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俺の見物、横恋慕と竜化


 一悶着があった後、喚く王子を無理やり奥へと運んでいく。あんなふざけた真似をいつまでも見過ごす訳にはいかなかった。

 アルマンディーダは横恋慕に遭いながらも、何故かにこやかに俺達を見送っていた。やっぱり企んでるな。


 アルデバラン王の御前にまで連れ、ペテルギウスの王子をその場に膝をつかせる。

 それは武力衝突を仕掛けて来た相手国への詰問を意味した。父親--つまりはペテルギウスの国王の意図を吐かせる為に。

 ティエラ王女は不在。傷病兵の看護に回っている。


「ヴァイツェン・ドー・ペテルギウス。ワシとの面識は初めてだな」

「……フン!」

 不満そうに少年は顔を逸らす。しかし兵士達も迂闊にヴァイツェンを叩こうとはしなかった。

 彼がまだうら若いからとか、国賓として扱っているからではない。敵であっても彼は王族。下民は命令が無くては迂闊に乱暴を働けないのだ。俺が連行された時とは偉い違いだな。


「早速だが本題に入ろう。何故、そこまで大掛かりな戦争を仕掛けるのか、貴殿の父ペテルギウス王の真意を聞かせて貰いたい」

「決まっていよう。あのゴブリンが悪いのだ」

 同伴していた俺ににらみを利かせ、ヴァイツェンは答えた。


「我が国は人類の中で力を象徴する国家だ。その尖兵である勇者はいわば世界の脅威を絶つ為の希望だった。そう、だったのだ」

 勇者カイルは、あんなでも冒険者の代わりに色んな魔物の討伐を請け負っていた。国への貢献をしたと一応言えるだろう。世界平和という次元では無かっただけだ。

 あのまま俺が陥落させなければ、あれからも各地の被害を解決していたかもしれない。

 ただし、その成果に見合わない程の対価と周囲への迷惑を考えなければの話だが。


「父は言っていた。彼はペテルギウスの名そのものであり顔であったと。それを潰したという事は我等を侮辱されたも同然! しかも卑劣な手で堕落させられたというのなら、断じて見過ごすわけにはいかん」

「だからといって、この国を交渉すらなく戦争を持ち掛ける次元なのだろうか。ましてや更地にするような大規模な魔法を使うとは、それでは滅ぼす気ではないか」

「何だそれは? 滅ぼす訳ではない、屈服させるだけだ。根絶やしにして何の意味がある」

 彼はまるでそっちが隕石を仕掛けた事に心当たりなど無いようだった。

 冷静に考えてみれば、あんな物を放てば俺達がいた戦場も落下の余波に巻き込まれていてもおかしくない。彼もそれを行うことを知っているなら、もっと安全な場所で指揮を執っていた筈だ。


「貴様らの国もこのまま戦を続ければいずれはペテルギウスの国土となろう。こちらの戦力はまだ3分の1にも満たぬぞ。如何に粒が大きかろうと数に対抗するには限界がある。略奪を避けたいなら今からでも遅くない。ゴブリンを差し出すが良い。さすれば、父からも恩赦が降りるだろう」

「いや、そうはさせる訳にはいかん。ヴァイツェン王子、貴殿を取引に使って話し合いの余地を作り、戦争の再開を未然に防ぐ。貴殿も互いが無駄に血を流すような結果は望んでおるまい。国王も同じ気持ちの筈だ」

