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俺の日常、変化

 (タナトス)のヴァジャハを名乗る悪魔の襲撃から一週間が経った。


 俺は自身の要望で城の一室から城下町の宿へと移っている。それまでお断りを頂き利用できなかった宿屋だったが、王国が俺をその一室に賃借させる命令を下した。加えて金額も向こうが負担してくれている。


 傷はまだ完治しきれてはいないが、体調は良好。杖とはお別れして普通に歩くことに問題はない。もう少し時間を掛ければまた冒険者にも復帰出来るだろう。


「ああ、グレン様。お目覚めですか。お早いですねぇへへ」


 階下を降り、店の食堂に入ると店主の男性は揉み手をしだいて俺にペコペコとお辞儀をしていた。そしてもう一人この店の人間では無い女性がにこりと俺に微笑む。



「おはようございますグレン様。今日は良いお天気でございますよ」

「ん、ハンナさんおはよ」

「朝食のご用意はもう出来ておりますゆえ、どうぞこちらへ」


 アンデッドに襲われていた所を俺が助けた、あの時の女中(メイド)さんだ。城に仕えていたのだが、今は俺の世話をする為に住み込みで働いている。


「本日はワグ麦のパンと汁物にサラダ、そしてとても良い雌牛の肉が入りましたので賽の目でステーキに致しました。やはり血肉を作るには肉、肉、肉が重要です。さぁお上がりくださいませ」

「……朝からサイコロステーキとはへヴぃだな」

「何をおっしゃいますか! 一刻もお早い回復には食事もしっかりなさらないと。姫様や皆もそうおっしゃるでしょう」


 席につくと背後からナプキンを掛けられ、女中(メイド)ことハンナさんに薦められる。この宿で出る料理の水準としては非常に高い食事だろう。普通の人に出されてるのを見たが、安物の固そうなパンと干し肉とかだった。


 しかも、これで控えめにしてくれと頼んだ部類だ。俺からすればこれはもうディナーなレベルで、勿論夕飯はさらにエスカレートする。


 外パリ、中フワッなパンを頬張りながら、横目で入泊をしようとと入って来た冒険者達の姿を見る。俺がメイドさんに食事を振る舞われてる姿を目撃し、ぎょっとしていく様子を伺えた。ゴブリンがこんな街中にいるとは思ってもみなかったらしい。



「悪いな。俺がいると閑古鳥かんこどりが鳴く様だ」


 そそくさと戻っていくこの繰り返された光景を見ながら店主へそう言った。俺の姿は明らかに客足を遠ざけているだろう。にも関わらず、俺に対して文句を言ってくることはない。


「いえいえ滅相も無い。普通の御客様から頂いている以上に貴方様の宿泊代がとんでもなく支払われておりますので、わたくしどもは困っておりませんから悪しからず。ですからご贔屓(ひいき)に……はは」

 額の汗を拭きながら店主は平身低頭で訂正する。どうも、俺が告げ口するのかと危惧しているようだ。俺を出禁していた事も含めて。


 何より、家も持たず実感は無いが俺は貴族になった。まだ正式では無いが、そんな相手に粗相などすれば一般人としては相当危ういのだろう。


「グレン様。もうじき鎧の修理が終える頃合いですので、私が城へ受け取りに参ろうかと」

「良いの? わざわざハンナさんが行かなくても、俺取りに行くけど?」

「いいえそんなご足労はなさらないでくださいませ。グレン様の経過報告も兼ねておりますから、是非とも私を小間使いにお出しください」


 押しの強い彼女の申し出。ハンナは俺の部屋のあらゆる雑務を含めて甲斐甲斐しく世話をしてくれる。城で俺の世話を賜ったのは彼女が志願しての事だったらしい。



 理由を聞けば、騒動が過ぎて俺に命を救われた事に感謝をしているとのこと。同時に今まで俺の事を知らずに毛嫌いしていた事を申し訳無く思い、誠意を持って恩返しがしたいからだそうだ。

 このメイドさんはこんな俺の為に役に立とうと、宿屋にまで住み込んでくれているのだ。



 春来たんですか! やったー!

