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俺の犠牲、盤上遊戯は続く


「キャハハハハ、アハハッハハハッアハハハヒャ! アハアハアハハハハハハハハハハハ!」

 絨毯爆撃に成功したグリフォンの高笑いが、無情にアルデバランの城下町に響く。

 奴の狙いは最初からこれだった。戦争なんてただの陽動。王の駒さえ叩ければ、魔物達が制圧されても構わなかった。


「キャハ--ぐげっ」

 飛び去ろうとした鋼の怪鳥に、雷槍が伸びた。レイシアが怒りの形相で細剣の付与エンチャントの形態を変える。貫かれた魔物は、びくびくと痙攣しながらも狂喜乱舞を続ける。

「……アハ、でも勝った。ボクの勝ちだ。これで……」

「もう喋るな!」

 刀身をそのまま引き上げ、スッパリと鋼の怪鳥を仕留める。しかしネモにとっては少しの損失にもなりえない。


 俺は現場に向かった。その場に民衆はいない。ただ一人、ハウゼンだけが横たわる。

 彼の四肢と胸がグリフォンの放った刃羽に貫かれていた。浅い呼吸を繰り返し、口元から血を流していた。明らかな致命傷。


「ハウゼン、おい、しっかりしろ。おい!」

「……はは。グレン、くん。してやられ、ましたね」

 咳き込む彼の元へ、悲痛に彼を呼ぶレイシアと襲撃して来た魔物を殲滅したアルマンディーダが駆け寄る。

「聖騎士長! 聖騎士長ォ!」

「すまぬ……儂の不手際じゃ、本当にすまぬ!」


 彼女はすぐに治癒魔法を開始した。必死に彼の命を繋ぎ留めようとする。しかし、その深手からして望みは薄い。

「よし、なさいレイシア。私は……」

「駄目です聖騎士長! 望みを捨ててはなりません! 貴方は私を……!」

 嗚咽すらし始める白く発光した少女。女神の片鱗を持つ彼女でさえ、無力だった。


「これで、良いんです、フフ」

「何言ってんだよ、此処までしてやられて何本望みたいな顔してんだッ!? こんなところで終わるんじゃねぇよ神様よォ」

「……こうなる事は、分かっていました、ゴリーヌさんに…予言を頂いてまして、ね……」

 ハウゼンは死期を悟っていた、と。なら、みすみす殺される為に出て来たというのか。


「その通り、です。それこそ、次の……ゴフッ。そして、レイシア」

「ぁあ……聖騎士隊長ぉ。嫌です……! 死なないで……!」

 息も絶え絶えになりながら、涙を流して喘ぐレイシアに微笑みかけた。


「けして……恨んでは、いけませんよ? もう……以前の、貴女ではないのだから」

 微かに何度も頷く彼女の返事を見て満足そうにハウゼンは目を閉ざした。レイシアの慟哭だけが、その場に聞こえ続けた。



 ハウゼンの亡骸にいた俺達の地面に光が射した。今更になって、天から女神が降臨する。

 恨み言を言ってやりたかった。何してたんだよ、と。しかし、これはこちらの失態だ。エルマレフ頼りにする話ではなかった。


「先輩はネモにやられたのですね」

「……見ての通りだ」

「予言通りとはいえ、現世の方々には辛い想いを強いてしまいました。しかしこれはこの先輩自身の願いです。私は彼が亡くなるまで控えるように言われていましたので」


 死者を蘇らせるのは、世界の秩序を乱す事としてあってはならないとステラの時に言っていた。ハウゼンはもう、起きることはない。

 眠るように息を引き取る彼の前で跪き、女神は祈りを捧げるように言葉を投げ掛けた。


「先輩、現世でのお勤めご苦労様でした。こっちで待っていま--」

『ご苦労様とは何事ですか』

「うわぁあああああああああああ?! ごめんなさぁぁい!」

「えぇえええええええええ!?」


 沈痛な空気でいた一同が瞠目した。女神までもがひっくり返った。

 何と、遺体から透明なハウゼンが起き上がり、エルマレフの言葉尻を捉えたのだ。幽体離脱といった感じで。


「は、は、ハウゼェン?」

『どうもグレンくん。驚きました? しかし私を悼んでくれるとは感極まりますねぇ』

