俺の開戦、丘陵地帯
※視点が変わります
別の戦場での報告が俺のところに伝わって来た。今のところは望ましい戦局へと運んでいると見て良いだろう。最優先に此処へ加勢しようとする敵を抑えるという目的を皆はしっかりと果たしてくれている。
そして、本命の主戦場でも直に戦が始まる。微かながらに相手の軍勢が迫る光景も見えつつあった。
馬竜に跨って戦場に立つ俺に、黒の竜人オブシドが進言にやって来た。
「間もなく衝突が見込まれます。グレン殿、しんがりまでお下がりを」
「おいおい手筈通りにやるんだろ。俺は遊撃と攪乱を担ってるんだ、危険地帯を避けてちゃ意味がない」
「しかし皆が頷きましたが、やはり貴殿自らが矢面に立つというのは些か賛同しかねます。奴等は血眼で襲い掛かるというのに」
「なぁオブシド、良い言葉を教えてやろう」
過保護な彼に俺は言う。自棄な真似を繰り返す事を危惧しているみたいだな。もう、そんな馬鹿な事をする気は無い。
「今お前が考えてるのは『君子危うきに近寄らず』ってやつだ。けど、俺に求められてるのは『虎穴に入らずんば虎子を得ず』の方だよ」
「何処で生まれた言葉なのか分かりかねます」
「だろうな。知るわけないか」
「しかし、何を考えておられたのかはおおよそ御理解出来ました。つまりはリスクを冒さずして事態の改善はなりえないと」
「士気を上げる上でも、味方にも見せる必要のある動きだからな」
俺が前線に立たないなら、兵達からすれば不満を孕むのは目に見えている。戦争のきっかけが安全圏にいるなんて、俺だって勝手にも程があると思うしな。
「まぁ心配するな。俺は逃げ足には自信があるんでね、ヤバくなったら引き際くらいちゃぁんと見切るさ。馬竜だっているんだ、簡単にはやられないって」
「楽観的と言わざるを得ません」
「今までの事を考えれば無茶なんていつもの事だろ?」
承服しかねた態度ながら、彼は折れる。此処に来て急な変更を求めるなよ。
『皆さん、敵軍が見えました。準備をお願いします』
おっ。早速、頭の中に聞き覚えのある声が流れ込んだ。少し離れた所にいるアレイクがテレパシーで亜人の兵達に状況を伝達してるのが俺にも届いて来てる。
俺はオブシドにアルデバランの国旗を要求した。渋々ながら手渡して貰い、俺達は前へと進み始める。
「では代わりと言っては何ですが、グレン殿もご一緒に宣戦を」
「え? 俺も? 指揮してるオブシドだけで充分でしょ」
「貴殿も牽引すべき戦場です。是非ご協力を願いたい」
「まぁ良いけどさ」
近づくにつれ、怒声と砂煙がこちらに迫って来ていた。罵り、鼓舞する様な大声がペテルギウスの軍から連鎖する。
こちらの歩幅も徐々にテンポを上げ、大きく息を吸った俺とオブシドも声高に開戦を宣言した。
「「総員突撃ィいいいいいいいい!」」
応じる様に、兵達の吠える声が背後で沸いた。左右の軍勢が、遂に接触する。敵味方が入り乱れた。
槍、剣、斧、盾、鎧がぶつかる。旗を放った俺にも敵の刃が襲いかかった。だが目の前の攻撃をハチェットでいなし、障害を斬り捨てて突き進む。
竜馬の脚力を活かして敵陣をかいくぐると、俺の姿を補足した兵達は叫ぶ。
「ゴブリンだ! 見つけたぞ!」
「野郎ぶっ殺してやるぅ!」
「アイツを狙えェ」
ヘイトを担った俺を追って来る。幾ばくかの意識を惹き付けた所で、予定通り俺は進路を変えて戦場から遠ざかっていく。当然この首欲しさに馬に乗った騎手の追手が付きまとう。囮役として、搔き乱してやる。
矢が飛んで来たり、小規模の魔法が背後から襲って来た。馬竜はぐいぐいとそれらから逃れていく。
前方にも立ちふさがる兵、長槍で俺を突こうとする。
跳べ、という掛け声に反応した竜馬は強靭な跳躍で飛び越え、後続を引き離す。
ただでさえ敵の数の方が多いのだ。それを考えるとこうして少しでも惹き付ける行為にも限界があるだろう。
でも俺だってその場しのぎにこんな事をやっている訳ではない。目的はまた別のところにある。
「ヒョォウ!」
「おっと?」
飛び掛かって来た軽鎧の男。二刀の細剣が襲う。片方は片手斧、もう片方は籠手弩の籠手になる部分で受ける。
振り払うと距離を置いて飛び退く青年の出で立ちは、ペテルギウスの歩兵の物ではなかった。雇われた冒険者か。
