俺の勉強、魔力とは
この世界へと送り出される直前、あのアホ女神は言っていた。
転生した者は他にもいる。力を合わせてやっていけ、だったか?
前から推察はしていたが、俺が持っているスクロールと名付けた己の数値を見る事が出来るこの羊皮紙が他にも見つけられなかったことからして、この世界の技術では作成不可能な代物なのだろう。転生者の特権とも言える道具だ。
逆に言えば盗み出したり売り出されていたそれを購入する等の特別な事例を除いて、それを所有している者こそ俺と同様に転生してこの世界にやってきた人間だという証明でもあるのだろう。
そしてこの美少年の見習い騎士、アレイク・ホーデンはスクロールを持つという意図を把握し理解したのだ。俺が自分と同じ転生した人間であると。
「そうじゃないかと鉱山の時から考えていましたが、これでハッキリしました。グレンさんも僕と同じ」
「は? 何言ってんの?」
え、と息巻いて話しかけてきたアレイクが固まる。
「これ、拾ったんだけどこれがどうかしたか? 自分の力量が数値化されて便利だから使ってるが、お前も持ってんだなー。テンセイシャ? 何それ?」
「い、いえ! そんな訳ないじゃないですか! この紙は他人には読み取れないようになってるんです! つまり」
「うん? お前のは見せてきた連中が単に読めなかっただけで俺のは読めるんじゃね?」
「そうなんですか!?」
「知らないよそんなの」
「じゃ、じゃあこれは!? ほら! 見てください! 僕のです!」
アレイクは自分の物と思わしきスクロールを慌てて取り出し、目の前で俺に向けて広げる。
俺はそれを受け取り、目を凝らして文字の羅列は、俺にも見て取れた。この騎士のステータスが数値化されていた。
アレイク:LV9
職業:剣士 属性:火 HP:32/32 MP:19/19
武器 鋼の剣 防具 騎士の鎧 装飾 なし
体力:32 腕力:23 頑丈:25 敏捷:34 知力:20
攻撃力:33 防御力:35
なるほど。スクロールは一つ一つが当人専用になっているのか。俺の手に渡ってもアレイクの情報が読める。
「んー、何だこれー? 何も読めないぞー」
「ええー!? ちゃんと映ってるじゃないですかーッ! ……え? 見えてないの? ほんとに?」
戸惑い、ますます混乱していく彼の有り様を面白おかしく観察しながら俺はこの世界とは違った言語で投げかける。
『前世は日本人か?』
それを聞くなり、アレイクが懐かしそうに且つ安堵した表情になった。
『からかわないでくださいよもー! 焦りましたよ!』
久々の日本語だが訛りは無い。泳ぎや自転車のように、染み付いた物は簡単には無くならないんだな。
「グレンさんは元々人間で、転生したらゴブリンになったという事なんですね。だから社会性があるんだ」
「アホ女神のせいか知らんが、不便だよ。この容姿のせいで色々苦労した」
「でしょうね。僕……いや、私の方がまだマシです」
「その言い方だと、何か問題でもあるのか? 見た目も普通に人間だろうし、不細工じゃないじゃん」
俺なんか緑の肌に禿でチビという現代ではマイナス要素のオンパレードだ。
「グレンさんが人間からゴブリンになったという大きな変化があったとしたら、私が変わったのは性別です」
「性別?」
聞き返す俺に、アレイクは頷き、秘密を告白する。
「私、生まれ変わる前は女だったんですがこの通り男になっちゃいました。まるで性同一障害みたいです。現代では男の体に女性の心みたいな人に理解がある時もありますが、この世界ではやっぱり私みたいなのは異端に扱われるみたいです」
なよなよして女々しいなとは思っていたが、前世の女としての精神が持ったまま生まれ変われば当然の事か。なるほど、人がゴブリンになるというケースもあれば女が男になるパターンもあるわけだ。
「お前はどんな感じで亡くなったの? 俺は大学のバイト中にトラックと事故ってな」
