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俺の行進、道中お役御免

 ベナトの町の門の前、俺達パーティーメンバーとオブシド含める竜人達が集まっている。銀髪の魔導士ロギアナも何事もなかった様子でほっかむりを決め込むつもりの様だ。


「馬車をご用意いたしました。少数ながら私どもも今回の冒険にご同行させて頂きましょう。我等は村までの道のりを知っております故。それから、竜姫様を王の御前へお連れ致します。それでよろしいですね?」

「おーおー、勝手にせい」

「そう二つ返事をしておきながら、また以前の様に抜け出そうと企みなさらぬよう。……パルダ、貴様も目を光らせろ。次も脱走の手助けをしでかした場合、分かっているであろうな?」


 コクコクと何度も頷く竜人の少女の姿は、当初の様に黒衣の装束を纏い、覆面で素顔が全く伺えなかった。

 それを見て竜姫は小首をかしげる。


「しかし何故おぬしはまだその恰好をしとるのじゃ? 女の二人旅では何かと面倒で素性を隠すためにそうさせておったのであって、もう続けんでもええぞ?」

「そ、そうだったのでございまするか!? 聞いておりませぬ!」

 くぐもった声で喚くパルダ。オブシドは察しが悪すぎる、と叱っていた。


「じゃあパルダが着替え終わってから出発しようか」

「いいえグレン様。すぐに終わるので問題ありませぬ。では……」

 その物々しい姿で、舞う様に身体を回転させる。すると黒い姿が霞がかった。黒煙の様なもやが晴れると宿の時の着物の様な衣服に変化していた。

 あっけにとられる俺達に、アディがフフンと鼻を鳴らして補足説明する。


「儂ら竜人は自らの鱗を衣服に変えられる。竜型と人型の変化の応用じゃな。そりゃ完全な竜になれば衣服ははち切れるし邪魔になるからのう。元が鱗なんで頑丈じゃし繊維の質感までバッチリよ」

「だから翼とか尻尾とかを生やしても大丈夫なのか」

「特にパルダはのう、鱗を鋭利な刃物へと変化させる一族でのう、全身凶器にして闘う事も出来るぞい。のう、ちょいとやって見せよ」

「かしこまりました」


 パルダが腕を伸ばすと長い袖の下から、白く鋭利な物が飛び出した。振るうと風斬り音が鳴り、陽光を妖しく反射する。

 おおーと、俺は感心した。憲兵に突きつけたあの白刃は、こうして鱗を尖らせた物だったのか。


「そういやパルダはまだ完全な人の姿しか見たことないな。やっぱ角とか生えるんでしょ?」

「そ、それは……その……」

「なーに言っとる。聞けばおぬし、一度--」

「わー! わー! ダメでございまする! わー!」

 と何故かアディの言葉を身振り手振りで邪魔するパルダ。必死な様子だが、何の話だ?




 数台の馬竜の馬車と護衛の竜兵が挟む、仰々しい行進になっていた。

 ハッキリ言えば俺達の出る幕が無いくらいその警護は厚い。竜人はレベル以前に身体能力が高く、一卒兵であっても並みの冒険者が束になっても叶わない程の戦闘能力があるようだ。

その為、魔物の掃討は連中だけで片付けられてしまう。俺達はただ流れる荷台に乗ってゆっくりしているだけだった。


「魔物だ!」

「魔物!」

「オブシデアドゥーガ様! 魔物です!」

「え!? 嘘どこどこ!? あ、ゴブリンの俺の事じゃなくてほんと--あーもうやっつけちゃった」

 つられて腰を上げた俺だが、迫って来たサハギン達がこちらの領域に足を踏み入れるより早く先遣の兵達によって駆逐された。


「敵の増援はどうだ?」

 オブシドの問いに、身近のまとめ役と思わしき竜兵が敬礼する。

「ハッ、ただちに確認を。増援はどうだー!?」

「増援はどうだ!?」

「増援は見えない!」

「新手はいない様だー!」

「新手の気配なーし!」

「気配なし!」

「他に新手が来る様子はありません!」

「そうか、死体を処理し、引き続き速やかに警護に当たれ」

「了解! 死体を処理して警護を続けろー!」

「死体を処理しろ!」

「警護を続けろー!」

「何でお前ら聞こえるくらい近くにいるのに、そんな大声で伝言ゲームしてんの?」


 とはいえ、お役後免だと俺の進歩が見込めないので秘跡(ミサ)でレベルを初期に戻し、オブシドに頼み込んでトドメを刺す役割をやらせて貰った。おかげで魔物の脅威度が格段に高いこちらでも、危うさなくリセット法のレベリングが可能となった。


