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俺の誘導、王子の許諾

※やっと視点が戻ります

 ヴァイツェン王子の労働を俺は監修している。まずは洗濯、それから薪割りに畑の手入れ。王族をこき使うというのも心が痛むが、仕事は山ほどある。戦争のせいで疎かになっていたからな。しょうがないね!

「本当に余にやらせるとは! 王族がこんな事をするなど信じられぬ! これほどの仕打ち忘れぬから覚えていろよ!」

「はーい口よりも手ェ動かすー」


 石鹸で荒々しく衣類に泡立てている彼のぼやきを流しながら、俺は見張っていた。男手が丁度欲しかったんだ、これが。


 シーツはさすがにハードルは高いのでまたの機会とし、衣類は竜人の性質上必要としないので我が家の洗濯物は少ない。問題は次だろう。

「こ、のぉ! 抜けぬ! 抜けぬぞ!」

「おーいおいおいお前剣扱ってたよな? 何だぁそのへっぴり腰は……」

 一生懸命に斧を振り降ろすヴァイツェンだが、薪が中途半端に刺さって外すのに四苦八苦していた。

「これは女中の仕事なのであろう!? 王子の余が出来なくて当然だ!」

「え、では王子様って何が出来るの? まさかお飾りという訳じゃないでしょ? あれ? それとも何の役に立つか分からない歌でも歌ってたりする?」

「馬鹿にしてるなぁ貴様!?」


 しかし、思ったより素直に言う事を聞いたな。もっとごねて昼までかかりそうな気がしたんだけど。

 効率はさておきながら、作業は進んでいく。


「おいゴブリン」

 休憩に入るなり、王子が珍しく俺に声を掛けてきた。

「どうして貴様は人の世界にいる。そんな姿で良く公衆の面前に立つ事が出来るな」

「何だよ、いたら悪いのか?」

「そうだ悪いと感じる。貴様のせいで世を乱しているのだからな」

 ハッキリと、気後れすることもなく少年は断言する。


「特に何故勇者カイルを陥落させた。そんなことをすれば争いになる事が分からなかったのか」

「そうだな。お前と同じことをしたから、かな」

「同じ? 余が何をした」

「カイルもアディを奪おうとした、しかも人道から外れた手段でな。お前は二人目だよ。きっかけはそんな些細な事」

 いつの世も、戦争は冗談のような理由から起こりうる。他人目からすれば、尚更くだらないいさかいに巻き込まれてはたまったものではないだろう。

 この少年もある意味では国の騒動に振り回された被害者であり、戦場で指揮を任された加害者でもある。


「でも俺達はそうならないよう、お前の父親……ペテルギウス国王と事前に話し合った上で行った筈だった。あの勇者の野郎がロクでもない奴で、権威を剥奪する事も約束してからあの闘技大会でカイルを降した」

「待て、話が違う。貴様は勇者を陥れて」

「なら聞くが、具体的にどんな風に俺がカイルを倒したのか聞いているのか? 反則が許されない公の闘技場で俺がどんな手を使ったのか説明した奴はペテルギウスにいた? 大半が又聞きと印象だけで決めつけてるだけじゃあない? 俺がゴブリンというだけで、勇者に勝った事実を曲解してさ」

「そ、それは……」

「ああ、別に良いんだ。そういうのにはとっくに慣れ切ってるし飽き飽きしてるさ。お前らの常識じゃ量り切れないんだろうから仕方ないんだろうよ。ゴブリンが真っ向から勇者に勝つこと、勇者がクソッタレな人格だってことを」


 だけど、と切り株に座り込む少年に俺は問いかける。

「常識なんて世の中に当たり障りがなければ常識だ。自分が学んだ見聞の中での価値観を周囲とすり合わせてそう言うんだ。だから俺という異物を受け入れたくないがあまり、俺の知らない奴等が俺を拒絶するのは結構。でも、だからといって」

 彷彿するのは、病室にいる傷病兵や戦火の跡を残した村とナイフを握りしめた子供の歪んだ表情。


「こんなくだらねぇ因縁でいざこざ起こして必要もなく人を不幸にしてまでテメェの父親はいったい何がしてぇんだ。そんなに威厳が大事か? 急に手のひら返して被害者ぶって、挙句晒し首を求めて拒めば戦争をふっかけて、魔法で隕石を呼んで領土にいる人々を殲滅しようとまでしやがる……それでも人間かよ? 確かに俺はゴブリンだ。だが言わせてもらうとお前らペテルギウスのやり口は俺より人でなしだぞ?」

「……」

「まぁ、こんな事急に言われても困るよな。お前の意思で始めた戦争じゃあないのは分かってる。ただの八つ当たりだ……今のは忘れてくれ」


 ヴァイツェンは口を閉ざして俯く。いやな空気になった。

 みっともなく子供に感情をぶつけてしまった事を後悔していると、


「あれは、突然の話であった」

「?」

「何かを待っていた父がある日王座の間で宣誓した。『アルデバランは醜いゴブリンを使い、勇者という我が国の権威を損ねた。黙秘の限界である。これより奴等を敵とみなす。使者を送り付けよ』と。そうして戦争を発起する事を決めたのだ」

 おもむろに王子が語り始める。


「それから貴様が我が国への要求に応じなかった事で、すぐさま戦が始まった。次の世継ぎの最有力候補として、武功を得るべく戦線に出た。その時まで余は貴様らの国を理解する事が出来なかった。ゴブリンを守ってまで戦争に応じるなど、どうかしていると思っていたぞ」

