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俺の補助、英雄の付与闘技

 気付いた時には新緑の地に立っていた。此処は何処だ。唯一分かる事と言えば、

「また、夢の中かよ」

 あやふやな記憶を探り寄せつつ、無意識に頭を掻いた。そこで、違和感に気付いて硬直する。

 ふさふさとした感触があった。髪があった。その手を降ろして目に留める。

 

 見慣れた緑の肌が人と同じ色に染まっていた。人間の腕になっている。

「クソ、こりゃ過去の時代に入ってんのか」

 既に戻れる筈の無いローグとしての自分になっているのを自覚して、げんなりとした気分に陥る。今回は明晰夢といえば良いのか、夢を夢であると理解している。とっとと起きねぇと。


「パパー! こんなところにいた!」

「トリシャ?! お前、どうして」

 ラベンダー髪の少女が嬉々として駆け寄って来た。信じ難い事が二つ。

 彼女は人の姿をした俺を父だと認識している。何より、日頃から頭に着けているヘアバンドが無くなっていた。本来なら額にある刻印を隠す為にしているのだが、その必要がなくなっていた。呪いの消えた綺麗なおでこだった。


 いや違う。これはまやかしだ! 否定しようにも、立て続けに、


「探したぞいグレン」

「全くお前という奴は、主役のくせに席を外すとはけしからん」

「そうよ祝宴ほっぽいて何してんのよ」

「アディ……! ロギアナ、レイシアまで。それに祝宴?」

 此処はコルト村のすぐ外だった。過去の自分が現在の皆に囲まれる、そんな異様な光景。

 それだけじゃない。


「……反逆者を全て討伐し、それによって女神エルマレフに恩赦が貰えただろ? ついでにお前が人間に戻れた大祝いをやってる真っ只中だぜ?」

 俺は息を呑んだ。此処にいてはありえない人物が混ざって来たからだ。


 赤毛に長身の騎士オーランド。彼はヴァジャハの死の力によって殺された筈だった。

「どうした英雄殿、死人が蘇ったみたいな顔して」

 蘇ったも何も……

「何をボーッとしてんだよ。日和り過ぎだ馬鹿。まぁ、確かに色々あったからな。お前と会ってから飽きないよホント」

 かつて己に死が迫っていたことなど露知らずのように、ケロッとしていた。


 気が付けば、首には偉業を成し遂げたと認められたと思わしきメダルが提げられていた。英雄の業績を称えた言葉が刻まれている。

 今までの問題が軒並み解決され、報われた世界。俺は過去を赦され、人に戻り、呪いは解決し、身の回りの人々が無事に今も暮らせる幸せの時間。


 こんなの夢に決まっている。都合の良い出来事が連鎖し過ぎている。

「パパ大丈夫? 戻ろ?」

 知らず知らずの内に胸の中が満たされていた。これが嘘偽りで、信じてはならないと頭では分かっているのに。


 抗いようもなく、祝宴の中へ俺は皆に連れられる。

 騎士も、亜人達も、参加した市民までもがその場に現れた俺を見て喝采を広める。

 オーランドとレイシアが並んで何かを話していた。良い雰囲気になっていた。

 アレイクは相も変わらず、食べる事に没頭。隣でエルフのプリムも身をくねらせている。

 酒の飲み比べ勝負でヘレンは大健闘、弟クライトが囃し立てるように周囲と楽しんでいる。

 じゃれついていたダックスハントがパルダの給仕の邪魔をしていた。各々は自由気ままな様子だった。


「ロー」

 懐かしい声が聞こえた。猫人の女性が俺の元へ。彼女は、死んだ筈……

「あ、いや。今はグレンだったね。こりゃ失敬失敬。何処行ってたの?」

「…………ミリー」

 消え入りそうな声に、黒耳を立てる。窺うように、

「ん? 元気無いぞー? ほら、励ます為にミリーさんが隣にいようじゃないか」

「ぬぁああこれよさぬか! 何を引っ付いておるんじゃい! 儂の旦那じゃっ」

「にゃはははのはー。こっちはあたしの特等席なのだー。愛人枠ー」

「ブー! パパから離れろ泥棒猫! ブー!」


 三人が平和に揉めてる中、俺は滲む視界をどうにかしようと虚空を仰ぐ。

 幸福の誘惑。どんなに辛い事に耐えられる者であっても、これには堪えられない。


 これは現実じゃない。そう言い聞かせている自分の意思が、緩み始める。

 夢であっても、ずっとこのままで--


 --ギイィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイッ。

 けたたましい悲鳴が、耳を貫いた。耳鳴りが残るほどに、大きかった。

 だが、周囲の誰もが気付かない。俺だけが、聞こえている。


 現実で、誰かがあの怪鳥と闘っている。頭によぎった考えで、我に返った。不味い、この状況に呑まれ掛けてた。

