俺の指南、スパルタ
少し待っているとハウゼンは長いワインボトルでも入れてる様な木箱を持って戻ってきた。
「お待たせしました。そんな訳でお連れして来ましたよ」
「はいー、私なんかでよろしければー」
えっ、と俺とアレイクは思わず声を出す。
てっきり戦えそうな騎士でも連れてくるかと思っていたら、明らかに非戦闘員が増えたからだ。
何せその人物はブラウンブロンドに三つ編み。視野すら阻害しそうな大きさの渦巻き眼鏡と戦闘では邪魔になる白衣。どう考えたってデスクワークの人間が連れて来られている。間違えた? と本気で思えるくらいだ。
「シレーヌ。どうしてお前が?」
「それがですねー、聖騎士長にグレンさんのお力になれると聞いてーやってきましたー」
相変わらずの間延びした口調。さっきだってここまで来るのに転びかけてたところを見たくらいどんくさい彼女が、俺に闘いを教えるというのだ。戦術指南でも行おうっていうのか?
「そのまさかですよ」
俺の考えを読んだようにハウゼンは木箱の蓋を開けながら言った。その中には端麗な彫り込みのある細い武器が入っている。レイピアだ。
「あー! 春獅子ですかー懐かしいですねー」
「実はですね、シレーヌ研究士はもともと騎士だったんですよ」
「えー!?」
「嘘だろオイ!」
アレイクが驚きの声をあげ、俺もレイピアを手に取る彼女とハウゼンを交互に見る。
「いや、本当だ。シレーヌ殿は元々騎士として尋常ではない武勲を立てた過去がある。早い内に引退して、今は研究者の身に置いているが、おそらく今まで輩出した騎士達の中でも指折りの実力を持っている。ぶっちゃけ、私とは段違いだ」
「そんなのー昔の話ですよー。大分やってませんからー鈍ってますってー」
てことはこの人幾つだ? 見た目は少女みたいに若く見えるのに、昔と言えるだけの歳くってるってことになる。
そんな傍からでは雑魚魔物種の俺より全然強そうに見えないシレーヌにハウゼンは近寄り、背後から勝手にぐるぐる眼鏡をそっと外した。
「あ」
「まぁ、聞くより体験した方が早いでしょう。がんばってください」
それは、てっきりシレーヌに対しての励ましかと最初は思った。
だが、それは俺がこれから待つ物に対しての祈りだった。
シレーヌの角の無いまん丸とした目じりが、弧月の様に吊り上がる。顔つきが、変わった。
振るったレイピアが風を切り、俺の元まで今までとは違う足取りで近付く。
「……構えろ」
「えっ」
返事を待つ間もなく、彼女が突如として襲い掛かって来た。レイピアの刺突に俺は避ける猶予はなかった。
「う、うぉぉおおおお!?」
両手での部分硬御で上半身をとっさに守り、細剣が火花を散らして引っ搔く。俺の闘技じゃなかったらヤバかったぞ。
「なにすんだっ」
「戦場で不意打ちに文句言うのかテメー」
今までのシレーヌとは全く違う気迫のある声音に俺は喉を突かれた気分になる。すぐさま激しい乱れ突きが隙間を縫って飛んでくる。
レイシア以上に素早く、タイトスカートを履いているとは思えないステップで、俺の防御の隙間を縫う様な攻撃を仕掛けてきた。
そうだ、俺が最初に彼女と会った時もこの素早さで実験に捕まったんだ。あの身のこなしもシレーヌの戦闘経験から来るものだったのか。
防戦一方を強いられる。反撃するにも両手を使ってようやくレイピアから守ることが出来る以上、そんな余裕は無い。寸分狂い無く隙を作るために崩そうとする、命を奪う為の剣裁き。
「斬衝波」
レイピアを下段から上へと振り上げると同時に、軌道から大きな力が働いた。オーランドも使っていた斬撃の破濤。
全身を硬御でやり過ごす。確かに一瞬無防備になるが、これなら隙を突いて何処を狙われても身を守れる。シレーヌも全身で飛ぶ斬撃をモロに受けても平然とする俺の振る舞いに舌を打った。
「ッチ。ただの刺突と闘技じゃ埒あかねーか。オォイ!」
シレーヌは荒い口調で怒鳴る。もはや別人、いや二重人格だ。
「これからあたしはコイツでテメーを襲う。ただのガードじゃ防げねーからよォ! 腹ァ括れよォ」
レイピアを縦に彼女は構え直した。え、待って、硬御じゃ防げないって攻撃避けられないのにどうしたらいいの?
