俺の歓待、竜人からの好奇
夕暮れの関所では、結構な騒ぎとなっていた。自国の王女の帰還だとすれば、それは当然の話ではあるが。
それにしても竜人の兵達が口々にアルマンディーダの名を呼ぶ様子からして、長らくの留守だったのだろうというのが伺えた。
一体どれくらい火の国トゥバンから離れていたのだろうか。ちょっとした気持ちで当人に尋ねると。
「かれこれ5年は訪れておらんかったかのう」
「5年もか!」
「儂らにとって時間の流れとは人よりゆったりしておる物よ。数年なんてあっという間じゃよ。それに、もっと長い時間国から離れておった時期だってある」
そこまで国に戻らないなんて、どんだけおてんばなんだ。俺達の常識じゃ量れない感覚の様だ。それともこの姫さんが特別なのか。
城壁を抜けるとそこは竜人の街が広がっていた。異人の文化交流が希薄なせいか、独自の建築技術の先鋭が目につく。木や紙を主に使われていて、近世江戸の瓦葺きの町家にとても似通う街並みだ。
夜の帳が降り始めると吊るされたぼんぼりに灯りがつき、服を着た竜達の出迎える姿がハッキリと見えていた。
モーゼの十戒の様に行く手を避けながら、物珍しそうに視線が集まった。アディだけでなく、竜人ではない皆にも関心が寄せられている。特に、ゴブリンの俺にも。
「気になるかえ?」
「好奇の視線には慣れてるよ。それが大抵嫌悪になるとしてもな」
「案ずるな。見ての通り竜人の大半は人間型よりもドラゴンの頭の者ばかりじゃ。端正さにこだわり、異端を嫌う人間とは相手を見るという事の毛色が違うからの」
確かにパルダとアルマンディーダの様に、完全に人と外見が変わらない様な者は全くといっても良い程見つからなかった。鱗の色や、角の形が違えど皆ドラゴンの姿をしている。
「ある意味、目立つことになるぞおぬしは。物珍しくてのう」
それはそこらの熊と輸入されたパンダぐらい変わってくるって事なんだろうか。
下に川の流れる赤い大きな橋を渡った先、天守の城を目前としたところで動きやすい白の衣に人間の姿をした少女が立っていた。だが一角の角が生えている為、彼女も竜人だ。
「やっほー、姫様おかえりー。元気してた? パルダも久しぶりじゃーん」
「トパズ、頭が高いぞ馬鹿者」
「ええ? 何をそんな畏まる必要ないでしょ、せっかく三人が揃ったんだからさぁ」
「客人もいるのだっ、状況を考えよ!」
「姉様、御無沙汰しております」
黄桃の様な髪色の彼女はオブシドの叱責をどこ吹く風に、俺達の元までやって来た。
「ああうん、そうだね。そこはしっかりやっとかないとね。--ようこそ火の国トゥバンへお客人。あたし……じゃなかった私はトパズと申します」
一礼をして、トパズと名乗るほぼ人の姿をした竜人は恭しく挨拶をする。
「姉、ってことはパルダの?」
「ええ、これでも王族を代々守護や補佐をしてきた白の一族の生まれで、パルダの姉よ。妹がいつも世話に……うん? なってるのかな? まぁドジだからね多分そうなってるね」
「ね、姉様」
「だから言葉を改めよと言っている!」
「もー、フランクな方が絶対好感度高いって。旅人さんはそういうの気にしないと思うんだけど」
パルダと違って陽気で奔放な姉ちゃんだな。髪だって姉は黄桃、妹は白桃って感じだ。共通するのは、二人共海の様に碧い瞳をしている事とかだろうか。
「これこれ、二人ともそう騒ぐのが一番の失礼じゃぞ。謁見を待たせてはいかん」
「む、これはとんだご無礼を。皆さま方、失礼いたしました。こやつに構わず、参りましょう」
「無理ね、後ろに付くから。あたしが出迎えを任されたんだもーん」
「…………」
黒竜の男は通り過ぎ様にトパズを睨みつける。後で話があるぞ貴様という言外の意が俺には見えた。当の彼女は全く堪えた気配も無く舌を出す。いつもこんなやり取りをしてるのか?