 拳を握る。此処にはいるが此処にいないトリシャは、未だに眠りについている。アイツの呪いは、本当は解けていない。これは、俺が望んでいるだけの幻想。そう幻なんだ。



「グレン?」

「パパ?」

「ロ……じゃなかった、グレン?」


 一様に俺を見る女達。何の疑いも、不安も払拭された視線であった。いたたまれなくなる。この均衡を、俺は崩さないとならない。

「……行かないと」

「む、何処に行くのじゃ?」

「皆が待ってる場所に」

「皆は此処にいるよ?」

「違う。此処じゃないんだ。ごめん」

「あ、待って、トリシャを置いて行かないで」


 腕を掴まれて引き戻されそうになる。こんなに満たされた世界から離れようだなんて、信じられないと言うように俺を連れ戻そうとする。でも、踏ん張った。

 ごめん。ごめん。ごめん。


「グレン! 何処へ行く! グレェン!」

「パパ!? パパーッ」

「あたしも行く! だから--」


 後ろ髪を引かれるような、断腸の思いで俺はその手をすり抜ける。後ろで、悲し気に俺の名を呼び続ける。もう振り返らないように俺は走り出した。




 世界が、暗転する。

 暗い景色に俺は戻って来た。奇声は続いていた。

 頭部の残った怪鳥の大きな眼に刺さる刀身。血の涙を流して身震いをしていた。


「おお! やっと起きたかゴブリン! 早く手伝え!」

 勇ましく、一人で反逆者と相対していたのはなんとヘレン。乱暴に刃を引き抜き、俺に応援を求める。


 身体を起こした周囲では、まだ皆は鎮静の力に屈していた。羽の津波は消え失せている。

「お前、何で平気なんだよ」

「ゴブリンもいい夢見ていたのであろうなッ! 俺には効かぬのだ! しかし、幾度も兜割りを続けてやっとダメージが入ったかこやつめ!」

 浮遊するだけで怪鳥はどうやら身動きが取れないらしい。催眠を乗り越えて接近戦に持ち込めれば、後は仕留めるだけ。


「忘れたかゴブリン、俺は夢を見ない。現実で見るからだッ!」

「--ッ。ゴリーヌさんの……!」


 まさか、この事を意味していたなんて誰が考え付いただろうか。自力で幸福の夢を破った彼が攻撃をしていなければ、俺も起きる事は無かった。

「チィ! また堅くなった。兜割りは繰り返す事で威力を増す闘技とうぎであるのに、このままでは魔力が足りなくなるぞ!」

 ピッケルをつくように、ヘレンは剣を振るっては弾かれるを繰り返す。息が、あがっていた。


 立ち上がった俺は、その場に向かう。そして振りかぶっていた柄を抑え、一旦攻撃を中断させた。

「何だ?! 加勢するならまだしも邪魔をするのか!」

「違う、手を貸すんだよ」

 反逆者は、同類や転生者といった存在からの攻撃が大きな有効打になる。真人間のヘレンの攻撃では効果が薄い。だが今回活躍した立役者に、手柄はくれてやる。


「俺の魔力を使え。そうすりゃあ」

「むおっ!?」

 ヘレンの持つ黒い剣に俺の火が纏われた。付与エンチャントだ。

「野郎を仕留められる。次の一撃で決めろよ」

「余計な真似を……! 今回だけだぞ!」


 二人掛かりでの付与エンチャント闘技とうぎ。高々と掲げた炎剣を袈裟斬りにした。

「--紅蓮ぐれんッ」

「--兜割りィいいいいいいい!」


 斬り込まれた大怪鳥は断末魔と光の粉塵を吐き出した。羽毛が舞い、爆散する。

 反逆者はあっけない最後を迎える。深淵の中での騒ぎが静まり返った。

「……終わった、のかゴブリン」

「多分な。……あ」


 これから先の事を考え出した俺はすぐにその末路に想像がつく。

 全速力でその場から踵を返す。まだ眠りについている皆の元へ急いで近づく。

 コレはこのままじゃヤバイだろ。すぐに俺が予期した事態が起こり始めた。


 閉ざされた夜の結界に、天の光が射した。虫食いのように次々と穴が空き始める。上下左右、辺り構わずだ。

 この空間は反逆者が倒されると自然と消失する。ヴァジャハの件で経験済み。

 問題はこれが地上から遥か離れた天空にあるという事。つまりだ、


「おおい! 起きろぉおおおおお! 早くしねぇと落ちるぞッ! アディでもオブシドでも良いから起きてくれェ!」

「……むにゃむにゃ。……はよぅ誓いのキスを……」

「寝惚けてる場合じゃねぇえええええ!」



 直前でようやく目を覚めた竜人によって、俺達は無事結界から脱出する事が出来た。

 これで『灰の雨』は止まった。いずれ催眠に陥った皆も目を覚ますだろう。


次回更新予定日、5/5(金) 7:00

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