 この前『もしかして俺に惚の字だったりする? ね? ね?』と聞いて見たら、


「え、ええ……まぁ」

 と目を斜め上に反らしながらお返事を頂いた。

 春来てないじゃないすか! ヤダー!


 と、まぁ俺の生活は天と地ほどに一変した。さらに、変化したのはそれだけではない。


 普段の様に身体を動かしていないと鈍っていくと思い、街中の様子を見がてら散歩をしていくと街は復興に精を出していた。木材が次々と運び込まれ、国民の殆どが建物の修繕に駆け回っている。


 

 さて高見の見物をしている俺にどんな反応が来るものか、と身構えていたのだがあの時の様な罵声は飛んでこなかった。ひそひそと俺への陰口をしている風でも無く、名ばかりながら貴族になった以上下手な事は言えないから国民ぐるみで俺の存在を無視してるのでは無いかとも思ったがそれでも無かった。



「こ、こんにちは」

「お、おう」

「おやグレン様。お怪我の方はもうよろしいのですかな?」

「まぁ、治りかけだけど」

「婆さんの入れ歯が何処か知らんかのう?」

「いや、何でそれ俺に聞くの?」


 と、今まで俺にまともな声を掛ける者は知り合い以外にいなかった筈なのに、国民の方から俺にコミュニケーションを持ち掛けて来たのだ。勿論、全員ではない。まだ俺に敵意に似た物を抱える輩もいるが、以前に比べれば嫌悪一色だった連中の視線は明らかに激減している。


 しまいには街の巡回していた憲兵には遭遇する度に敬礼され、子供達は俺に何処まで近付けるかという度胸試しの相手にまでされた。


 なんとまぁ凄い手のひら返しだ。ついこの前までは厄介者扱いされて来た俺に、すこぶる寛容な態度を取り始めるとは。俺が貴族になったからなのか、今回の事件で活躍したからなのか。


 どちらにせよ此処まで変わっていると何か作為的な物を疑うほど訝しく思った。どれだけ都合が良いのやら。手放しで喜びにくい。


 だが、それでデメリットを負う訳でも危害が加えられる可能性もなさそうなので、放って置くことにした。勝手に蔑んだり、褒めたたえていればいい。



 俺が振り向くと子供達がキャーキャーはしゃぎながら蜘蛛の子の様に逃げていく。その代わりにやって来た騎士が俺に挨拶をしてくる。



「グレンさん、もう歩いても大丈夫なんですね」

「一週間もあれば流石にな。治癒魔法も受けてるから尚更」


 花束を手にする騎士アレイクだった。俺と同じこちら側に転生してやって来た前世は女の子だった少年だ。それは俺への花ではないだろう。見舞いには一度来ている。


「オーランドに会いに行くのか?」

「はい。ここのところてんやわんやだったので、まだお墓へ訪れてなかったんですよ」

「そっか、付き合うよ。俺も暇でやることないからさ」

「ありがとうございます。きっと喜びますよオーランドさん」



 この前レイシアと決意のやり取りをした墓で、俺はアレイクと並んで黙とうした。既に幾人からの供え物に、アレイクが花束を加える。


「いい人でした」

 墓標に刻まれた彼の名前を見ながら、傍らの俺に話しかける。


「騎士見習いとして入団した時、右も左も分からなかった僕に対して誰に頼まれた風でもなく世話を焼いてくれました。ほかにも男の人と集団になり、馴染めなかった時だって気を回してくれて、それから……」