「ねぇねぇ、貴方ってゴブリン?」
「そうだけど」
「へぇ! 初めて見たー。何処から来たの?」
「え、ああ。ルメイド大陸からだよ」
「ルメイドかぁ、あたしまだ行った事無いなぁ。やっぱり此処とは違う物がいっぱいあるんでしょ?」
「貴様、言ってる傍から……!」
竜王の間までの宮廷を歩く最中、横合いからトパズが俺に質問を始める。前のオブシドの翼の生えた背中がわなないていた。
「まぁまぁまぁ、そう邪険にしなくて良いよ。別に迷惑って程でもないからさぁ」
「話がわっかるぅ! ゴブリンでも名前とかあったりするの?」
「グレンだ」
「へぇグレン! 私達の和の字では紅蓮って書くのよねぇ。もしかして亜人さん? 姫様の護衛してるって聞いたけどどういういきさつがあったの? 知識としては聞いてるのと違うけど、ゴブリンって生き物は皆貴方みたいに知能があるものなのかしら?」
あ、ちょっと迷惑かもしれない。トリシャ以上の質問責めだ。
「トパズ、儂の不在の間じゃが」
「あ、うん姫様。なぁに?」
助け船に、アディが言葉を投げ掛ける。
「あやつは、どうじゃ?」
竜人達と、俺達の温度差が変わった気がした。
「……オブシドは何も言ってなかったの?」
「いや、一番此処におったおぬしだから聞いておる」
「そう。……大丈夫。何も大きな事は」
「そうか」
アルマンディーダはそれ以降口を閉ざし、先ほどまで天真爛漫な様子を見せていたトパズも神妙になった。あやつ? 誰だ? もしかしてオブシドの弟の事だろうか?
フェーリュシオルという、人を食ったが為に竜人の尊厳である角を折り、放逐された竜人。人の街を襲い、レイシアの一家を食い殺した彼女の仇敵の話ではないかと俺は推測する。
大扉の前にまで来て、トパズは見送りを止めて最後に言い加える。
「でも、姫様も安心していいよ。あの人がいる限り、絶対変な真似は起こせないから」
「そうだと良いんじゃがのう」
重く軋んだ鋼の扉を開き、俺達はそのまま中へと入った。
竜の王との対面。開口にアディと王が挨拶を交わす。
「やっと帰って来たかバカ娘が」
「戻ったぞいアホ親父」
それは、赤い巨竜であった。平均的な竜人の体格の一回り二回り、いやそれ以上に大きい。頭には立派な枝分かれした冠角がある。
4メートルはある玉座に足を組み、肘掛けにひじをついた不遜な態度で俺達を見下ろす。オブシドは王座の間で声を張り上げる。
「こちらにおわすは、竜王ペイローン・マゼンドル・ドラッヘ様にございます。人間の皆様をお連れ致しました!」
左右には兵装した竜騎士達が彫像の様に直立している。余計な雑音の無いその場で、圧迫感に包まれる。そんな中で、アディは王の御前で涼しげに話をしていた。
オブシドとパルダはその場に跪く。俺達もそれに合わせておいた。状況が分かっていないヘレンとトリシャにも正座をさせる。
「はるばるよく来たな人の客人。オレらはお前らを歓迎するぜ」
雷鳴を鳴らす様な太い声で、乱暴ながらに友好の言葉を竜の王は告げる。
一応、俺達の個人個人を紹介すると、向こうはうんうんと頷いた。一応こちらの身の元を知り、事情を伺う。
ある程度の話を聞き、竜王ペイローンは城で休むことを勧める。
「まぁ、何もねぇところだが好きなだけゆっくりしてけや。宴の席と寝床も用意しておく。風呂にも好きに入ってけ」
フランクな竜王の気遣いに緊張感も徐々に溶けていき、アレイクがお風呂というワードに目を輝かせ、レイシアは腰を折って感謝の言葉を返した。
「しかし人間を連れてくるたぁな、この国じゃ前代未聞だぜオメェ。そんなに気に入った奴等なのか?」
「まぁの。こやつらにも儂を此処まで送り届けた礼として褒美をとらそうと思うんじゃが」
「おうおう好きにしろ。オレァこれからやることがあんだ。客人を待たせんじゃねェぞ。此処まではるばる来れば疲れてるだろうからな。水入らずは、後にしてくれや」
「分かっとる。では、またの父上」
謁見は思いの外あっさりと終わった。王城を案内され、宴の間に連れ出される。
俺にとっては幾つか見慣れているが、中華や和食文化を知らない彼女たちは見たことが無い様な卓上のご馳走に戸惑いを見せていた。
「な、なんだこの白い正方形の塊はっ? 食えるのか?」