「私が死んだのは15歳ですね。生まれつき心臓が病気で、病院生活を送ってました。ドナーが必要でしたが、見つからないまま悪化して……」
俺は事故死で、コイツは病死か。俺より若く亡くなったんだな。
「お互い大変な状況だな」
「ええ。でも小さいころから、少年漫画とかロボットアニメとかよく見ていました。だから魔法とかそういう物に憧れてたんですよ。まさか男になるとは思わなかったけど、此処で身体をこんなに動かせるようになってそういう意味ではよかったかもしれません」
ポジティブだ。見習うべきかもな。ゴブリンになったからってこの先を悲観してたって仕方ないし。
「グレンさんって前世はどんな人だったんですか? ゴブリンじゃない時の顔とか」
「振っておいて何だが、あんまり詮索しあうのは止めようぜ。どうせ、過去の話だ」
生前の名前も、戸籍も、身分も、経歴も、此処では意味がない。事情さえ分かるだけで良いんだ。
「あ……ごめんなさい。触れられたくない物だってありますよね」
いや、お前の話の方がヘビ-だし聞くべき事じゃなかった事を聞いちゃったからな。しゅんとした態度が弱々しいというか、知っている分その仕草に女の子っぽさが残っているのを感じる。でも男だ。
「俺は自分と同じ転生者と会うのは初めてだが、お前は俺以外の転生者に会ったことあるか?」
「グレンさんが初めてです。この不思議な紙が私のように特別生まれ変わった人にだけ与えられた物だと思って、同じ物を持っていたグレンさんに聞いたので」
「俺達だけって事は無いかもな。他にもいるかもしれない」
彼……彼女としておくか。彼女だけでなく身の周りにも実は転生者がいる可能性があるのを視野に入れておいた方がいいな。俺の事情を汲んでくれて、仲間になってもらいやすい筈だ。
「ところで、グレンさんはこの世界に来てどれくらい経ちますか? わた……あ、気色悪いですよね……僕にします。僕は16年、前世より男でいる方が長くなりました」
「ん? 転生したのって、赤ちゃんから?」
「え? そうじゃないんですか? グレンさんもゴブリンの両親から産まれたとか、沼地の家で育ったとか」
「いやシュレックじゃねーよ! 沼地の家になんて住んでねぇ!」
どういうことだ? 俺とアレイクの転生する状況が異なっているぞ。
「この世界に来たのは一カ月と少しだ。この身体で目が覚めたって事は多分転生した時からこんな感じだし、育てた親なんていねぇ」
「ええ? 初めからそんな大きさで転生したんですか」
嘘を吐くタイプじゃないし、自分が不利になりそうな事すらペラペラと話しそうになるような奴だ。嘘偽り無く話してるだろう。
「転生の仕方も、前世との相違点も、そして死に方もバラバラか」
先日の検査で引っかかっていた話、俺はどのゴブリンにも該当せずそれでいてその多種の共通部分をそれぞれ持っているという事。
これはおそらく転生させる神の仕業であるとは思っているが、それには意図を感じる。俺をゴブリンにして、彼女を男にした事も。
考えられるのは、この世界に送り出された前提条件。俺は生前において善悪の天秤が水平だったが為に天国へも地獄へも送られなかった。アレイクもおそらく、長らくの病院生活では不幸なだけで善行をする事も出来ず悪行を為さなかったが為にこの世界へと送られたのだろう。
だとすれば神という概念と対面しておいて信仰も糞もないが、宗教紛いの思想で言えばこれは試練みたいな物ではないかと俺は考えた。俺も自覚があるが楽に生きさせては、障害なく善行を稼ぐだけで楽に天国へ行けてしまうのだから。
地獄への入り口は広く安易に入れて、天国への門は狭く苦難が伴う。あくまで推測だけどな。
はっきりしない以上、アレイクにはこの話は此処までにしておくか。
「とりあえず、脱線したから戻すぞ」
「魔法を教えるって話でしたね」