「その早期解決にゴブリンの首が早いと言っているのだ。何だ、国の者の血よりそこの下賤な化け物の方が大切か?」


 平行線であった。どうあっても俺が犠牲にならない限り、争いの手を緩める気は無いと。

「余を解放しろアルデバラン王。貴様らは所詮悪足掻きでしかない。苦痛を無為に長引かせるだけであろう」

 多分、彼は所詮士気を上げる為のお飾り隊長。収穫は少ない。

 嘆息が聞こえた。王座の間で座席にもたれかかったストリゴイ・モロイ・アルデバランはおもむろに口を開く。


「そこまで強行の姿勢を保つのならば仕方ない。ヴァイツェン王子、貴殿の要望を叶えよう」

「フン! ならば早くこの手枷を外せ。窮屈で仕方ない」

「その必要は無い。すぐに送り返すのではなく、少しずつ返却をしていくのだからな」

「何だと……」


 アルデバラン王はその彫りの深い顔に非情さを垣間見せる。

「ペテルギウスには貴殿の一部分を徐々に届ける。手先、足、腕と、時間を掛けてゆっくりとその身体を剥ぎ取ってな。こちらも、相応の本気を見せなくては」

「…………ま、まて! 何を考えている!?」

「当たり前であろう? 無事に返す訳も無い。こちらも被害を被り続けるのなら、意趣返しをしなくてはな」


 幼い少年の顔に、恐怖が彩った。おいおいマジかよアルデバラン王。おっかねぇ事言うなぁ。

「そ、そんな事をすれば父上が黙っていないぞ!?」

「何もしなくとも我が国は攻め入れられるではないか。ならば人質を有効利用する。向こうが戦争を止めると言う前に、無事生きて帰れると良いな。話はもう充分と分かった。独房へ連れていけ」

