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俺の戦争、総動員


 荒野の奥で砂煙の津波が前方の視界を徐々に埋め尽くしていく。それがこちらに到達するということは、魔物群の会敵を意味する。

 俺達も編隊を組んで待ち構えた。亜人騎士冒険者と人種や属する立場もまるで異なる者達は、一丸となってこの場にいた。


 総力戦が遂に始まる。突撃の号令と共に雄たけびが地を響かせた。

 獣人は野生の血を沸騰させるように殺気立ち、竜人は完全な竜形態の姿になって空へと飛び出した。

 騎士と傭兵らは持ち前の統率力で前線を尊守する。魔導士達も後方から敵陣目掛けて既に魔法攻撃を開始した。


「ォおおおおおお!」

 その先陣に混ざった俺は、跳躍して大型の魔物めがけて拳を降り下ろした。

 標的はリンドブルム種。かつて岩竜と呼んで相対した同じ種別の野良ドラゴンのかしら崩拳ほうけんで地面に叩き落とす。


朧火乃鉤爪オボロビノカギツメ!」

 徒手に纏った炎爪を伸ばし、その顔面を鷲掴みにした。前回と違い、一方的に屠るだけだ。


 グッと拳を作るとそれに連動し、トマトを握りつぶすように一瞬で粉砕。そのまま前方に向けてぶん回した。

 範囲にいた敵軍を掻っ攫うように一掃する。地平が灼土に焦げた。しかし、新手の魔物達がせっかく開けた空間を埋める。


「独りで突っ走るな! 危険だろ!」

「お前がフォローに入るの分かってたのさ」

 地面に着地している間に、白の雷撃で次々と死体を積み上げていくレイシアが叱咤する。彼女の雷電の太刀に触れた相手は、ことごとく二分されていった。


 炎と雷が飛び交う此処だけでなく、戦場には様々な様相を作っていく。

 遠い場所では、氷山が度々発生して崩壊するのを繰り返していた。恐らく魔物達が次々と凍結して粉々にされているのだろう。ロギアナの奴張り切ってるな。

 空中では飛竜や怪鳥が何十匹も飛び交い、飛翔した竜人が羽虫を叩き潰すように撃墜する。

 またあるところでは俺では起こせない轟音が轟き、像の如き巨躯のある魔物すら宙を舞っていく場面もあった。黒き竜人オブシドが怪力乱神となって敵を蹂躙しているのだろう。

 他にも矢や魔法の雨あられ、砲術まで駆使してどうにか魔物の進軍を抑え込んでいる。


 が、数の差は向こうが圧倒的だった。反逆者の親玉が生き物をおびただしい魔物にしやがった。生態系を滅茶苦茶にする気か。


 

「ペテルギウスからの増援です!」

 別の方角から、鎧の軍勢がこちらに駆けつけていくのが見えた。良いぞ、戦局の乱れを整えやすくなる。


「ブロロロロロォ!」

 横の方で戦線にいた兵士達の悲鳴。黒い塊に何人もの人が跳ね飛ばされていた。

 ブラックブル。3メートルの巨躯を持つ黒き殺人猛牛が易々と人の波を突破する。不味い、アレは止めないと被害が出る。

 レイシアも手をかざしたが、援護をすることが出来なかった。今の状況で黒牛に魔法攻撃を放てば仲間を巻き添えにする可能性が高い。あの暴君を止めるには直接動きを封じる必要があった。