事前にアレイクが転生者だって情報があったのは実は助かる話だ。
まだこの世界の考え方や事情が完全には掴みきっていない。生まれ育ったこの少年騎士なら、現代との認識のズレを指摘してくれるだろう。
何より、現代被れのニュアンスで教えてくれた方が理解しやすい。
「そもそも、この世界の魔法ってどんな原理なんだ?」
「基本的には、体内の魔力を放出して大きな自然現象を起こす全般を指します。だから火、水、地、雷、風の魔法が代表に挙げられるんですね」
「その魔力っていうのも詳しく頼めるか」
「はい。グレンさんは日が浅かったんでしたね、失礼しました。一からお話しします」
アレイクは鉱山内部で明かりを灯した時のように、手から小さな火炎を出現させた。
「この世界には人や生き物に魔力という概念があります。自然にも存在し、酸素と同じように人はそれを吸収しているんです。グレンさんもステータスを見ているのでご存知だとは思いますが、MPが時間を経て回復しているのは減った魔法用の魔力を周囲から吸収してる為です」
「魔法用、ってことはそれ以外もあるのか?」
「魔力はカロリーのような第二の生命エネルギー、とでも解釈してください。人間や魔物はこれを蓄え、強い身体能力を得ています。魔物を倒して経験値を貰いレベルが上がるというのも、相手の魔力を手に入れて身体を強靭にしていくという原理があるからなんですよ」
「へぇ。じゃあさ、自然の魔力を吸って行けば勝手に経験値が蓄積されるとか」
「あー、それは人間には無理っぽいですねぇ」
魔力には肉体の生命活動が絶たれる時、自然と大気へと抜けていく。その時付近に強い魔力があればそこに引き寄せられる性質があるそうだ。これが魔物を倒して強くなる理屈らしい。
「攻撃として自然現象に変える部分の魔力は人の体で言う脂肪みたいな物、といえば分かりやすいでしょうか? だからMPとして枯渇するし、尽きても生命維持の問題とは別になる」
「都合が良くて便利な存在だな。魔法として放った魔力は自然現象になって経験値として吸収する事は出来ない、と」
「そして、魔力を蓄える器にも基本的に傾向があります。肉体が強い代わりに魔法として放つキャパシティーが低い、要するにファイターなタイプ。これが戦士や剣士の分類ですね。そういうタイプはMPを魔法という自然現象を起こす事には使わず、代わりにその分を身体能力の強化に利用し瞬間的に爆発させる動きを見せる……これが闘技です」
「そして肉体はさほど強化されず、自然現象として起こせる魔力の容量の方があるのが魔法使いタイプって事だな」
魔力回路、という単語とその話をすり合わせれば、その体外への放出を行う為の器官なのだと合点がいく。
「両方をバランス良く出来れば万能じゃん。よくある魔法剣士、みたいなの」
「それは魔力のキャパシティーの割り振りでいえば器用貧乏になりますね。肉体は特化したファイターに劣りますし、魔法の魔力も恐らく中級以上を扱うのが難しくなるかと。レイシア副隊長を参考にしますが、あの人も高い身体能力と魔法の魔力を持っていても上級魔法を一つ使うだけで相当な労力を要しました」
くっころ騎士も器用貧乏なタイプなのか。アイツも岩竜戦で強そうな魔法使ったらグロッキーになってたしな。
「俺は魔力の傾向で言えば多分ファイター向けなんだろうな。魔法扱えるかなー」
「でも、戦士や剣士でも魔法が使えるだけで大分闘いとしては有利になるそうですよ。遠距離攻撃が出来る訳ですから、戦術の幅が広がるでしょうし。……なので、早速」
そう言ってアレイクは持ってきた荷物を漁り出す。
「これで確かめてみましょう」
「……んん、何コレ?」
「体外に放出する魔力を測る為に必要なものですよゴロリさん」
惚けて裏返した俺の声に、見た目は少年中身は女のアレイクが乗りつつ出したのは砲丸のような石だった。