目を引く特徴として銀髪の頭部に兎に酷似した耳が生えている。黒点の鼻。その成りからして獣人だった。当然と言えば当然だが、敵側にも亜人がいる。
動きからして中々の手練れ。かなり足止めされそうだ。
「良いねぇ、俺の一撃をそんな簡単に止めるなんて。狩りがいがありそうだ」
「誰だお前」
「S級4位、兎爪バニィだ。名乗れよゴブリン」
「グレン・グレムリン」
「へぇ、大層な--」
間一髪横合いに逃れた兎の獣人に黒い槍が飛んで来た。オブシドが投げた物だった。
そうして地に足を着けた彼が俺を庇う様に割り込む。
「此処は私に。貴殿は引き続きその御役目を」
「すまねぇ。頼んだ」
「あっ、こら。逃げる気か!?」
「相手してる暇無いんだよ」
馬竜を走らせ、頼りの竜人にその場を任せて俺は遊撃戦を続けた。
※
「リザードマン如きがS級の俺の邪魔すんの? ナマイキ」
兎の男が生意気にもそのような言葉を吐き捨てる。
「俺は竜人だ。魔物と一緒にするな」
「そんなのどっちでもいい。羽の生えてるかぐらいの違いだろ」
双剣を左右に広げ、兎男は斬り込んだ。
すぐさま己の身体から引き抜いた鱗で鉄の剣を錬成し、剣を受ける。なるほど獣人というだけあって機動力は中々の物だ。
息をつかせぬ猛攻。
「それにしてもお前らってさぁ、バッカだよなぁ!」
「何?」
「あんなきったねぇ緑のバケモンを庇って戦争なんてさ! そうしか言い様が無いね! こっちの兵力がどれくらいかお前ら分かってるのかな!? 確かにS級の1位と5位がそっちにいるみたいだけど、限界があるんだよねぇ!」
「口数が多いな」
「S級の余裕だよ。ほらほら遊んでやるから攻めて来たらどうだい!」
飛び跳ね、身体を捻り、細い両腕から繰り出される嵐の様な太刀筋が牙を剥く。
兎らしい地上から離れながらの奇襲を得意とする戦法か。地上戦にしか慣れぬ者には確かに脅威となりうる。
だがキレが甘い。パルダの方がまだマシといえる技量。
「へぇ! 初見で受けきるんだ! やるねぇ、でも涼しい顔してるけどそれで精一杯なんだろ!?」
「先ほどの話、聞き捨てならぬ。無駄口を許すから最後まで続けろ」
「やせ我慢だなぁ。良いけどさ。だってそうじゃないか。愚かとしか言いようが無いね。大きな国を敵に回して、身を滅ぼしてるんだから! 理解に苦しむよ。もちろんおたくらもね!」
それはこのオブシデアドゥーガの琴線に触れる物であった。こちらが黙している間も、言葉と連撃を畳みかけて来る。
「勝ち馬に乗るのが世の常だってのに! そこまでしてあんなのを守ろうとして何の得があるのか教えてくれよ? なぁ! ゴブリンみたいな雑魚にどんな価値があるんだい?」
「……」
「どうやら勇者を倒したみたいだけど、身の程を知れって話だ。たかが知れてるよ! アハ、俺からも逃げた臆病者だもんな! アンタの方がまだ強いんだろ!? だから敵わないと踏んで相手を任せた! その程度の器!」
「……どちらがだ」
「えぇ!? 何!? 耳の良い兎の獣人でもそんな呟き全部は聞き取りきれ無いなぁ! もっとハッキリ言ってくんないかな!?」
受けを維持する現状に、自らの実力を存分に発揮出来ると嬉々として双刃を振るう。奴はまだ気付いていないのか。俺は防御に専念している訳ではない。会話に専念して攻守を転換させていないだけなのに。
「身の程を知るのはどちらだ」
「はぁ? 何が? この兎爪バニィの発言に何処か誤りでもあるってのかい?」
「全てが誤りだな」
「へぇ! だったら証明して見せてよ!」
交差させた剣を携えて仕掛ける兎男。風と一体となって弾丸の如し一撃を体現する。
しかし、烈風を巻き上げている割には単調で覇気の足りない突進だ。
「嵐突駆!」
俺は黒剣を横に構え、敵の闘技を淡々と迎え撃つ。
「くらえェ!」
「--フン!」
両者が交錯する。俺は双刃が懐に入るところで武器ごと奴を打ち上げた。カウンター。
竜の脅力で、強引に貧弱な一撃を弾き返した。剣の片割れをへし折り、宙を舞う。
これの何処が嵐だ? 単なるそよ風ではないか。
「ぐわっ!? く、クソぅ。……え? あ、俺の烏嘴が……!?」