 無理解ゆえの偏見。そしてヴァイツェンの周囲からしてもそれが正常な判断だった。

 だから己の考えに疑問など持てない。持つ必要も無い。


「だがそれは余の知る限りでの常識……貴様の言う当たり障りが無いだけの価値観の枠組みの中でしか考えていなかった。理解する気もなかったのだ。だから囚われの身となった時、混乱の極みに至った。ゴブリンが城の中でも手厚くもてなされ、類稀なる美貌を持った--正体は何であれ--妻を持っている事に」

「アディとはまだ婚約の段階だけどな」

「だが、それも所詮は身勝手な先入観という物であったと知った。パルダにはそれは驕りであると叱咤され、アルマンディーダからは色々な物を教わった。昨晩、竜人の魔法とやらを受けてな」

 褐色の少年は、自らの額を指で叩いた。昨晩出掛けた時に知識をアディから与えられたのか。


「そいつは一歩間違えれば洗脳って受け取れるんじゃあないか? 気の迷いに拍車が掛けられてると思ってもおかしくないぜ」

「そう、かもしれん。刺激を受けて考え方を変化させる事をそう呼んでもおかしくない。しかし、余は紛れもなく己が知らぬ多くの物を得た。以前のような視野の狭さに気付く程度には」

 それは強制されたからではなく、自らの判断で下した物だ。


「余は貴様を受け入れられぬが、微かながら分かった気がする。何故貴様が周囲の者に認められ、共にいられるのか。ゴブリンを見ているのではなく、貴様を見ているのだと。だからこそ対立が起こる。他者は個人ではなく、種族で貴様を見るからだ」

「だろうな」

「結論を言うと相互理解と和解が難しいという事だ。虜囚となって学んで初めてでこれであるぞ? 改めて省みても、この溝は埋められぬと思う。戦争が始まった今、引き返すにはもう遅い。余は、祖国を裏切れん。八つ裂きにするなら好きにしろ」


 それが、ヴァイツェン・ドー・ペテルギウスの最大限の譲歩であると悟った。コイツも思考停止の救いようもない連中の一人ではなかった。だから、見込みの無い相手との会話を避けるアディも話をしていた。

「遅くなんてねぇさ」

「何?」

「今、ある作戦が練られているんだがお前の協力があれば成功し易くなりそうなんだ」

 少年王子の顔に、苦い色が混じった。


「だから余はペテルギウスを裏切れぬと……」

「裏切るんじゃない。戦争を迅速に終わらせることは、別に背徳なんかじゃあ無い筈だろ? それとも、お前にとっての目標は未だに俺がくたばる事なのか? 不毛だって気が付いたんじゃないのか?」

「それは、そうであるが」

「これはあまり言いたくない話なんだが」


 情報として入って来たのは不確定な物である。しかし、それはけして看過し難い匂いがある内容だった。


「既にお前の国から進軍の準備をする動きがあったらしい。俺達はお前を人質に停戦させてるつもりだが、交渉の席を用意しないでまた戦争を吹っ掛ける気配を見せつつある。今度は時間をかけて投石器や火器を運んで使う気みたいだぜ。竜を相手にするには魔法使いじゃ足りないと感じたんだろうな」

「……余が捕まっているのに、お構いなしだと……」

 王子の顔が蒼白になった。


 俺達からしても異常だった。王子の身を案じる事より、攻め入る事の方が大切だなんて。本来ならヴァイツェンがどうなってもおかしくない筈だ。

 これではウチの国王が提示した人質の一部を贈り付けてでも大人しく言う事を聞かせる案も、無視される可能性が危惧される。


「変だと思ってたんだ。お前が戦線に出てるのに、大規模な天上級の魔法を仕掛けるなんて。これだと犠牲もやむなしの前提の作戦だ」

「では……では余は見捨てられたというのか?」

「完全な否定は出来ねぇ」

 彼が真っ暗な挫折に落とされる様を俺は見た。力無く、項垂れる。


「ち、父上、どうして……そ、それほど権威に固執なされると……余なんかより……そんな……」

 時が来るまでは、その情報は隠してやりたかった。この村で受け入れたのも出来るだけ穏やかな時間を過ごせるようにと、すなわち勝手な同情での行動。


「だからさ、直接問い詰めてやろうぜ」

 俺はヴァイツェンに申し出る。彼は涙を浮かべながら見上げる。

「さすがにお前が目の前にいれば世間体としても身の安全を最優先させると思う。それを利用して城に乗り込むんだ。で、ペテルギウス王の真意を確かめる。出来れば、息子のお前を通して話を聞きたい。ああ、勿論見返りも考えてある」

 まぁ、そこからは皆にも大反対されたが冷静に考えれば、向こうの行動からして利用価値も薄い以上無理に確保する必要が無いと俺は判断している。


「俺達が無事に戻れたら城に返してやるよ。その後はもうこの戦争に関わるな。お前もくだらないと感じているんだから、臆病風に吹かれた事にでもして引っ込んでればいい。こっちは滅ぼす気はハナから無いんでね」

「……ゴブリン、貴様」

「か、勘違いしないでよね! アンタを盾にして取引するだけなんだからっ」

「何だその気色悪い猫撫で声は」


 作戦を決行するとすれば明後日の正午。それまでにヴァイツェン王子を説得させるつもりだったが手間が省けた。土壇場で裏切る線も危惧されるとの指摘もあったが、俺はコイツを信じたい。

 王子ならば、その場しのぎの嘘はつかないと。後日聞いたことだが、普通に抜け出す為にパルダを騙そうとしたらしいが。


「あ、残った畑仕事はやるよ?」

「何!? この流れからしたら心の準備に時間を使うように促すのではないのか!?」

「当然でしょー。そうしないとまた後回しになって作物の手入れが行き届かなくなるんだから。ほーれ、やるぞー」

「この鬼がっ」

小鬼ゴブリンですから」

 

次回更新予定日、3/21(火) 7:00

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