俺の追憶、憤怒のローグ
ゲリラ更新になります!
続きは明日!
暗淵の世界へするりと侵入に成功した。此処からは敵の腹の中だ。
迂闊に内部を飛び回るわけにもいかず、結界に入ってすぐに俺達は降り立つ。此処は地上から遥か離れているというのに、足を着けることが出来ている。
むしろ上空である事を忘れる程、先程まで身体を吹き付けていた風もなく無音が支配している。
足場も黒。周囲も黒。天も黒。陽光が微塵も差し込まない。
ヴァジャハの時も、結界の中が外が昼間でも真夜中のように真っ暗だった事を経験に活かして松明を持ってきておいた。軽く火の吐息をアルマンディーダが吹き付けて、照明にする。
しかし周囲を照らそうにもただ、視界が広がるだけで何も確認出来ない。進めば壁に突き当たれど、出口なんてやはり無いのだろう。
「油断すんなよ。何処に反逆者が潜んでいるのか分からねぇ。進みながら何か妙な物が見えたらすぐに報告しろ」
「手分けしてそれぞれ方向を見るというのどうかのう?」
「ああ、そりゃいいや」
竜姫の提案に乗り、皆に注意する方角を割り振る事に決めた。
「俺は前。レイシアは右。オブシドは左。で、ロギアナは後ろてアディが彼女の護衛だ。この面子で戦列を考えるとこれくらいで良いだろ」
「待てゴブリン。俺は!? 俺は何処を見るのだ!」
「余った。天井でも見てろ」
「酷いであろう!」
こんな状況でも緊張感もなく抗議をする未来の英雄ヘレン。仕方ないので松明役にした。
外観では確か数百メートル程度の規模であったが、捜索には骨が折れそうだ。なんせ現在地もあやふやになりそうな場所だ。虱潰しに進む方角を変えて、一度来た地点に気付くように何らかの目印を残して置いた方が良いだろう。
しかし、そんな工夫は無駄であるとすぐに分かる事になった。少し前を歩くと、闇の先で何かが点として目に見えた。
青白い蛍光が、遠くで灯っていた。俺達はそこを頼りに警戒して進む。此処からでは正体が分からない。
近付く程に皆、言葉少なげになっていき、灯っていた物のシルエットが徐々にハッキリし始めた。
「……鳥?」
到達まであと100メートル程の距離で俺達は発光体の姿に足を止めた。
ポツンと闇の足場から生えた止まり木を掴み、羽毛を持った塊が鎮座していた。
青白いオーラのような物に包まれ、10メートルの大きさはあろう怪鳥。丸々とした頭部と、左右の耳角が生えているのでフクロウというよりミミズクに似ている。
これが反逆者? 魔物ではないかと思ったが、こんな所に一体だけポツンとしているのだとすればコイツがそうだとしか考えられない。
大怪鳥は俺達の接近にも動じることなく、ただうつらうつらと瞼を閉ざしたまま舟を漕いでいる。居眠りしてやがる。
「グレン、アレは敵と判断して良いのか」
「ロギアナ。お前の鑑定眼でどう見る?」
「……分からない。ステータスがぼやけてて、読み取れない。阻害と言えばいいのか、こんなの初めて」
「どちらにしろ普通の生き物じゃないって事は間違いなさそうだ」
「奴がケセランバサランを撒いていたに違いない! 羽根から出ていたのなら納得出来るのだ!」
これだけ会話をしていても反応が無い。一見不用心……いや、無抵抗にも見えるが油断は禁物。
「やろう。その為に俺達は此処に来たんだ」
まず距離をとって攻撃を仕掛ける。それが駄目なら接近戦に持ち込もう。
銀髪の魔導士は、火炎と岩石を発生させて複合。光る白髪を揺らすレイシアが、閉ざされた結界の天井に雷鳴を呼んだ。アルマンディーダも再び竜化して、神炎を生成した。
「熱岩爆砕砲」
「輝く天雷の光刃!」
「神炎の竜火砲!」
溶岩のとろける岩塊を回転させた弾丸が射出される。
断罪の天の刃が怪鳥の頭上に落ちた。
赤き光芒の柱は、標的を呑み込む。
そうして三者の最大威力を誇る遠距離攻撃が、怪鳥を襲う。耳が割れそうな轟音が生じた。大爆発が巻き起こる。
爆風に押されながら、その成果をいち早く目の当たりにする。
--ホォ。
嘶きが静けさを取り戻す前に、前方から聞こえる。煙の暗幕の向こうで大きなシルエットが残っていた。
止まり木に留まった大怪鳥は、依然としてそのままの姿勢で居座っている。外見からして、全くの無傷。
「効いてない……!?」
「あれだけ浴びせたのに、どうやって凌いだんだ」
「こりゃたまげたのう」
当人達にとっては全力の一撃だった。それを易々と防がれては、悪戦が予想される。
魔法攻撃に対して何かしらの防護を張っているのなら、接近戦しかない。
俺がそう考えを改めていた時だった。
目を瞑っていたミミズクの瞼が、ゆっくりと持ち上がる。起きたか。
「うッ?!」
その不気味さにロギアナが呻いた。その鳥の瞳があまりに大きく、単眼だったからだ。嘴から上の面積をそんな一つ目が占領していた。
寝惚け半分のように腫れぼったく、線の入った黄土色の瞳孔が俺達を捉える。
俺達の視線が、その開眼の変化に目を取られていると、
--ホォォォォ。
その大きな瞳が紅く妖しく、瞬いた。しまった、そう思った時には遅かった。
俺を含め、全員が身体の自由が利かなくなった。目を合わせていたのが災いし、催眠に掛けられた事に気付く。
皆が傍らでバタバタと倒れていく。俺も最後に糸が切れたみたいにその場に崩れ落ちる。意識が、遠のいた。視界に映る青白いミミズクの姿がぼやけ、思考が痺れて暗くなっていく。
ち、くしょう。
夢うつつに見えたそれは、心当たりの無い誰かの記憶--
手入れの行き届いた芝生を踏みしめる大勢の足。見るからに平民よりも高貴な人々が集まっていた。品評会や情報の交換、コネクションの獲得など様々な思惑が交錯する。
王族が関わっていない為か、そこまで絢爛豪華とは言い難い野外での社交の場。少年はその場で少し年上の兄の手を繋いでいた。
そんなに怯えるなよ。はにかむショートの銀髪を持つ兄エリオットは、こういった場に慣れているのか弟である少年を宥めている。しかし少年は今にも泣き出しそうにえぐえぐと喘ぎ続ける。これほどの人数の大人がいる場所に放り込まれる事が産まれて初めての経験だった。
少年の父も積極的に交流を図り、やがて自らの子供達にも自己紹介を促した。兄は丁寧にお辞儀し、少年も挨拶を求められる。
遂に泣きっ面が決壊しそうになった。未だ幼い少年に大袈裟ながら過度なストレスが掛かる。
その時だった。スイッチが切り替わるように、少年の脳裏には本来ある筈の無い知性と記憶が駆け巡る。
気の弱い少年の乱れていた呼吸が、スゥとたちまち整った。
自分が何をすべきなのか、優先させた少年はまず顔を繕う事にしました。限りなくにこやかに、好感を持てるように。子供の無垢さをアピールポイントに出来るように。
……初めまして、ローグと申します。
挨拶の後、ふと手元に身に覚えのない紙束が知らず知らずのうちに収まっている事に気付く。それは己以外誰も読む事の出来ない特殊な羊皮紙だった。
その日を契機に、少年は転生者として異世界で動き始める。
次回更新予定、4/26(水) 0:00