 ふと俺はオブシドに訊ねる。


「そういや出発時の口振りからして、目的地の村に行った経験があると見て良いのか?」

「はい。ビレオの村には定周期に監査に回っております故。荒れ地の多い人の領域ながら、そこは豊穣な自然に囲まれた場所でございます」

「ビレオっていうのか。その村は他にどんな特徴があるんだ? 参考までに聞きたい」

 どういう用があるのかまでは向こうは聞いてこない。察してくれながら黒竜の男は答えた。


「妙な信仰のある所であると記憶にございます。土着的な竜とは異なり、別の大いなる何かを奉っている様で。それがどんな物かは、我々も深くは踏み込まなかったが為に分かりませぬ。しかし、丁度今頃の時期になるとそれに関連した儀式を行っておりますから、もしかしたら立ち会いになれるやもしれませんな」

「へぇ、こっち側の神様か何かかね」

 アディが言っていた事と何か関連があるかもしれない。俺の呪いを解くための、鍵になることを祈るばかりだ。


 悠々とした道中は夜になると野営をすることになった。見張りから飯炊きまで出番も無く、俺は竜姫アディの個別テントの中にいた。

 草地の豊かな周囲の夜。虫の音が近くで演奏している。


「へっへっへっ、どうだぁお姫さんよ?」

「……ぬ…………くっ……」

「ほらほらどうした? 此処がこんな事になってるぜ?」

「ひ、卑怯なっ。おぬし……よもやこんな嫌らしい男だったとは!」

「いつも余裕な顔をしてるお前が悪いんだぞ。今度は俺の番だ」

「…………あ……そこっ……うぬぅ」

「ちょっとお待ちぉ! さっきから何をしてるのでございますかぁっ!?」


 テントの幕をめくりあげてパルダが血相変えながら入って来た。俺は手を休めずに困惑しつつ答える。

「え? 何って? いつものやつだけど」

「いつも……あれ?」

「な、なればこうじゃ! そう、此処しかあるまい!」

「あ、王手」


 茫然と立ちすくむ侍女パルダを見ながら、パチッと音を立ててトドメの一手を打つ。半竜人姿のアディが頭を抱えた。

「ぬあああああ! また負けたァああああ!」

「よーやくお前のパターン分かってきたぜぇ、教本に乗ってたコテコテの流れじゃ簡単にゃ勝たせねぇよ」

「グレンめぇ、対策練りおったなぁ。しかも罠の嵌め方もゲッスいのう!」

「ゲースゲスゲスゲス!」

「笑うでなーいィ! この前まで手も足も出んかった癖に! このっこのっ!」


 おっと勝負事に手を出したら負けだぜ? 顔を真っ赤に拳で叩いて来るアルマンディーダに対して俺は終始勝ち誇った笑みを崩さなかった。

「き、杞憂でございましたか。失礼致しまする……」

「待てパルダ! アレじゃ! アレを持ってこんかい!」

「葡萄酒でございますか?」

「違うわい! 今夜はそれが無くとも平気じゃ! それじゃなくて、アレよアレ! この悔しさ、忘れてなるものかっ」

「ああ、アレでございまするね。それならこちらに」

 アレ? と疑問に思っていると、パルダは赤い背表紙の本を取り出した。


「んー? 何だよそれ。何書いてあんの?」

「だ、だめじゃ! これはいかん!」

 アディへと届けていくパルダの手元に近寄り、俺が表紙を覗き込もうとしたところ、素早く赤い影が鞭の様に走る。彼女の尻尾が伸び、その本を奪い取ったのだ。

 器用にも竜人の尾は物を掴む事が出来る様で、手を使うこと無く彼女はそれを自分の背後に隠した。


「竜姫様、はしたのうございます」

「……ええんじゃい。どうせ此処にはおぬしとグレンしかおるまいて」

「尚更そんな所作をお見せしてはこの御方に失礼ですよ」

「構わんじゃろ。かったいのー。のうグレン?」

「え? ゴブリンの俺にはよく分かんないけど、迷惑な事じゃなけりゃ好きにしてて良いんじゃないか?」

「ほぉれ見ろパルダ。こやつからの許しが出たぞ。ん?」

「だからそれが何か見せてよ」

「それはダメじゃ。これは見せるわけにはいかん。もー! だったら今晩は終いじゃ、儂はこれからぬしへの反撃に出る為の準備をする。吠え面かくでないぞほら帰った帰った!」


 何故か追い立てられた俺は渋々とアルマンディーダのテントから出ていく。見送りのパルダがペコペコと頭を下げる。

 アレが一体何なのかが気になって後ろ髪を引かれながら俺は自分の用意して貰ったテントに戻った。髪、無いけど。


 そんな日を跨いだ移動により、鬱蒼とした森の奥地で俺達はビレオの村が見える場所までようやく足を踏み入れた。

 此処には、俺に憑いた痣と似た紋様を受け継ぐ一族がいるそうだ。まず接触するのは、そいつ等だろう。

次回更新予定日、7/13 7:00

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