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俺の没収、王子の思い出の品


 相変わらず、カビ臭い淀んだ空気が鼻につく。

 此処はアルデバランの地下。かつては俺もぶち込まれた経験のある牢屋へと足を運んでいた。

 丁度見張りが食事を出そうとしていたので、俺が請け負うと申し出た。

「そんな、グレン殿がやるような仕事ではありませんよ」

「まぁまぁ、もののついでだついで。アイツと話したい事もあるし頼む」

「……あまり長い時間はお取りしませんよ」


 捕まっている兵の捕虜や傭兵の牢の更に奥、もっとも厳重な檻へと向かった。

 錆びた扉を開き、盆を持った俺は寝具に座り込んだ少年と対面する。

「やっほ、元気してた? 飯だってよ、此処に置いとくぜ」

「……」


 黒髪褐色肌の少年は俺が入るなり、無言のまま睨みつけた。かなり嫌われたと見る。

 城に来た当初はあれだけ騒いでいたが、国王の脅しやアディの真の姿に気概を削がれたようだ。この中でずっと沈黙しているらしい。


「で、考えはまとまったかな。そろそろ決断の刻限は迫っているぞ。潔く協力してくれると助かるし、俺としても心が痛まなくて済むんだけどさぁ」

 さもなくばどんな目に遭うか、という脅しは脅しのままであることを内緒で話を続ける。


「ヴァイツェン、って言ったっけ? お前も戦争を早く終わらせたい筈だろ。こんな不毛な争い、続けても犠牲者が増え続けるだけだ」

「……」

「それとも、どっちかが滅びるまで止めねぇ気か? こっちには竜人って頼もしい戦力がついている。奴らがどれだけ強大な戦力を誇るのか、お前も戦線に出て分かっただろ? アルデバランも簡単には落ちねぇさ」

「……おい」

 ようやく、口を開いたペテルギウスの王子。何を思ったか急に立ち上がり、俺の方に向き直る。

 包帯を巻かれた手に視線を移す。


「何だ、少しは話す気になったのか? 飯でも食いながらでも構わねぇぜ。俺も暇でね」

「その怪我はどうした。誰かに命を狙われたか」

「これ? まぁね。恨みを買いやすくて参ったもんだ」

「フン、功労者に褒美を取らせてやりたいな。生きていればの話だが」

「ああ。もし事が済んで自由になれたら、リゲルの村に赴いて報酬でもくれてやれ。そこのガキんちょにたっぷりとな」

 どういう背景があったかなど露知らず、俺の不幸を嗤う少年。是非隕石の現場に足を運んでもらいたい。


「だが、それも叶わぬ話だ」

「あん? 何でだよ。このまま人生終わらせる気なの?」

 食事をとるつもりか、ヴァイツェンは俺を横切り料理の方へと向かう。だが、俺の投げ掛けた疑問に足を止める。


「余は、色々なことを考えたぞ。大人しく貴様らに従うのは、どうひっくり返ったって御免だ。かといってなぶり殺されるのも嫌だ。ならばと脱出の術を模索した。だが竜やゴブリンの化け物が巣食う根城では、どうしたって此処を抜け出す事は不可能であると悟ったぞ」

「化け物とは失礼な。……ってオイ」

「利用されるか祖国を裏切るか、どちらかを選ぶくらいならば死んだ方がマシだと思った。だが--」

 奴の袖から鋭利な刃が伸びた。麗美な装飾の短剣をヴァイツェンは手に取った。何処に隠し持ってやがった。ちゃんとボディチェックしたのか?