「やめろ! やめ、やめてくれ! 嫌だァ!」


 必死に抵抗するヴァイツェンを立たせて、王座の間から退陣させる。少年の顔は、褐色の肌であっても血の気が引いてるのが目に見えていた。

「ただし」

 国王はその直前に、言い加えた。


「貴殿の態度次第では恩赦も考えよう。我が国は迅速な戦争の終わりを求めている。協力するのなら考えを改めても良い。猶予をやる。日を改めて返事を聞こう」

「……ハァ、ハァ」

 彼がいなくなった王座の間。脱力し、アルデバラン王は俺に小声で言う。威厳がたちまち消失した。


「さ、さっきはあんな事言ったけどやっちゃダメだからね? 仮にだよ? 仮にやってもワシ知らない」

「オイ! 台無しじゃないっすか!?」

「もしもの時は尻尾切りするから! お前のせいにする!」

「最低だ! この王様最低だ!」



 後から様子を見に行こうと、俺が城内から牢屋までの順路に差し掛かると、

「面会が終わったようじゃのう。王子よ、返事をしに参ったぞい」

「うむ、余はお前の欲しい物を幾らでも用意してやろう。余の国に揃えられぬ物は何も無い」

 舌の根も乾かぬ内に、連行を中断させてまでヴァイツェンは先程の求愛を再開していた。このガキゃあ、人の女に何横恋慕してんだ。

 というか、アディもアディも何で自分から話しかけてるんだよ。まさかなびかれている訳でもあるまい。


 思惑がどうあれ、状況が面白くない。

 背後から肩を掴んで何か言ってやろうとすると、奥の俺を見たアルマンディーダが軽くウィンクを見せた。まぁ見ておれ、というニュアンスだ。


「そうかそうか。おぬしはそこまで儂を求めておるのか。嬉しい限りだのう」

「ああ。余の女になるという事ほど光栄な事は無い。つまりは異論などある筈も無いのだろう?」

「アルマンディーダ様を困らせるな! この方はなぁ……!」

「よいよい。しかし本当に大丈夫かえ? 儂を選ぶにはまだぬしは何も儂の事を存じておるまい。全てを受け入れる度量を見せて貰わねばな」

「フン! 当然だ。余を誰と心得る、何でも受け入れて見せよう」

「ふぅむ。なら、試してみようかのう」

 ぐいぐい迫られた彼女は、やんわりと自分の企みの方向へ誘導する。そして、兵士に言った。


「のう、王子を独房に入れる前に一度外に連れても良いかのう? 大丈夫じゃ、儂がついておれば脱走させはせん。何なら国王に一言断りを入れても良いが」

「ま、まぁ貴女がそうおっしゃるなら。陛下も反対をしないでしょう」

 そりゃ竜姫の頼みは断らないだろうし、後からの報告でも問題ない範疇だろう。俺はひっそりと兵士二人とヴァイツェン、アディの後をついて行く。



「それで、此処で余をどう試そうというのだ?」

「そう急くでない慌てるでない。簡単に済むぞい」

 宥める彼女に対し、王子は強気の姿勢。今さっき国王に脅しをかけられたばかりとは思えない態度だった。


「今一度確認をするが、儂を受け止められると言ったか? その言葉が真か見せて貰っても良いんじゃな?」

「何だって受け入れよう。ペテルギウスの王子を舐めるなよ」

「かっかっかっ」

 ひとしきり、アルマンディーダは笑った後、


「その言葉がどれほどの物か--」

 --まず、アルマンディーダの束ねられた赤髪から、左右に角が伸びた。


「えっ」

「拝見しようではないか」

 --そして次に大きな双翼。赤い鱗に覆われた尾が背後から現れる。

 それからぐるりと彼女は回り、鮮烈な紅い旋風を巻き起こす。


 やがて、城外の広いところでアルマンディーダはその竜としての姿を解放した。

 ヴァイツェンの目の前で数十メートルの巨躯へと変化し、見降ろす。


「儂は竜姫アルマンディーダじゃ。竜としての儂をぬしは受け止められるかえ?」

 グルルルル、という唸り声を間近に聞き、腰を抜かした王子は地にへたれ込んだ。彼女の狙いは泣きっ面に蜂。王子の気概を完全に削ぐ事てあった。まぁ、分かってはいたけどね。


「ひぃいい」

「ほれどうした? 儂を抱きたいのではなかったのか? やってみせよ」

 兵士二人は事前に竜になる情報と彼女の人間性を知っていてか、気迫にのけ反りはしたが騒ぎもせず逃げ出さないように見張っていた。


「ば、化け物ォ! 来るなぁあああ!」

「ひっどいのう。外見に囚われておきながら掌を返すとは、儂も同じ王族として浅ましいと思うぞい」

 彼はすぐにプロポーズを撤回した。アルマンディーダもこの反応を見越してか話を続ける。


「この儂のあるがままを受け入れた男とは偉い違いじゃ。そやつは儂と同じ竜に対してぬしとは異なり、素手で殴りかかって行ったぞ。そんな肝も無く、物でしか釣れぬような輩にはどうにも心を奪われぬなぁ」

「やっぱりグレン殿の話、誇張でも何でもなかったんだな……」

「ああ……」


 そういやあの兵二人は以前『どうしたらアディやパルダと親密になれたのか』と訪ねて来たので、そういう話した奴等だっけ。そろそろ頃合いかと思い、俺はその場に混ざった。

「もう良いだろアディ」

「フフ。何じゃ聞いておったか、儂ののろけ話」

「ついて来ているの知ってた癖に」


 そうして、彼女は妖艶な人の姿に戻った。意気消沈したヴァイツェンを立ち上がらせ、今度こそ牢へと連れていく。これで奴も少しは静かになるかな。

 とはいえちょっと釈然としない。彼女の横顔に不満がある。


「さて、一度儂らも家に戻ろうか。トリシャが待っておる、顔を出してやらねば安心すまい」

「へいへい」

「何じゃ? まだむくれておるのか」

「だってニコニコしてるじゃないの、あんな無知なガキに見初められてそんなに嬉しいか」

「それは嬉しいに決まっておろう、何せ」

 肩を寄せて、囁くようにアディは言った。


「ぬしがきちんと妬いてくれたんだからの」

「うぐっ!」

 顔に熱が帯びて、俺はしばらく彼女の顔を直視できなかった。


次回更新予定日、3/6(月) 7:00

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