 ふつふつと彼との思い出話を述べていく。彼の瞳は悲しみをたたえながらも、涙は流れてなかった。話の途中で、嘆息する。


「なのに、泣けないんですよ僕。あんなに良くしてもらった人が死んだっていうのに。ショックな筈なのに。ちっとも涙が出る気配が無いんです。ロボットにでもなった気分だ」

「分かる気がする」


 俺達は一度死を経験した身だ。二度目の人生を送ってるからなのか、大きな喪失感はあれど、身近な人の死が普通の人よりも容認し易くなってしまう。

 それはきっとあの世を知り、そちらに行ってしまっただけだという考えが胸中につきまとい、悲しみを半減させてしまうのか。


 もし俺が、今後俺のかげがえのない人の死が訪れた時、今以上の心の痛みはやってくるのだろうか。愛する人であれば、きちんと泣くことが出来るだろうか。

 俺はアレイクよりオーランドとの付き合いは短い。だが俺以上に交友のある彼でさえ、あっさりと死を受け入れてしまったのだ。

 冷たいとか冷めているとか表現するよりも、割り切ってしまえるこの無機質な感覚が、空恐ろしい物に思えた。


「転生するっていうのも、良いことだけじゃないんだな。いろんな意味で」

「グレンさんが言うと、説得力が増しますね」

「言うようになったな」


 からかうようなアレイクの言葉に、俺はフッと鼻を鳴らした。


「それで思い出したんだがアレイク、反逆者って単語に聞き覚えあるか?」

「反逆者、ですか?」

「今回の闘いで、俺とやりあった化け物--タナトスのヴァジャハとかいう奴が自分をそう名乗っていたんだ。同じ転生者だって」

「初めて聞きます。でも、グレンさんと同じで人間じゃなかったんですよね?」

「元、人間だそうだ。アレイクにも、心当たりなしか」


 アイツは一体何だったんだろう。前世代の転生者だと言っていたが、俺達がこちらにやって来るより前から転生者達がいたということで良いんだよな?

 おかしい話ではない。アホ女神が幾度に渡って送り付けているとすれば、人の寿命を越えた奴なら今も尚生きているだろう。ヴァジャハの様に、人間を辞めていれば。


 あんなのがゴロゴロいたら世の中大変なことになるなぁ。なんて他人事に考えていると、ふと思い出したようにアレイクが言い出した。

「そういえば街中では持ちきりでしたねぇ。グレンさんの活躍。やっと報われたって感じです」

「何処から広がったんだ? お前また言いふらした?」

「してませんよぉ! きちんと通知があったり、実際にグレンさんの事を見ていた人がいたのでそれで広まったんじゃないですか? その悪魔に食べられた人達が何人もいて、生還できたのがグレンさんが活躍したおかげだって言っている人もいるらしいですよ」


 その線を考えていなかった。ヴァジャハが城に潜入する前から国民を『つまみ食い』をしていれば、共有していた奴の中で俺が行った事を見ていてもおかしくはない。転生者とか、当人達以外にはちんぷんかんぷんだっただろう。


 結果的には好感的な方向に向かったから良いものの、快く思わぬ者からすれば

非常に大きな脅威と受け取られていたかもしれない。あ、それで俺に貴族という肩書きを付けさせたのか。


 貴族は国の有事の際に働く義務がある。奉仕活動や慈善事業、はたまた戦争などに参加しなければならない。俺は飼い犬という体面でいるということだ。だから首輪をしているから安全だと、そう思わせる意味もあったんだろう。


「でも貴族にするのはやり過ぎな気がするんだよな。どうなのよ貴族がゴブリンって。国民が納得するかね」

「いやいやお言葉に甘えましょう、グレンさん。貴族になんてなりたくたってなれないんです。その資格があるんですからなった方が良いですって。手柄を立てたんですから」


「そうだぜゴブリン。何謙虚ぶってんだよ」

 大股で乱入する輩から、そんなお言葉を頂いた。俺とアレイクは振り返る。


 新緑の草原のような短い髪。高価な鎧を纏った切れ長の美青年。

 勇者カイルが、墓所の俺達の元へとやって来る。


次回更新予定、4/30 0:00

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