抉れた草地に落下し、バニィは悪態を吐いて顔を上げた。だがすぐに己の得物を一つを失った事を知り、顔を蒼白に染める。勢いをつけていたとはいえ、俺の鱗の強度に劣り易々と折れるとはなんと脆い。
「次は、俺の番だ」
「う、うぐっ……」
「逃げるか? 臆病者」
脱兎と化した冒険者を俺は翼を広げて空から追う。そのまま急降下し、目の前に立ちはだかった。
「どうした。貴様の実力を証明して見せろ」
「……う、ウラァ!」
逆に試す側に立たされたバニィは、自棄になって残りの剣で斬りかかる。横に弾く。
「オラァ! オラァ! オラオラァ! とっととやられろぉおおお!」
めげずに向かってくる遮二無二の刃。打ち込み方がなっていない。まるで子どもが振り回す様な所作だ。
「踏み込みが甘い!」
「うわっ」
「素早さに甘んじて動きに無駄があり過ぎる!」
「がはっ」
武器をかち上げ、鳩尾に蹴りを加えた。小柄な兎男が転がる。
何だこの体たらくは。敵でありながら不甲斐なさに苛立ちが募る。様子見であろうな? パルダはこんなに貧弱ではない。同じS級を名乗りながら、あの未熟者の足元にも及ばぬとは。
「さぁ剣を拾え。まだ闘えるだろう。本当にこの大陸の有数の実力者を意味するS級なのか?」
「う、うぅ」
「来い。戦場で寝たままでいるとは正気か。あの御仁をせせら笑える力量を早く見せてみろ」
まさかあれで本気か? いや、ありえん。こんな雑兵が敵軍の中でも粒と扱われるだなどと。これでは部下の竜兵が数名いた方が断然マシだ。
じりじりと、退路も突破口も失ったバニィは後退る。握る剣にも震えがあった。この男の加勢に来た者達も、先程の一部始終を目の当たりにしてか距離をとって攻めあぐねていた。
「な、何者だよ……」
「まさか闘志を失ったのか。ふざけるな」
「何で、アンタみたいなのが、あんなゴブリンに……!」
「あの方の覚悟を嗤った貴様らは、こんなに弱くあってはならんのだァあああああああ! ふぅざけるなアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
怒号に周囲の敵兵が強張らせた。ガタガタと、感情を向けられたS級の兎男は歯を打ち鳴らす。
「無価値だと? あの御仁が我が国でどれだけの者を救って来たと思っている! それを無価値と断ずるなら、貴様らは何だ? これでは比べるまでも無い価値では無いか! ただの有象無象共が! 己の浅い物差しで知った様な口を利くな! グレン殿の手を煩わせるまでもない! もう様子見は充分だ! アレイク殿ォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
俺の空に木霊する呼び声に、思念の波が応じた。
『お、オブシドさん? 号令ですか?』
竜兵達に告げてください。全員、竜化せよと。
『皆さん! オブシデアドゥーガからの命です! 全員完全竜化してください! この戦を一気に終わらせましょう!』
「「「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
人型を保っていた生物界の頂点達が、雄たけびを挙げて全力を解放する。
戦場は第2の局面へと移行する。敵兵たちは、竜人達の一斉の変貌に戦いた。
「ドラゴンがこんなに!?」
「リザードマンじゃなかったのか!」
「嘘だろ! 勝てる訳ねぇよ……!」
そして俺も怒りに任せて黒き巨躯を露わにした。その眼下で俺を見上げた敵対者は、対立した報いを待つだけの被災者となる。
バニィは俺の怒りを受け、逃げる事も出来ずに狩られるだけの哀れな兎と化した。
「あ、ああ……」
周囲の雑兵も蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑った。戦意を失った。
「ば、ばけものだぁぁぁ!」
「た、助けて、助けて!」
喉を唸らせながら、俺は言い降す。
「殺しはしない。しかし、2度とその思い上がりが出来ない様に恐怖を刻んでやろう」
振り上げた腕でその場の足元に鉄槌を落とす。大地が割れ、悲鳴と慟哭が蹂躙する。
そこに手心は加えない。それが逆鱗に触れた代償だ。
次回更新予定日、2/16(木) 7:00




