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俺の作戦、強行突破

「--させっかよぉおお!」

 アルマンディーダとトリシャを挟み込もうとするあぎとへ、反撃を覚悟の上で多連崩拳(たれんほうけん)を撃ち込む。プルプルと肉が歪み軌道が逸れた。

 いや、逸れたというより攻撃を仕掛けた俺への自動反撃(オートカウンター)の作用に釣られて、アディ達から離れたのだ。


 当然、その代償として俺へと攻撃が向かってくる。ダメか、ただの崩拳(ほうけん)を重ねたぐらいじゃ効果が無い。

「同じ(わだち)は踏みませぬ!」

 パルダが疾風となって通過する。彼女の腕の白刃があぎとを斬り落とす。

 自動反撃(オートカウンター)は続く。断面から肉が盛り上がり、背後からパルダに飛び掛かる。


 今度はオブシドが動いた。硬い鱗に包まれた拳で、正拳突きに似た一撃を放つ。

 ずし、という重い音を立てて再生したあぎとを遠くへ追いやる。竜人オブシドの鉄拳は素の崩拳(ほうけん)以上か。

 そして壁に激突した肉腕はそのまま地面にのたくった。すぐに反撃が飛んでくる事を危惧するも、意外にもその肉腕は牙を剥いては来なかった。


 どうやら、全ての物理攻撃に置いて反撃が可能という訳ではなく、届かない距離まで引き離せば自動での反撃は成立しないらしい。


 これだ、と俺は対策を確信する。重い一撃で反撃が及ぶ前に間合いから距離をとれば良い。それなら手痛いダメージを避けられる。

 当然それには生半可な威力では無いことを前提にしなければならないが。


 待てよ、あれをまだ試してない。効果があるか分からないがやってみる価値があるかもしれないな。

 いや、どちらにせよ、本体に届かなければ焼け石に水。今のは根っこの一部のような物だ。逐一相手にしていればきりがないだろう。


 ずるずると、地面を掘って襲ってきた肉腕は穴の中に引っ込んでいく。しかし最初から追って来ていたシャーデンフロイデの一部が俺達に語り掛ける。


『悪あがきも程々にしてくれたまえ。力を行使し過ぎると、吾輩自身も制御が出来なくなるのだ』

「良いこと聞いたな。つまりこのままチキンレースしてれば勝手に自滅してくれる訳か」

『身を滅ぼすのは君達の方だよ、転生者とその一同諸君。制御が出来ないというのは、加減が出来なくなるという事だ。無益に誰かを殺すのは吾輩の主義に反する』

 ほざけ、俺はそう切り捨てた。巫女を食い殺そうとしておいて、何を善い人ぶってんたか。


『警告だ。巫女を渡さねば、もっと手荒くなるぞ』

「多数決だ。このまま大人しく差し出すべきか皆? この子を食わせるか? そう思った奴は手をあげろ」


 誰も動かない。全員一致での、拒否である。奴は本当にそれで見逃すのかもしれないが、約束してくれる確証など何処にあるのか。

 トリシャがそっと一人、小さな手をあげようとした。

「やめろ。もう良いんだ」

「……でもトリシャは」

「此処を出るぞ、野郎の狙いはもう分かってる」

『偽善もいいところだな』


 端末の口から失笑しながらシャーデンフロイデは言った。

『その巫女の死である吾輩の補食を、巫女自身も受け入れている。自ら死を受ける者の邪魔をして、それが正しいと思い込むのは傲慢だとは思わないのかね? そんな権利が何処にある? 他人ならば尚更生きるも死ぬも本人の勝手という物だろう?』

「一つ、忠告する……」

 異を唱えたのはロギアナ。紫水晶(アメジスト)の瞳が、不気味な肉塊を睨み付ける。



「死のうとする人間に、他人がどうこう言う筋合いは無い。ただ、確実に言えるのは、自殺の行く末に何かあるのなら、それは後悔だけよ。アンタの経緯は知らないけど、大半は後悔する馬鹿のやること」

 それは、似た境遇の彼女だからこそ達した結論だった。死の先など知らぬ者達の行いを習い、学んだが為に聞く俺には重みがある。


『……良いんだな? そこまで言うなら仕方ない』

 肉腕が通路に戻っていく。退いた。

『では、待っているよ』

 不穏な捨て台詞を聞き、ヘレン兄弟が顔を見合わせる。


「どういうことだ」

「いくら入り組んでても、此処の出口は一つしかない。あの野郎は、その出口に張ってるだけで十分なんだ。土地勘は向こうの方が有利だから先回りもお手の物だし、それを知ってたから時間稼ぎを考えた上で手加減してたんだろうよ」

 恐らく、先ほどの戦闘でも危うい場面は幾らでもあった。運が良かったんじゃない。遊んでやがったんだ。アイツ自身に言わせれば、勝ち目が無いと思い知らせて諦めさせるつもりだという事なんだろうが。


「ではどうするのだゴブリン。それでは戦闘は避けられぬぞ。奴を倒さねば、此処からは……」

「倒さなくても良い。最悪、強行突破だ」

 正直、考えられる手段はもう残されていない。奴がバカならこのまま迷路で撒いて先に脱出も出来ただろうが、そうは問屋は降ろさないか。


 アレで本気ではないのなら、現状の確認できる戦力では勝ち目としても薄い。シャーデンフロイテの力は未知数。立ち回りを知った程度で闘って勝つ、なんていう発想はナンセンスだ。