そんな俺の本音を知ったことかと変貌したシレーヌは告げた。
「今からやるのは、テメーに教える付与の全てだ。付与、紅蓮剣」
刀身に火がほとばしる。松明の様に灯った火炎の剣を携え、シレーヌは迫った。
ヤベェ。確かに硬御は物理攻撃に対しては有効だが、魔法の類には通用しない。付与も恐らく防げないだろう。それを彼女も知った上での忠告か。
ならばと慌てて、手持ちの剣を抜いて紅蓮のレイピアを防ごうとした。接触する
「は?」
その一撃を受けただけで、俺の剣がベキリッとくの字に折れた。指の様に細い剣に、俺の両手剣がたやすく負けた。
「バカかテメー! 炎属性の付与は攻撃力の増加。そんなもんで耐えきれるかァアアアア!」
丸腰になった俺に容赦なく炎の細剣で叩いた。鋭利なのは先端なので切れ味は無い。だが、炎の付与により俺の蛇竜鱗の鎧は直撃によって焼きごての様に煙が立ち登る。
「うごっ!?」
そして何よりも凄まじかったのは熱ではなく威力だった。防具越しなのに重々しい衝撃が腹に届き、全身が空に舞う。
地面に身を打つ俺が悶絶してる間、シレーヌは言った。
「今のは手加減したぞテメー。本気なら骨バッキバキで実際なら命はねぇ。殆ど付与の性質の力だ。炎属性以外も当然、攻撃力そのものは強化されるからよォ良く覚えとけ」
「アレが、付与だけの、威力か……」
炎の付与ならこれほどの力を出せるとは。
これに崩拳というパワーとスピードのある一撃に加えれば、どれだけの威力になっているか。俺はもうそれを実践した。確かにヴァジャハに通用したのは納得がいく。
「オオォイ! 次だァ! 敵の前でそうして寝てンのかゴラァ! 一生おねんねしてーのか!?」
ほんと変貌し過ぎだよ。そんな感想も口に出せず、激を入れられて立ち上がる。
「ステップ1ィ、付与の脅威はこれで終いだ。次は対策。グレェン。脅威を学んだテメーに尋ねる。テメーはこれをどうやって防ぐ? 付与を使う奴は珍しくねーぞ? 仕掛けてきたらテメーはいさぎよくくたばるのか? アァ!?」
燃え盛るレイピアを構える。また俺にその状態で攻撃するつもりだ。
ゆっくり考える様な悠長さは無かった。シレーヌがまた襲い掛かる。回避の選択は難しい。かといって硬御で受ければ、あの剣同様へし折られる。
クソッ、どうする。今までの選択肢では、通用しない!
いや、待て。これはどうだ?