「勿論、豆で出来とるからの」
「ではこれは? 魚を捌いただけの未完成ではないか? いや、これはまさか、魚を生で食うのか!?」
「そうじゃよ? 南から来た儂らには見えんかったが北方には海があるからのう。獲れたてじゃ」
「うわーん三角形だけどこれもう完全に肉まんーっ。もう二度と食べれないと思ってたー、うわーん」
現代の転生者からすれば懐かしき食事だった。味は比較してしまえばやはり現代で作られる物には劣るが、それでも楽しめた。なんせ味噌や醤油と思わしき物までこっちでは作られてるみたいだからな。単純な塩っ気しか無かったルメイドの食文化とは分野が違い過ぎる。
「お食事中、失礼します」
パルダや侍女達の給仕や、皆の食事の手が止まり、宴会の間でトパズと共に新たな竜人が入って来た。
「おお。おぬし……もしやガーネトルムでないか」
「姉上、お久しぶりです。この姿でよく僕とお分かりに」
アディと同じ赤い色をした瞳と短髪に、角が伸びている少年だった。トリシャとそう歳は変わらない彼は、姉と呼んだ竜姫の元へと進み出た。
「弟を間違える訳なかろう。それが知らぬ間に人の姿になっておったとしてものう。じゃが、よもや変化の術を身に着けておったとはな。驚いたぞ」
「姉上に習って、僕も勉強いたしました。まだ完全にはなれませんが」
そうして彼女が少年の頭に手を置く仲睦まじい様子を見ながら、俺は何か引っかかる想いがあった。
アディが国に戻るという話に対し、最初は頑なに拒否する程に嫌そうな反応をしていた。そして、目的地の前にまで来た時も何やら覚悟を決めた様なそんな仕草を見せていた記憶が新しい。
そこまで嫌な場所だったのだろう、と思っていたのだが此処までで彼女にそんな雰囲気は無かった。
父親とも軽口を叩き合い、弟との再会に喜び、自国の物を楽しげに紹介する動きに自分を偽る気配など到底匂わせなかった。
では、彼女は何を忌避していたのだろう? 唯一の心当たりは……
「もしや、貴方はゴブリンという生き物ですか?」
「ん?」
思考から脱却した、俺は声を掛けた主の方に振り向いた。ガーネトルムと呼ばれた、気品溢れる竜人の少年。
「紹介するぞい。こやつは儂の弟じゃ」
「初めまして。私は赤の一族の末弟、ガーネトルム・マゼンドル・ドラッヘと申します。普段は学楼塔の方で学びに励んでおります」
まだ年端もいかなそうな少年なのに、しっかりしてる。まぁ、見た目とは裏腹に俺の10倍くらい生きてるんだろうな。
「竜姫様が帰って来た事を教えに行ったんだよー。そしたら休養させてもらった押っ取り刀で来たって訳。あ、これいける」
「トパズゥ! 客人のご馳走を取るな馬鹿者ォオオ!」
「大丈夫、毒味よ毒味--いけねこっち来た」
オブシドから脱兎の様に走り去るパルダの姉。ちゃっかり自分の持ち分のご馳走を手に逃走劇を繰り広げていった。
放っておくとしよう。
「へぇ、弟さんか。育ちがよさそうで」
「ふん。儂の弟じゃぞ? 教養だってしっかりしとるわい」
「あの、良ければ旅のお話を伺えませんか? 私の学び舎では、外の世界のお話に限りがあるので興味があるんです」
俺は快く了承する。もてなされてるんだからそれくらいはしておかないと罰が当たるという物だ。
宴が終わりに近付き、閑散とした頃になってトリシャを連れながら俺はすれ違ったアルマンディーダにこう言われた。
「パルダがトリシャを湯船に連れ出してくれるそうじゃ。ほれ、おぬしの父親はこれから用事があるんじゃぞ?」
「お任せください。行きましょ? トリシャちゃん」
「やだ、トリシャはパパと入る」
きっぱりと拒否してそっぽを向くトリシャ。困ったなぁ、男湯に連れてくのは不味いだろ。
「それじゃあレディとは言えんのう? デリカシーを持たねばグレンに呆れられるぞい」
「……ぶー」
目を合わせる二人。からかう様に微笑を称えるアディに、トリシャは頬を膨らませる。
彼女の指摘した通りになるのが嫌だった様で、渋々トリシャはパルダと共に先に浴場へと向かっていった。俺がアルマンディーダに礼を言うと、御安い御用じゃと片返事を返した。
俺はガーネトルム殿下の元へ、アルマンディーダは竜王の元へと足を運ぶ。