 だから、こちらが勝る数の利や、個別の能力の種類を利用してあざむく事が俺の中でのベストだった。



「やぁ、覚悟は良いかい」

 また、紳士の外見と振る舞いを続ける本体が俺達の前に立ちはだかる。その奥手には通って来た道がある。一筋縄では向こうへは行けないだろう。


「やるぞお前等、身体付与フィジカルエンチャント!」

 俺は左右を翼を広げる様に伸ばし、魔力を意識する。此処が正念場だ。


紅蓮甲ぐれんこう!」

 右手が煌々と燃えゆる火炎を纏う。

水衝甲すいしょうこう!」

 左手が蒼海のかすみに包まれる。


 聖騎士レイシアやシレーヌ研究士のように、複数の属性の魔力を一箇所で同時に流す事--複合付与デュアルエンチャント--は出来ない。だが、別々の部分に異なる属性の付与エンチャントを起こす事なら可能だ。


「おやおや。不思議な事をする。……そちらの騎士もエルの血統の末裔。クックックッ、失態だったなヴァジャハ」

 光属性の魔力を集中した影響で、レイシアの金髪が淡く白く発光し始めた。タナトスのヴァジャハを退けた力だ。


「言葉や状況で分からないのなら、その身で体験すると良い。それからもう一度、最後に同じ問いを繰り返そう」

「お優しいことで」

 そんな目に遭うつもりは微塵も無い。他の皆も各々の全力を持って臨む姿勢になった。


「さて、まずはこれをどう凌ぐ? 万砕の顎マイティバイト

 片手から勢いよく飛び出した、両手ではない代わりに先ほどより規模を膨らませた肉塊の腕手。裂けた口のギザギザした歯牙が獲物を求めていた。

 今度は俺が動く。二種類の付与エンチャントを維持したまま、走り出す。


水衝すいしょう崩拳ほうけん!」

 まずは左。水属性を伴った崩拳が下顎を打ち込む。吹き飛ばすまでには至らなかったが、両者に一瞬の硬直が生まれる。

「この技を止めたか。だが当然、そんな風に攻撃すれば自動反撃オートカウンターの間合いだ」

 余裕を含めた様子で、シャーデンフロイデは言う。


 技後硬直が済み、先に動いたのは俺の方だった。肉腕をそのまま通り過ぎ、本体の男の元へさらに突き進む。

「何? --まだだ」

 もう一方の腕から肉腕を伸ばしてくる。それをもう一度、左の水属性の崩拳ほうけんで撃退。その一撃では、本来ならば俺自身でも反撃を抑えられないダメージの筈だが。にも関わらす、完封していた。


 迫る俺に、奴の肩から口が開いた。その中から(やじり)が顔を出す。クライトの矢だ。

 唾でも飛ばすように吐き出された矢は、俺の眉間を狙う。関係ない。部分硬御(ぶぶんこうぎょ)で弾く。


 ようやく踏み込めた。奴との接近戦。

水衝すいしょう多連崩拳たれんほうけん!」

 続く左の拳で、全身を滅多打ち。端麗な顔がひしゃげ、胸がへこみ、全身が跳ねる。手も足も出せない。


「ど--う--」

 どうして? という疑問が漏れるも答える義理は無い。奴の自動反撃オートカウンターとやらの特性を、水属性の鎮静の作用で抑える事に成功している事など。

 そして俺の本命はこっちだ。遂に放たれる右の炎拳。


紅蓮ぐれん多連崩拳たれんほうけんッ!」

 炎属性の火力強化の恩恵を受けた無数の崩拳ほうけんは、先ほど以上に飢喰ハングリードのシャーデンフロイデの五体を滅茶苦茶にした。骨格や原型が焼き潰されていく。

「--……がっ……!」

 奴はまだ倒れていなかった。その間に後続の仲間たちが仕掛ける。


「剣を新調した上での兜割かぶとわりィ!」

旋空の刈鎌ゲイルフリック

 伸びた両腕にヘレンが闘技とうぎを降ろし、ロギアナの輪を象った幾多の風の刃が飛んだ。機能停止している間に肉腕はバラバラにされた。


「まだだぜ--レイシアっ!」

 すぐに後ろへ離脱した俺は合図を送った。詠唱しながら待機していた白髪の聖騎士が剣を掲げ、上級魔法を解放する。天井に光属性を交えた雷電が満ちた。


輝く天雷の光刃シャインレイボルト!」

 白光に塗り潰されたシャーデンフロイデ。恐らく魔法を吸収する余裕はない。直撃だ。

 爆心地では悲鳴すら掻き消す轟音。その余波に空気が震える状況を目の当たりにしながら俺は負けじと叫ぶ。


「今の内だパルダ!」

 トリシャを此処から連れ出す役割を任せたのは、竜姫の御付きの彼女だ。俺達の中で一番機動力がある。巫女を奴が総攻撃で動けない内に外へ連れ出すのが第一目標。

 アディの護衛にはオブシドが付いている。


 雷光が消失する頃合いに、一番手に飛び出したパルダが疾駆する。ぶすぶすと全身の黒ずんだシャーデンフロイテは棒立ちになっていた。いける、今なら--


「ハハハハアアハハハハハハハハァァアアアアアアアアアアアア! おもじろい!」

 喉まで焦げた声で、奴は高笑いする。生きている。

 ばっくりと、炭化した皮膚のところどころから、人や縦長の瞳孔のある眼球が頭部を中心にひしめきあって一斉に開く。

「モウ--オサエ--ラレナ--」

 それから人の皮を脱皮するように黒い皮膚を突き破り、ピンク色の肉が周囲に広がった。



 地下遺跡がシャーデンフロイデという存在に埋め尽くされていく。周囲の地面がバラバラになり、巨大化していく奴は天井を突き抜ける。

 奴の一部が膨張しているせいか、残された足場が間欠泉のように噴き上がり俺達は地上まで無理矢理昇っていく。その震動で、身動き一つ取れなかった。

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