俺の采配、ダックスハントさんじゅっさい
剣と拳。生身と武器が接触するにしては、硬質な音がコルト村近くにある草原の真っ只中で幾度となく巻き起こる。
瓶底眼鏡を取ったシレーヌ研究士が白衣を翻し、レイピアで容赦なく斬り付けてきた。
それを俺は受けている。激しい太刀筋で一方的な攻防が繰り広げられた。
「危なっ。危ねっ」
「オォイゴラァ! 涼しい顔しながら口に出してんじゃねーぞ」
「だって、ねぇ--うぉわっ!?」
柄で顔を狙って来たので握る手首を抑え、間近で視線が交錯する。いやぁ眼鏡をキャストオフすると口調変わるし目つき悪いな。凄い剣幕で睨んできてるよ。
俺は今、直に来る反逆者との対決に備え、付与を見て貰うべくシレーヌに頼み込んで模擬戦闘の真っ最中だ。
「止めんなよォ、でないと付与を防いだことにならねーよ」
「同じ手に引っ掛かるわけにはいかないでしょ」
取手に蒼い霞が掛かっていた。アレを顔面に受ければ鎮静にやられていたところだ。
「ヤバイ攻撃は事前に出掛かりを抑える。それだけでも対処法になると思うんだけど」
「ああん? 言うようになったじゃねーか!」
シレーヌは水の付与の放出を止めた。次いで火花が散る前兆があった、
俺はすぐに手を放して飛び退いた。彼女の細剣--春獅子は雷電に包まれる。雷の付与に切り替えたか。少しでも遅れていたら感電していただろう。
だが、脅威は過ぎ去ってはいない。雷光剣は殺傷力に特化している。迂闊に硬御で受けてしまえば、スッパリ斬り落とされる。
「付与、雷光斧」
同じ属性を付されたハチェットを手に、襲い掛かる雷電の刃を受ける。こちら以上に多彩な攻撃を持つ彼女に対して俺は攻めあぐねていた。
「業火爆砲!」
「水衝甲!」
剣技に加えて彼女は魔法まで使って来る。俺も片手斧を持たない方の手に対属性の付与を纏って打ち消す。
俺が持つ魔力の属性は火、水、雷の三つ。風、火、地の魔法はそれで弱点を突き、水と雷は同属性で限界があるにしろ相殺する。そうして魔法攻撃にもある程度は対応出来るようになってきたが、限界もある。下級ならまだしも中級、上級はやはり厳しい。
「なるほどなァ。だったら複合付与」
「おおいマジかよ。そこまでやるか」
シレーヌは風と水の属性を統合させる。風の特性は加速。水の特性は鎮静。刀身に宿る加速させた鎮静は、やがて周囲に冷気を振り撒いていく。
「烈凍剣! テメーが何処まで進歩してるのか見極めるには此処までやる必要があんだよ」
「……仕方ねぇ」
ハチェットをしまい、両拳を火の付与を宿す。
「まさか紅蓮甲ォ? そんなんで防ぐ気か? それで失敗しただろォが」
「だよな。アレって技の範囲は広いわ攻撃回数多いわで、数を重ねる余裕は無さそうだし、次のステップでいくよ」
「次だ?」
「見てろ。象形付与、朧火乃鉤爪」
紅蓮の炎爪を纏った俺の恰好に、シレーヌは乙女らしからぬほど大口を開いて笑った。
「上等ォ。それがハッタリかどうか、試してやる」
「あー、お手柔らかに」
「そしたら意味ねェだろうがぁあああ! オラァ烈凍剣・流走!」
降り降ろしたレイピアを爆心地に、地面から氷の剣山が飛び出した。前回と同じくしてこちらにむかって襲い掛かる。
避けたり逃げたりしたらせっかくの指南にも失礼か。
交差させた朧火乃鉤爪で防御の姿勢に入る。間もなく、衝撃と激しい蒸気が立ち昇った。
業火は俺を氷柱から守ったまま、維持を続ける。カイルとの戦闘をきっかけに、少しずつだが安定し始めた。怒りに身を任せた発動以来、抑えれば暴発と自爆のリスクを回避出来つつある。
「ふんっ」
俺は徒手を包む炎の手を限りなく細め、本体ではなくレイピア目掛けて飛ばす。冷気に包まれた刀身を掴み、強引に取り上げた。それは俺の炎の熱量が上回ることを意味する。
「なァ?!」
気を取られている内に、生身の俺が全速力で間合いへ詰める。寸止めの拳を彼女に突きつけ、そこで実戦の終わりを決定づけた。
「へっ、ちったぁやるようになったじゃねェかグレン…………ふわぁー、お疲れさまでしたー」
ポケットから取り出した渦巻き眼鏡を装着すると、彼女は三つ編みに似合うおっとりとした雰囲気を取り戻す。もはや二重人格の域だ。
「どうだった?」