 まさか自決か。その前に止めなくては、と考えたところで、引っかかる部分がよぎる。


 仮にその気なら何故すぐに実行しなかったのか。人がいない内に起こせば、止められる可能性も無かったというのに。ヴァイツェンは素早く動いた。

 隙を逃さぬまいと、丸腰だった俺の胸元に刃物を突き付けた。俺は抵抗しなかった。


「おおっと。油断した」

「のこのこと檻に入って余の前に立つとは間抜けめ! 貴様を盾に出来るのならば脱出の光明が見えるわ!」

「グレン殿!」

 背後に回ったところから檻の外で腰を浮かせた憲兵に、俺は手で待ったをかける。誰かを呼んで下手に騒ぎを起こすと本当にコイツが追い詰められて自殺しかねない。俺が人質にしようとしている現状がマシだ。


「あー、まだ大丈夫。そのまま見てて」

「そこの雑兵、檻を()けよ。そしてゴブリン、大人しく余を城外へ案内しろ」

「うーん。それは出来ない相談だなぁ。お前さんを逃がしたら、また戦争が再開されるだろ?」

「なら此処で死ぬか!? そうすれば余の散り際に一矢報いられる!」

 その声音からして覚悟を決めた様子が窺える。まだ年端もいかないのに大した肝の座り具合。この前ドラゴンの前でヒイヒイ言ってたのが嘘みたいだ。


「オイ! 何をグズグズしている! 余は本気であるぞ!?」

「うーん。本気、ねぇ。やれるもんならやってみなよ」

「貴様ァ!」

 俺の目と鼻の先にナイフの刀身を近付けて脅す。人質にとった相手を刺激するのは愚策だろう。

 人質になり得る、という話ならね。



 俺は、こちらの方からナイフに顔を接触させた。頭部を部分硬御(ぶぶんこうぎょ)で刀身から身を守る。

「な、なっ。何を」

 柄を握り、寸止めにしていた刀身を自ら押し込んだ。狼狽するヴァイツェンに構わず、その刃に力を入れていく。金属の軋む嫌な音。

「へぇ、中々良い短剣だ」


 でも、こんな凶器をいつまでも使えるようにしている訳にはいかない。そのまま、通らない刃を名一杯ねじ曲げる。

 あの村の子供には手傷を負うのもやぶさかではなかったが、コイツに対してはかすり傷一つ受ける気もない。

 震える彼の手からナイフを取り上げ、俺は悠々と少年から離れた。


「ま、そういうことだ。残念だったな。俺に正攻法の刃物は効かねぇんだ」

「あ、あぁ……」

「悪いがコイツは没収するぜ。ま、これじゃあ二度と使いもんには……」

「ああああああああ!」

「な、なに? お前怪我してねーじゃん、武器奪われたぐらいで大袈裟な」

 前触れなく慟哭と共に崩れたヴァイツェンの変貌に俺は戸惑う。彼は俺が取り上げた短刀を見て、


「ち、父上から貰った短剣がァ」

「えっ」

「思い出の刃がぁ、そんなにぐにゃりと……! うわああああああ」

「も、もしかして大切な物だったの? いやぁ確かに高価そうな装飾してるなーとは思ったけどさ……ご、ごめんね?! でも刃を向けたお前も悪いんだからね! これは正当防衛だからね!?」

「ぅああああああああああああああああああああ」

 俺の驚異的な防御力よりも、大切な品が捻じ曲げられた事実の方がショックが大きいようだった。こちらを人質に失敗して号泣している相手を必死になだめるという、へんてこな空気に兵は毒気を抜かれてしまっていた。



 いくら変形していても凶器は凶器のため、俺は少年王子から短剣を没収しつつ元に直して囚人でなくなったら返却する事を約束し、牢から出た。説得を試みるつもりが目的から大いに脱線した。


 そんな訳で俺はこの高価で大切なナイフの修理を頼みに、アルデバランの鍛冶職人を訪ねる。案内された街の道中では、物資の配給や復興に人がひしめいていた。時折俺にも挨拶の声が掛かるが罵る言葉は無かった。

