俺の手傷、禍根としての代償
翌日、俺はもう一度アルデバラン城に赴いた。
厳密に言えば城内の医務室に用があった。本来の搬入できる人数の許容を越えた傷病兵は、他の部屋も開放して介抱に当たっているそうだ。
そこには兵だけでなくこの戦争に協力してくれた同志もまた治療を受けていた。
「具合はどうだレグルス」
「くっくっくっ。何、心配はいら--あ痛たたたたたたたたた」
「無理すんな」
包帯やギプスに包まれた獅子男は、逞しさを強調しようと無理に胸を叩くなり独りで悶絶していた。
医師が言うには相当な深手を負っているようだが、思った以上に元気そうだ。不死のレグルスの通り名だけあってかなりタフな奴だ。
彼が俺の知人の中で一番の痛手を受けている。見方を変えれば、それだけで済んだというのは良かった部類だろう。
そしてそうとは言えない者も。詳しくは省くが、犠牲者も出た。弔辞に回ったりと事後処理に俺は携わる。
途中で竜兵の一人が顔を出し、進言する。
「グレン殿、よろしければ周辺地域を飛んで偵察に出た者からの報告をお聞きになりますか」
「頼むよ」
「はっ。件のペテルギウスの上空攻撃の一部は地上に落ちておりますが、アルデバラン領内では村町の被害は無かったようです。竜姫様や魔導士達による努力の賜物かと」
「何よりだな。あんな隕石が落ちていれば無関係な市民にも犠牲が--」
「ただ--」
言葉を濁した竜人の言葉は躊躇いを見せた後、意を決して口を開く。
「別の地域--リゲルという場所でも落下の形跡が観測されました。その中で……小さな人村にも被害が」
「なに?」
俺はすぐに少数の編隊で復興支援の為に現地へと向かった。
隕石は、その規模故に自分達しか自衛する事は叶わなかった。それを対岸の火事と割り切れば楽だっただろう。如何に中立を保ちながらペテルギウスへの援助を看過していたとはいえ、その村にとっては両国の争いに巻き込まれた被害者であるのは変わりない。
で、それがどうしたと。俺自身がそこへ行って何が出来るのかと。そう言われても、どうしようもないし何も出来ないとしか言えない。
だとしても何も見ずに何も聞かず何もするなという選択肢は、ありえなかった。ただ、戦争災害という物を見届けなくてはならないと思った。
人口もそう多くは無い人村の中枢には、爆心地を色濃く示す爪痕があった。爆風で削ぎ取られた茅葺屋根に、炭化した樹や壁も残っている。隕石の欠片は、比較的小さい物であったのだろう。村ひとつがごっそりと無くなるレベルでは無かったようだ。
死傷者は数名。既に遺体は埋葬されているらしく、どんな風に亡くなったのかは確認できなかった。
村はアルデバラン側の援助を受け入れる姿勢を見せていた。与える者を拒まずの姿勢で村長は恨み言より感謝を述べた。それが村を存続させる道であると考えた末の対応であろう。
「不幸中の幸い、ってやつか」
そんな言葉で片付けられそうな事故であった。俺に対して罵声が飛んで来るまでは。
「--ふざけるなっ」
伏兵がいるという可能性を、俺は失念していた。飛び出して来た影に振り返り、反射的に身構える。大丈夫だ、不意打ちくらいなら--
だが、その襲撃者が思った以上に小さかった事で俺は迎撃をする事が出来なかった。いや、迎撃しなかった。
「ぐぅううううううううッ!」
握り締められた黒曜石の短刀が俺を一刺しした。それは、全体重を--殺意を籠められた攻撃だった。
俺は素手で、そのナイフを受け止めていた。硬御で護らなかったが為に、生身の手のひらに黒い刃が貫かれる。
白熱した激痛。接触した加害者はそのまま俺の懐で罵る。
「ゴブリン……ゴブリぃン……! お前のせいだ! お前のせいで父ちゃんが……!」
「タクトォ! 何てことを……!?」
目の前にいたのはまだ年端もいかない小さな子供だった。涙の筋を流しながら、幼い顔立ちを憎悪に歪ませていた。
刺されながら俺は察する。この少年は犠牲になった父親の息子だ。恐らく、戦争が起きた理由もこの辺境の村でさえ周知されている。
戦争によって村への被害が出た。戦争になったのはゴブリンがしでかした事だ。つまりは父はこのゴブリンのせいで死ぬことになった。思考の中で至極単純な方程式が組まれていく。
「死ねぇええええええええええ!」
容赦なく引き抜かれたナイフから鮮血が引き、確実に息の根を止めようと小さな手でまた振るわれる。
それ以上は、俺も受け入れる訳にはいかなかった。手首を掴んで凶器を止めた。
「ぐっ……ぅううううううううううううう」
「グレン殿!? 貴様その御仁に何をしているゥ!」
騒ぎを聞きつけた竜人が、怒りに吠えてその場に駆け寄った。それより早く少年の母と思わしき女性が、手傷を負わせた少年の元に辿り着いて伏せる。庇っていた。