 幽体のハウゼンは立ち上がる。そして、残っている肉体を見て飄々と、

『おおー、改めて自分の死に様を見てみるとグロいグロい。やっぱり痛い目に遭って亡くなるって良くない事が分かりますよハッハッハッ--おっと危ないですよ』

「聖騎士ォおおおお! あぅッ」


 涙と鼻水だらけになった彼女は透明なハウゼンに抱き着こうとし、すり抜けて地べたに倒れた。

『すいませんレイシア。この身体ではハグは出来ません。一応死んだ身ですのでね』

「ハウゼン……すまねぇ助けられなかった」

『いえいえ謝罪する事はありません。先ほども言いましたが、これは前もって分かっていた事ですから』


 レイシアはしゃくりあげながらも少し落ち着きを取り戻し、亡霊姿のハウゼンの話に耳を傾ける。

『これからエルが本格的にネモの掃討を始めます。皆さんはそれに従ってください。此処から作戦の開始ですよ。何せ、確かに見事に王手を取られてしまいましたが別にそれは敗北ではありません』

 人差し指を立てて、彼はネモの勝利宣言に対して言いのけた。


『貴方達は私だけの駒ではないですからね。皆さんがいる限り、盤上遊戯は続いています。ましてやエルがついているのだからまだまだ終わりませんよ』

「でも、野郎をどうやって倒せば良い。アンタが死んだ上での作戦って」

『彼は私という存在をすぐに排除したいあまり、事態を逸りました。死期を悟っていたからこそ、私はその結果を逆手に取ることにしたんです』

 転んでもただでは起きぬ。彼らしいやり口だ。しかし何を仕掛ける気なのか分からない。あの世では手が出せないからハウゼンは現世に肉体を経て降りたというのに、それが元の木阿弥になったとしか思えない。


『詳しい話は女神に聞いてください。私はそろそろ天に帰らねばなりません。後は、生きている人々にお任せします』

「……行っちまうのか」

『こればかりは仕方ありません。まぁ嘆く事は無いです。この通りあっちでものんびりやってますから。君も、他の方々も天から見守る事としましょう』

 ふわりと浮いた彼が徐々に空を昇り始める。瀕死だった時とは打って変わり、いつもの穏やかな口調で今生の別れを口にした。


『レイシアも、もう憎しみに囚われてはなりませんよ? せっかく前向きに生きられたのですから、私は私の復讐を望みません』

「……はい、分かりました。お元気で」

『ええ、でしたらもう心置きなく地上から去る事が出来ます。此処にはいない方々にもよろしく伝えてくださいね。あ、出来るだけ悲観的にならないようにとも。湿っぽいのは苦手です。あーあと私の死体は土葬より火葬がお好みですねぇ。ああそれと盛大な葬式をやるのは辞めてほしいですかねぇ。身内でこっそり、ってやつです。……身内いないんですけどね! おっとそういえばティエラ王女に貸していた小説とかありましてね、いっそのこと全部彼女に--』

「未練たらたらじゃねぇか!」

『ハッハッハッ。愛着がありますから。それでは今度こそ、さよーならー』


 やがて、青空に透けていくハウゼンはにこやかに消えていった。殺されて亡くなったとは思えない程、晴れやかに。

 見上げながら、俺は女神に尋ねた。

「ハウゼンはまたこっちに来ることは出来ねぇのかな」

「肉体をもって降りた以上、貴方達が生きている間は難しいでしょう。私のように降臨するにしても、干渉する権利を既に使ってしまいましたから当分は……」

 次に会えるとすれば、あの世に行く時か。寂しくなるな。


 だが戦争は終わっていない。切り替えろ、俺は頬を叩いて活を入れた。

 レイシアも既に覇気を取り戻し、そしてエルマレフに向いた。

「女神エルマレフ、貴女の作戦とやらをお伺いしたい」

「はい。遂にこの時が来ました。ネモをこの世から排除する為の策をお伝えします」



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