そこに、最初の老人が顔をあげ、フルーゼ、そしてフィーアさんの方に向かって恐る恐る問いかけるように話しかけた。

 二人の反応は対照的だ。

 すぐに老人の方を向いて語り掛けるフィーアさんに対して、フルーゼには一瞬のラグがあった。

 二、三秒のことではあったと思うが浮かない顔で老人の声も聞こえていないようだった。

 結果的にフィーアさんが諭すように言葉を紡いでいく状況になった。

 俺たちには何を言っているのかわからない。

 順当にいけば先ほどの俺の言葉を訳してくれているのだろう。


 あまり繰り返されるとかなり恥ずかしい。

 かといって止めに入るようなこともできずに手持無沙汰な気分。

 そういえばフルーゼだ。様子がおかしかったけど、大丈夫だろうか。

 むしろ、俺のやったことで調子を崩す理由ができたとかないよな……。

 話を聞こうとそちらを見れば、今度は珍しい場面を見ることになる。

 そこではフヨウとフルーゼが対面していたのだ。


「――……考える時間はある。迷いにも意味がある。ただ、今の言葉を忘れるな」


 ぶっきらぼうなのに優しい口調。フヨウはいつもの調子で話しかけていたようだ。


「……ありがとうございます」


 どんな話をしていたのか気になるが……。

 少なくともフヨウは人の感情の揺らぎに鋭い。そしてその扱いも丁寧。任せておいた方が良いのだろうと結論を出す。

 結局しばらくの間、同じように待ちぼうけをくらっているメイリアと、今回の演説に関わる責任の押し付け合いを繰り広げることになった。





 ちょっと変な空気になってしまった祝いの宴。あの後も、老人から土下座的拝礼を受けたり、それに他の人達が倣おうとしたりして大変だった。

 ただ、その頃にはフルーゼも表向きは元の調子をとりもどしていたので、なんとか諫めてくれる。

 自分が何をやらかしたのかという、質問も恐る恐るしてみたのだが、稀人まれびとが『あまりにも宴に相応しい応対をした』から驚かせたのだという答えしか得られなかった。

 彼女にはこの集落での役割が多いらしく、それ以上の話もできずに簡単に片づけを(恐縮されながら)手伝い、早々に部屋へと戻らされてしまった。

 昼寝をしてしまったため、寝付くこともできずに悶々とした夜を過ごす。

 研究や旅の物品の整理でお茶を濁そうとするのだが、沢山のことが気になってそれすらも進まない散々な一日の終わりとなった。

 貴重なものだし、粗相をしないようにと酒杯を断っていたのだが、こんなことなら飲んでおけば良かったと思ってもまさに後の祭りである。





 翌日。

 ほんの少しだけ遅れて起き出すと、みんなそれぞれ一日の行動が決まっていた。


 メイリアはフルーゼと一緒に子どもたちに魔術の指導を行うのだという。

 昨日の花火魔術の分かりやすさは娯楽の少ないこの地で非常に大きな関心を買った様で、男女の差なく興味深々だとか。

 しかも、魔術の才がなくても取り扱いを学べば運用できるというフルーゼの説明で、参加者希望者が激増した様だ。

 このまま参加者を募ると大人も含めて際限なく人が増えそうだったので、朝のうちにさっさと指導要領を決めてしまったらしい。

 俺も手伝おうかと申し出たのだが、「怪物退治の時、私はあんまり仕事がなかったですし、今回は任せて下さい。ちゃんと勉強してたってことを証明して見せますから。あと、フルーゼさんと女子会するんですよ良いでしょう」だそうである。

 完全に締め出しをくらった形だが、メイリアなりに昨日の責任をとるつもりなのだと前向きに考えて納得……することにした。


 フヨウの方はというと、サンドワームの調査と、可能なら食料の調達という任務をジョゼさんたちと一緒に受けたらしい。

 この地でも、かの魔物の大量発生は確認されており、随分と集落の人々を苦しめたようだ。

 俺たちの怪物退治でそこに変化があったという話を聞いた彼らは、早速現状の確認を行うことにした。

 基本的には密集していたワームは怪物の癇癪で駆除、あるいは散らされたはずなのだが、やはりはぐれがそれなりの数こちらの方向へやってきていれば被害が出ることはありうる。物資の少ないエンセッタで人的損害まで出ては目も当てられないので妥当な所だろう。


 フヨウの探知能力の凄さはお墨付きなので、適材適所と言える。

 こちらでは別に俺の参加を断られるということもなかったので、結構直前まで一緒に行くつもりで急ぎ準備をしていた。そこに声をかけて来たのがギース氏だ。


「良かったら、ちょっとこっちの方を手伝ってくれないか。フルーゼはここではかなり忙しいらしくてな。みんな遠慮して確認できない技術的な話が結構あるんだそうだ。お前ならなんとかできるんじゃないか?」


 そう言われてしまえば手伝わないわけにはいかない。

 ドタキャンにはなるが元々参加予定ではなかったので困らせるということもない。

 ギース氏直々にジョゼさんに話を通してもらうことになった。

 

 予定していたわけではないが、今日はみんな別行動の日らしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