黒光りする石で出来た粗削りのナイフは、血だまりに落ちる。
「も、申し訳ございません申し訳ございません! お許しを! この子は父を失ったばかりで錯乱しているだけでして! 罰は私が受けます! この子は! この子だけは! お許しを! ああ申し訳ございません!」
ボタボタと血を流す己の手を眺め、視線で殺そうと言わんばかりの剣幕を見せる少年を交互に見る。……いてぇな。
「重罪だ! この御方は貴族であらせられるのだぞ!? 平民の小童がこんな真似をして--」
「待て」
俺の代わりに猛る竜兵を制止し、親子の元へ近寄った。震えた母親は腕の中の少年をキツく抱き寄せる。
「お許しください……私なら何をされても構いません……! ですから……」
「話をさせてくれ。手は出さねぇし、何の罰も与えねぇよ」
この傷は、少年が与える事を許された物だ。彼にはその権利がある。悪役にされるのは、慣れ切っている。
俺もしゃがみ込み、目線を合わせてこの男児に言った。
「なぁ坊主、俺が憎いか? お前の父ちゃんが魔法の流れ弾に当たったのも、俺が戦争を起こしたからだもんな。憎くない訳ないよな」
言ってしまえばそれは災害の犠牲だ。しかし自然災害と違って、感情の降ろし所が存在する。今はそれが俺だった。
「うぅうう」
「悪いと思ってる。俺だって逆の立場だったら殺してやりたいと考えるだろう。だから、甘んじてこの怪我は受けた。誇れよ、父親の無念に一矢報いてやれたな」
その成果を伝えるように、出血の止まらない手のひらを見せた。真っ赤な水滴を地面が吸う。
「でも、残念だがこれ以上俺もやられる訳にはいかねぇ。俺がこんな所で死んでたら、もっと大勢の人間が亡くなるからな。だからこれで今日のところは手打ちにしてくれや」
「……ううぅぅ、ちっくしょおぉ……」
悔し涙をぽろぽろとこぼす。俺は仇として見る少年の眼から目を逸らさなかった。これはけじめだ。
「ああ、そりゃあ納得いかないよな。釈然としないよな。お前の父ちゃんは帰って来ないし、仇はまだ生きている。こんなんで復讐が完遂したとは言い切れないだろうさ」
ならば、と俺は立ち上がり無力なガキを見下ろす形で言い放つ。喜んで悪役になろう。
「もっと大きくなってから俺を殺りに来い。俺もそうヤワじゃないんでな、さっきみたいな不意打ちじゃ到底無理だね。堂々と敵討ちが出来るくらいに強くなれ。何年経ってもその恨みが晴れないのならな」
「お前なんか、お前なんかぁ」
帰還を促された俺は少年に背を向け、村を悠々と去っていく。その子の最後の言葉がしばらく頭から離れなかった。
「じゃあなガキんちょ」
「--大っ嫌いだぁああああああ!」
城の医務室で手当てを受けに行く途中、俺はロギアナに見つかってしまった。当然この手の怪我も。
「ほんと、馬鹿よね。ただの偽善よそれ」
包帯を巻きながら、隠しようもなかった経緯を打ち明けると呆れた様子でロギアナはそんな感想を残した。
治癒魔法を施す事を勧められたが俺はやんわりと断る。基本的には痛みが伴うからではなく、もっと治療が必要な相手に魔力と労力を回して貰いたいからだ。
「大袈裟だな、唾つけとけば治るよこんなん」
「そんな事言って、隠す気だったんでしょ。どうせそんな包帯してればいずれはバレるに決まってるじゃない。それにさ、黙っていられたら隕石撃破に関わった私がその残骸を取りきれなかった以上余計に責任感じるに決まってるでしょう?」
「……あ。……すまん」
「連帯責任なんだから、自分一人が悪いと思わないって事。アンタが悪いなら、アタシだって悪い。だから、謝らない。勿論アンタの大切な人にもしっかり話すべきよ」
おもむろに頷く。
「でもほんと、アンタってお人好しも良いとこよね。全く関係の無いよその少年まで支えようとするんだから」
「さぁ、境遇に自己陶酔したかったんだろ? 不条理に恨まれる可哀想なゴブリン、って具合に」
「グレン……別にそういう意味で言った訳じゃなくて」
「同情すんなよ。お前の言う通り偽善者なんだから。俺は、これまでもそうして天国へ行く為の点数稼ぎをしてるんだ。……おうレグルス、養生しろよー」
「何よ、それ」
治療が済んだ所で、俺はそろそろ王子の様子見の為に出向くことにした。早々に立ち去ろうとする。
「いつもの闘技の硬化で防げたじゃない。何でわざわざこんな痛い目に遭ってまで」
決まっているだろう。それくらいしか、俺が甘んじて受ける報いが無いからだ。
「……アイツとは違うのね」
意味が良く分からなかったが、何か思う事があったロギアナの呟きが去り際の医務室から聞こえた。
次回更新予定日、3/9(木) 7:00