「はいー。グレンさんの苦手な魔法への対処はーもちろんのこと、以前とは比べ物にはならない程にー技量の上達が伺えますー」
「だと良いんだがねぇ。ギリギリだったよ」
既にシレーヌの手持ちを幾つか把握していた上で、新たな技で不意を突いた事により有利に立てたが、俺としてはまだまだ危うい局面がいくつもあった。
「いいえー謙遜なさらずー。恐らく全力で闘ってもー軍配はグレンさんに上がったでしょー」
「そんな、アンタの方が……」
「もしかしてーお気付きになられていないんですかー?」
眼鏡を動かして、研究士は不思議そうに言った。
「レイシア隊長もそうですがーお二人はもうアルデバランの勢力としてはとっくに抜き出ていますよー。レベルの方もさておきー相当な修羅場をくぐっておられるのが分かります。グレンさんの場合ー」
俺のレベルは今成長限界に達した35。此処最近は戦争もあってか、満足に上限を伸ばすことを控えていた。上達の自覚なんて、いや……
「闘い方が前回とまるで違いますよ。グレンさん気を遣って手加減していたでしょー? 引退した私ではーもう敵いませんねー。武術を極めた達人と毎日修業でもしてもらっていたんですかー?」
「もしかしたらパルダのおかげかも」
「ああーパルダさんですかー。今はペテルギウスでーご療養なされているんですよねー? あの人は凄いですよねー。竜人の女性の検体にご協力を願おうとしてー、さすがにアルマンディーダさんは不味いのでー狙ってた時期もあったんですがーいつもするりと逃げ出されて失敗してしまいましたからー」
「見てないところで何やってんだよ……」
そうか、よくよく考えたら何人ものS級冒険者と相対し、リゲルの闘技大会でも勝ち進んだんだよな。改めて思えば、もう大概の敵に狙われてもきちんと闘えるだけの安定を手にしていた。呪いと反逆者絡みの騒ぎ……そして女神の件が無ければ、この世界でも腰を落ち着けていたところだ。
カイルらにはある程度通用しているが、それが今後も同じように上手くいく保証はない。万全を期さないと。
「付与についてもーもう私から教えられることはありません。グレンさんは複合付与には向いてないようですがー、代わりに独自の発想で付与による新たな発展まで進んでるんですからーもはや人の次元は手がつけられないんじゃあないですか?」
「それは盛り過ぎだろ」
「グレン殿、こんな所にいたか。取り込み中すまない」
休憩しながら話をしていると青バンダナがトレードマークの狩人、ヘレンの弟(正確には妹だが)クライトが呼び掛ける。
「休んでるだけよ。どしたクライト?」
「別に大した話ではないが、少々困りごとがあってな」
どうやら俺の手を借りたい案件らしい。シレーヌだが、彼女曰く自分よりレイシアといったもっと実力のある相手と鍛錬した方が良いと勧めた後、城に帰っていった。
開けたテラス小屋の下、机に頭を乗せて落ち込む獣人がいた。ダックスハントは、ペテルギウスへ赴く許可を貰えずくぃんくぃんと鳴いていた。
彼女は信奉するパルダの身を案じるあまり、幾度も脱走を企ては数人に取り押さえられて戻されるの繰り返しているそうだ。皆が慰めたり説得しても殆ど効果が無く、手を焼いているらしい。
「おーいダックスハント」
「……兄弟子様ぁ。パルダ様のご容体はまだ回復されないのですか?」
「まだそういう連絡は入ってないな」
「あうぅ……」
「いつまで落ち込んでんの。アイツはあれくらいじゃ死にはしないよ。少し待っていれば戻ってくるって」
「おぅぅん」
この犬女を宥められるのは俺くらいしかいないと、頼まれて声を掛けに来たがこりゃ重症だ。大した話ではないが、村の皆が頭を抱えるのも分かる。
「確かに心配ですわねぇ」
すると、小屋に痴女エルフが混ざって来た。ダックスハントと俺はそっちに首を動かす。
「風の噂でもペテルギウスはこちらの城よりも拷問設備が充実していると聞きます。三角木馬に運命の輪、祈りの椅子など。是非拝見したいものですわ」
「いやいやいや、何で療養している相手を拷問する必要あるんだよ。向こうで手厚く休ませてるだろ、やめろよダックスハントが狼狽え始めたぞ」