 が、そのブラックブルの進路から影が通り過ぎた時、堅牢な鎧を突き刺してしまえる程危険な二本角が根元から断たれて土に頭を垂れた。苦痛を孕んだ嘶きがこっちにまで届く。

 角だけではない。前足も大きな切り傷を負わせ、移動不能にした。しかしまだのたうち回わる猛牛に影は再度襲来する。

 激しく揺さぶる頭部に乗り、脳天目掛けてトドメの一閃。貫かれた魔物は息絶えた。


 正体は、白い衣を纏った人--竜人だった。薄い白桃の髪の女性が、こちらを振り返る。

「遅くなりました旦那様」

「パルダッ! 帰ったか!」

「私もおりますぞ兄弟子様っ! このダックスハント、助太刀する!」


 S級の二人が戦場に駆けつけた。非常に心強い。

 いやS級の応援は彼女達だけでない。更には俺と一度相対した者達もこの戦争に加わった。


「やぁグレン! 今回は味方だ、存分に振るわせてもらう」

「まっ、勝ち馬に乗るのは世の常ってもんだからね」

 大剣を担ぐ鉄鋼のガルガ、双剣で高機動を持った兎牙のバニィらもペテルギウスの増援と共に大暴れする。


「パルダぁああああ!」

 なんて好調になりつつある戦場で味方から怒鳴り声があった。闘牛の亡骸から降りたパルダが、その呼び声に身を竦ませる。

 進路にごった返しになっていた魔物を千切っては投げて進みながら、オブシドが迫っていた。おいおい、こんな時に内輪もめか。

 ちなみにさっきまで強気でいた兎の獣人バニィもその怒声に『ヒィイ』と情けない声を出し、ガルガの背に隠れた。トラウマでもあるらしい。


「オ、オブシド様……」

「遅いぞォ、今まで何をしていた、未熟者」

 ビクつく彼女の前に辿り着き、魔物の血で濡れた竜人は険しい雰囲気で見降ろしていた。別の意味で止めに行こうと思った矢先、


「……心配をかけさせるな」

「え」

「皆がどれだけ貴様の安否を気にしていたと思う。二度と同じ失態を繰り返すな」

「あの、オブシ……」

「良いなッ、二度とだ!」


 それだけ言い捨てた彼は背を向けて元の場所に戻って行く。その背には、何かを堪えようとする葛藤が窺える。

 多分皆というより、彼が一番……

「……はい」

 間を置いて、パルダは面持ちを緩めて小さな声で呟いた。竜人の聴力なら、この騒ぎの中で少し離れたくらいでも聞き取れるだろう。


 ああ、戦場なのに心が空く。争いが好きなわけでも、犠牲や血を見るの気分が良い訳でもない。

 ただ心苦しい戦争を経験していたからか、共通の敵から未来を守る為に皆が前を向いている事がすげぇ嬉しい。


 そんな余韻に浸っている内に立ちはだかったのは、熊の怪物。最初に俺が遭遇した強敵、マッドベアだ。それも3体。獰猛な唸りと共に一斉に襲ってきた。

「温まって来たぜ、俺も」

 身も心も高まっていた。俺が出来るのは、仲間を脅威から少しでも守れるように全力を尽くす事。存分に振るってやる。


 多連崩拳たれんほうけん。猛獣達を瞬く間に蹴散らし、更に前へと進み出る。

 各々が破竹の勢いで魔物の有象無象を徐々に制圧し、魔物達は数を徐々に減らしつつあった。


 これならいける。ネモの放った敵に押し潰されはしない。


『グレンさんッ!』

 悲鳴に近い、アレイクの呼び掛けが俺の脳裏を貫いた。テレパシーがやって来た。


 どうしたッ。戦場で立ち止まった俺は、周囲に気を配りながら少年騎士に返事を飛ばす。

『今! 飛翔型の魔物が空から防衛線を通過し、何匹かがアルデバラン城へ向かいました! 早く止めないと城が! 闘えない皆がァ!』

 何だと?! 此処に来て不穏な知らせを聞き、焦燥が胸を駆け巡った。

 その精神の声をパルダも聞いたのか、完全竜化したパルダがレイシアを背に乗せて俺の元に。

「行きましょう」


 分かった、こっちで何とかする。そうアレイクに二つ返事を返し、白竜に飛び乗って俺達は戦場から踵を返した。戦場はオブシド達でも大丈夫な筈。

 パルダの足は、空の竜よりも早い。疾風となって全速力で引き返す。城にはアディがいる。俺達が辿り着くまでにどうにか防衛してくれることを祈った。




 遠目で見た王城は、煙が立ち昇っていた。その上空で、火の線が走っている。紅き竜が闘っていた。

「クソッ。既に襲われてやがる、急いでくれ!」

「ハッ」

 四足で地を疾駆する歩幅が、更に早さを増す。彼女の限界を越える程の動きだ。


 城門を背に乗ったまま突入し、内部の状況を一巡する。損壊はさほどではない。人々は逃げ惑う真っ最中で、頭上には魔物達がアディ達竜人の防衛により攻めあぐねていた。

 パルダの背を降り、屋根を飛んで、俺も対空攻撃に加勢した。水の付与エンチャント矢を籠手弩ガントレッドボウから放つ。当たった標的は、鎮静の特性で飛行能力を奪われ落ちていく。


「グレンくん! 助かります」

「馬鹿! お前狙われるぞっ! 屋内に避難して……いや、魔物にそんな知性は無いから、コイツ等なら大丈夫か?」

 避難誘導していた聖騎士長ハウゼンは眼下にいた。この反逆者との戦争で、神様である彼はある意味国王や王女ティエラよりも大将として扱われる。故に戦線から指揮を執らずに控えていたのだ。


「そうもいきません。街の人々の危機を差し置いて、私だけ身の保身に走っていては--」

 クスクス。屋根にいた俺の頭上で、子供達の忍び笑いが聞こえた。


「グレンすまぬ! 討ち漏らした!」

 振り返ると鋼の弾丸が、急降下した。俺に一直線に飛んでくるのはアイアングリフォン。銀色の怪鳥。

 獲物を狙う鷹のように両翼を畳んで迫る。たとえ矢を放ってもあの勢いは止められないだろう。


 防御か迎撃か、その二択を迷っていると微かに進路を変えた。

 そのまま俺をすれ違い、翼を大きく広げてブレーキを掛ける。対応に、遅れた

 狂喜した言葉は、怪鳥から発せられた。小人が乗り移っているとでもいうように。


「はぁい王手ェええええええええええ!」

「しまっ」

 羽ばたく怪鳥から散弾銃のような勢いで羽が撃ち出されていく。それらがハウゼンに襲い掛かった。



 無数の鋭利な羽根が、殆ど戦闘力の無い彼を容赦なく貫く。眼鏡が吹き飛び、鮮血が舞う。その一部始終が、酷くゆっくりと流れる。

 俺の絶叫と同時に砂煙と爆発が街道を埋めた。



「ハウゼェエエエエエエエエエエエエンッッ!」


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