「部分硬御!」
「猿かテメーは! そんなもんじゃ防げねーって言ってンだろうがァ! 一回折れて出直しやがれ!」
硬化した腕を前に、険しい顔をしたシレーヌが唾を吐いた。彼女はそれでも遠慮しない。紅蓮剣の一太刀を振るう。
「紅蓮甲!」
俺はレイピアが届く前に部分硬御をした片腕に付与を行った。身体付与。そして両者がぶつかった。
「正解だァ」
指先から肘まで燃え盛る俺の片腕が、彼女の一撃をどうにか受け止める。折れていない。ダメージも無い。
「付与には付与。接近戦向けの奴にはそれが正攻法。回避出来るならそれに越したことは無いし、魔法使い型なら近寄らせない様にするのが一番。つまりこれはそのどちらも不可能な野郎の対応手段だ。ステップ2の対策もクリア……」
シレーヌは女性らしからぬ哄笑を俺の目と鼻の先でしてみせた。
「いや、まだだな。こういうのもある。付与、水衝剣」
彼女のレイピアから炎が消えた。代わって水色の靄の掛かったオーラの様な物が噴き出す。
同時につばぜり合いとなっていた俺の腕の炎が消えた。俺の意思ではない。勝手に、彼女のレイピアの変化と同時に消失したのだ。
「付与が魔法の一種である以上、相性ってもんがあるんだぜ。炎属性には水属性。水の鎮静で無効化出来ちまう。相性による対応も覚えとけ--よ!」
顔にレイピアの取手が迫ってきた。普段の反射的な硬御でも止めきれない。顔面に激痛が走る。
「ぐわっ……」
唇上辺りの人中……急所を打ち抜かれ、俺は倒れた。酷い酩酊感に苛まれる。思考がぐるぐると停滞した。勝手に視界も目が回ってるみたいだ。
「水属性の鎮静の特性にはこんな使い方もある。相手を昏倒させるにゃちょいと技術がいるが、こうなっちまえばテメーも手も足も出ねーだろ? 攻撃向きじゃない属性の付与だからって気ィ抜くんじゃねーぞォ!」
頭上で俺に罵声を吐き掛ける。もう俺はノックダウン。意識が遠退いて行く。水属性の魔力が毒の様に回って動けない。
「まだ終わってねーぞ! 早く立てやゴラァ雷天撃波ォ!」
「グワアアアアアアァァ!」
放たれた電撃を浴び、俺は激痛と痺れに意識を引っ張り出される。
「オォイ! レイシアァ!」
「は、はいっ!」
「テメーも雷属性持ちだァ、『きつけ』にはこういう事も出来ると覚えとけ良いなァ!」
「い、イェッサ!」
完全に戦々恐々とする一同。レイシアでさえ、ビクビクと言うことを素直に聞いていた。
「グレェン! まだ寝てんのかテメーはァ!? 3つ数える前に立たねーとまたやるからなァほォらさーんにーいーちッ!」
「ひ、ヒィィイ!」
身の危険を感じ俺はボロボロな身体を無理矢理起こして復帰する。何この人マジこえーよ。おっかねーよ。
「ステップ3。付与の可能性だァ。これがこの手の技術の奥義とも言える」
彼女のレイピアの刀身から変化が消えた。いや、微かに白い煙が見える。
「複合付与、烈凍剣。二つの属性の付与を同時に行い、混合させた付与の次の段階だ。コイツは風と水の複合した氷属性」
「レイシアが、やってた雷神剣と同じ技か」
煌めく煙の正体は周囲の空気中の水分が急激に冷えた事で出来た水蒸気。
「当然組み合わせた性質によっては規模も威力も桁違いに上がる。反面魔力も倍食うがなァ。こんな風に」
軽く空を切ると、大地に霜が降りて氷柱が生えた。人を串刺しに出来そうな勢いで。
冷気がこっちにまで伝わってくる。まともに食らったらただじゃすまないだろう。
「今からこれを、テメーにぶつける」
寒さとは違う何かによって、俺の背筋に悪寒が走る。
「生き残れ。コレがあたしがテメーに教えられる最後だ」
逃げようと最初は思った。だが、それは違うと頭の中で否定する。俺は受けて立とうと考え始めている。片腕に紅蓮甲を灯した。
「いくぜ歯ァ食いしばれオラァっ!」
レイピアを思い切り振るうと同時に、爆現した氷柱の軍勢が生き物の様にこちらへ伝って牙を剥いた。このままでは呑み込まれるか、凍り漬けにされるか、穴だらけにされるか。
目前まで迫った白銀の世界。俺は付与と闘技を併用した一撃を振るう。
「紅蓮・崩拳ッ!」
この戦闘で得た物は、非常に大きかった。