というか、もし俺が戦争回避の為にあの時ペテルギウスへ投降していたら今頃酷い目に遭っていたんだろうなぁ。今さらだけど想像しただけでゾッとする。
「しかしグレン様。仮にもパルダ様だって今回戦争であちらの国に損失を被らせたお一人ですよ? 理屈としてはそうかもしれませんが、感情までそうはいかないでしょう。こっそり兵士達が独断で無理やりナニやっている可能性は否定できません」
「ナニ言うなよ! また脳内発情すんのやめろや!」
「そう! 現状鬱屈した王国の発散すべく、容姿に恵まれたあの人に性の衝動をぶつけてしまうやも! かのS級一位であっても今や怪我により満足に抵抗も出来ない状態。蝋燭! 鞭! 没薬! 手枷! ただでさえ頑丈な竜人であれば多少の乱暴も--」
「うわぁあああああん! パルダ様ぁあああああああああああ!」
「またダックスハントが暴れたぞー! 捕まえるぞーッ!」
竜人と獣人達が総出でダックスハントをとっ捕まえた。俺はプリムの胸倉を引っ張った。
「ああ! いけませんいけません! 掴むのならそこではなく下にある左右どちらかの……!」
「何で火に油注いでんの馬鹿なの? いや油に火を引火させてるだろこれ!」
小屋から飛び出すも出掛かりを抑え込まれ、伏したままで悲痛に犬っぽく呻く彼女。ポイっと痴女を捨て俺は近づく。横合いでああ! そんな酷い! とか抗議の喘ぎが聞こえたが無視。
「まぁ、お前の気持ちも分かる。大事な人がどうなってるのか、詳しく分からないのはやきもきするよなぁ」
家族を置いて対立した相手に投降しようとした俺が言えた義理じゃあないけど。
「……良いのです。兄弟子様の言う通り、大事には至っていないのならば」
諦観を、犬女は口にする。その雰囲気から皆も暴れたり逃げたりしないと察してか解放した。
「近い内に反逆者が襲来する事が予期されている今、戦力を減らすのは得策ではないのは分かります。わたしも冒険者の端くれ。闘うべきなのに、パルダ様を見に行って世界が滅んでしまっては元も子もありませんから……」
理屈ではダックスハントも理解はしている。ただ、感情が制御しきれていない。
そうだよな、この獣人もまだ齢としては10歳程度。いくら人間より成長が早くて外見が大きくなろううと、心まで立派な大人に成長しきれている訳ではないんだ。逆に言えば今の若さでこの潜在能力だとすれば、これからの目覚ましい成長に期待出来るな。
まぁ、しょうがない。俺はこの連合の上に立つ者として采配を降す事にした。
「ダックスハント、ペテルギウスに行っても良いぞ」
「え?」
耳を疑うように、垂れていた犬耳を立てる。
「だからパルダの見舞いして来いって言ったんだ。アイツが復帰するまでそっちにいて構わない。書状を用意するからもう少しだけ待ってろ。向こうも断らない筈だ」
「し、しかしそれでは有事の際に」
「現状のお前じゃ戦闘に身に入らなそうで危険だ。だったら戦線に出ない方が良い。今回はそれで構わん」
尻尾がパタパタと左右に振り始めた。すげぇ分かりやすい。
「本当に、行っても? 兄弟子様だってパルダ様に会いたい筈では?」
「ああ。でも今回はお前が会いに行ってくれ。身内がいれば、アイツも喜ぶ」
「はい! はい! ありがとうございます! ありがとうございますゥ! くぃんくぃんくぃん」
「嬉しいのは分かるが--だぁあああ! やめろ! すり寄ってくんな! 主人に甘える駄犬かお前は!?」
結構必死に抵抗する。こんなところ見られたら、アディに焼かれるッ!
その後何度も何度もダックスハントは感謝を述べ、パルダをしっかり看てくると誓い、村を飛び出す。
「よろしいのですか?」
「確かにS級のアイツが抜けるのは戦力としては痛手だろう。でも言っただろ、生半可な気持ちで闘って死なれるよかマシだ。何とかやっていくしかねぇよ」
「そうですか、グレン殿がそういう判断を下すのならば私は口出ししません」
そう黒竜オブシドは今回の騒動を承服。
「てっきりお前も行きたがると思ってたんだがなぁ」
「あの未熟者にお目付けはそう必要ありますまい」
「そうか。なら代わりにパルダとダックスハントの抜けた分、労力を回すかもしれねぇぜ?」
「望むところですな」
次回更新予定日、4/20(木) 7:00