 強いて言えば、俺が鍛冶業の建物の扉から呼んだ時に怒鳴り返されたぐらいか。

「今手ェ塞がってンだ! 後にしやがれェ馬鹿野郎!」

「そんなつれない事言わないでくれよー。城内の事情って事で、こっち優先にしてくんない?」

「何だぁ? 酷使する気で偉そうな口利くなら直接中で頼みに来いやぁああああ!」


 金鎚でも放り投げたのか、激しい金属音が聞こえた。言葉だけで分かる気難しい職人肌の男は相当おかんむりなようだ。

 俺も王子の問題から事態を早く収拾したい身として退く訳にもいかず、中へと入る。


「良い度胸だな畜生。ただでさえテメェらの戦争の武具をこしらえるだけでてんてこ舞いだってのに余計な仕事回してきやがって! 一発殴らねぇと気が--ってオメェ」

「あれ? おたく確か……」

 顔が煤けた髭の男は、ハンチング帽を被っている。その帽子でピンと来た。向こうは俺の姿を見てすぐに思い出したらしい。

 かつて岩竜との闘いを繰り広げたガラン鉱山で、ロックリザードの依頼を用意したあのオヤジその人だった。


「噂は色々聞いてるぜ。派手に活躍しているみてぇじゃねーか」

「こんな所で会うとは奇遇だな。炭坑から足を洗って隠居暮らしでもしているのかと思えば、金打ちになってるなんて思いもよらなんだ」

「手を煤で汚してねぇと落ち着かねぇんだ。俺もオメェと会うことなんざ金輪際無いとは思ってたのによ」


 先程までの怒りを引っ込め、オヤジは散らかした鋼材を片付け始める。

 元炭鉱夫の親父とは一年以上もご無沙汰だった。男の依頼の発端には、鉱山の村がロックリザードに襲われたところに遡る。娘がいたんだっけ。


 家族を失い、職を失った彼が復帰している。その事実は素直に喜ばしい。

 だが俺は、そんな感慨にふける立場ではない事を思い出した。他人だから、という訳ではない。俺も彼に非道い事をしでかした過去がある。

「俺ぁ今でも覚えてるぜ。オメェが俺に」

「家族の遺品を目の前に突き出した事、だな」

「ああ。アレは中々にショックだった」


 依頼には娘の生存という一縷の願いがあった。しかし、俺は冷たい現実を突きつけた。男がそのままずっとそうしていては駄目なのだと、踏んぎらせることが俺自身の善行であると信じて。独善的な行いだ。

「だからこう言わせて貰う。よくも、あんな真似をしてくれやがったな」

 作業の手を止め、ハンチング帽ごしに睨めつけた。俺の全身の毛穴が開くように戦慄が走った。

 糾弾されても仕方なかった。覚悟はしていたが、やはり身に堪える。


「……すまなかったと思ってる。大きなお世話だったよな」

「ケッ、謝るんじゃねぇ。確かに余計なお世話だ。そのせいで」

 拾った金鎚を手で回し、肩を叩く。

「傷心したままの一生で終わらなくなっちまった。ちくしょう、今も仕事してんのも全部テメェがお節介しやがったからだぜ。こんなクソ忙しい日々を送るんなら、もう少しあの鉱山で鬱屈してりゃあ良かったっつーの」

 別の意味での、恨み言。どす黒い憎悪から湧きたった言葉では無かった。


「憎んで、ないのか?」

「憎む? オメェに立ち直らされたのが癪だって言いてぇんだよ。何も知らねぇ、何の関係もねぇ余所モンに頼んでもいねぇのに人助けなんかされて、いい迷惑だこの野郎」

 オヤジは礼を言ったりなんかしなかった。そして俺を責め立てもしなかった。

「だから俺は感謝なんかしねーぞ。オメェに救われたなんて思いたかねぇ」


 無駄ではなかった。かえって悲劇に見舞われる事も無かった。胸の奥が、スッとした。

「それで良いよ。別に、見返り欲しさでやったつもりは無いから」

「だが、貸しを押し付けられた事には変わりねぇ。代わりと言っても何だが、オメェの受注を優先的に受け付けてやる。無償でな。そいつで貸し借りは無しだ」

「そりゃありがたいね」


 俺は王子の愛用するナイフを出した。その修理を元炭鉱夫にして現鍛冶職のオヤジに頼んだ。


次回更新予定日、3/12(日) 10:00

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