俺の代戦、沿岸地帯
※視点が変わります
「納得がいかん」
浜辺の砂を蹴り、言葉通りの態度でヘレン様は不満を吐露される。
「何故この英雄ヘレンの晴れ舞台が敵軍が多い主戦場ではなく、二番煎じの防衛戦をしなくてはならんのだ」
「抜擢が不服か?」
厳つい獅子の顔をした男性、不死のレグルス様が腕を組み、直立不動のまま反応。
「当然だ! それではこの俺が主役として立てないではないか」
「ハッ。武功にがめついな。その口の大きさに似合う技量があるのやら」
ムッと、ヘレン様が獣人の一笑に嚙みついた。戦の前から不穏な空気になって来ました。
「何なのだ貴様は? ポッと出の分際で、随分大きな態度を取っている様だな」
「年季の長さが問題か? それなら実力の伴わない雑兵でも偉くなれそうだ。俺はあの小鬼の好敵手だぞ。この作戦で指揮を執るあの者と同様の地位を確立していると言っても差し支えは無い」
「フン! それは所詮自分でそう思い込んでいるだけだろ? デカイのは無駄に毛を蓄えたその顔だけにしてくれ」
「何? キサマぁ、俺の鬣を虚仮にしたか?」
「先に吹っ掛けたのはお前だぞ?」
「お、おやめください。敵軍はもうじきお見えになりますよ」
お互い反りが合わないのか、先程からお二人はこうしていがみ合っている。流石に物理的な喧嘩となると私は及ばずながら止めに入った。
レグルス様の体術もさることながら、ヘレン様もドラヘル大陸に戻って来てからも地道にめきめきとレベルを上げてきておられている。どちらも並み居る冒険者に引けを取らない実力者なのに、その矛先を味方同士で向け合うのだから困っている。
「しかしパルダ殿。こやつがさっきから……!」
「ヘレン様が心強いが為に、旦那様はこちらに配備されたのでする。でなくては、この戦で貴方様を人選にお入れしません。より活躍したいお気持ちも分かりますが、何事にも向き不向きがあるのです。ヘレン様の突破力が此処で一番発揮されるとお考えになったのでしょう」
「む、むう。ならば今回は引こう」
「レグルス様も。あまり問題を起こしては、貴方様が対等に思っておられる旦那様の不興を買いますよ? あの御方は仲間内での不和をもっとも忌避なされます。協調性の無い方は最悪、同盟から省かれるやもしれませぬ」
「それは、困る……」
なんというか、旦那様はこの方々を手綱に引く役割に私を此処に置いたのではないかと思い始めて来た。だから『パルダ、お前に任せたぜ』なんてわざわざお声を掛けたのかもしれない。
自分には少々荷が重い気がする。騎士の皆様や竜兵達をまとめ上げる様な器ではないと自覚がある。
特に『上に立っても良いですかって? もっちろーん! 俺達喜んでパルダさんについて行きまーす! むしろ引っ張ってくださーい!』と騎士様方は何やら色めき立っていたし、自分はきっと威厳が無くて軽んじられているのだ。今は素直だけど、途中で自分の指示を無視されてしまってはどうしようと不安が付きまとう。
地平の先には未だ敵軍はやって来ない。現状、『正常』な侵攻をしているのならもうじき敵影が見えてもなんらおかしくはなかった。浜辺を攻めて来るなら、大挙して馬を使った進軍をしてくるだろう。
もしくは、策が通じたのなら敵も徒歩で白兵戦になる事が危惧される。遅れるのは馬の機動力が削がれているとするなら、の話だが。
「パルダ殿。そういえばあのゴブリンが仕掛けた時間稼ぎの策というのはどういった物か聞いているか? すまぬが俺は作戦会議に出ていなかったのでな」
「ええ、はい。兵糧に罠を仕掛けたと」
「兵糧? どうやって仕掛けたのだ? 事前に用意した食糧に毒を入れるのは難しいのは俺でも分かる。かといって道端に置いたとして、外部の食物を不用心に摂取するとは思えんが」
「えーと。旦那様が言うには、ある魔物を利用したと」
私が聞いた手法はこうだ。まず敵軍がこちらの侵攻で経由する際に、途中完全中立のリゲルの領土にある町で補給する事を予測し、ある物を流通させたそうだ。立ち寄らざるを得ない様にどうやってか激しい降雨を起こして遅延させるという徹底ぶりだった。
無論ヘレン様が申し上げた通り、街とはいえ自国でもない食糧に対し、そういった敵の手を警戒して買い込むことは無いと考えた。そもそも人の住む街を介した流通で毒の混入というのは非現実的である。
しかし、例えばそれが無毒であり、人に向けての物でなければ警戒をすり抜けるのではないか? という心理の抜け穴をあの御方は突いた。
「マンドゴドラ、という魔物を御存知ですか?」
「ああ、良く目にしているぞ」
ヘレン様はその単語を耳にすると渋面を広げる。嫌な思い出がある様だ。
「植物系統の魔物で、毒消しの材料にも重宝されております」
「生食でも使えるそうだな。しかし、それがどうした? 絶命していればなんら害の無い物ではないか。口を抑えなければ、多少不気味な言葉を発するが」
「はい。人に対しては全くの無害でする。ただし、あまり知られてはおりませんが扱いに注意の要る用法があるとのことで」
此処から先はグレン様の受け売りだ。アルデバランの研究士と話して最近確認された事だそうだ。
「魔物とはそもそも魔力を含有しており、人間は仮に摂取しても抵抗がある為何の影響を来しませぬ。しかし、魔力の抵抗が著しく乏しい家畜に対しては異常を引き起こす様です」
「家畜に?」
曰く、人間で言う魔力酔いの様な病状を発症し、当分ロクに動かす事も出来なくなるそうだ。それは、かつて旦那様が悪戯で馬にマンドゴドラを与えて発覚した事象だ。
「ですから、進軍途中にリゲルの町で補給すると見越して、牧草にマンドゴドラを混ぜたのでございまする」
「つまり、人ではなく足として使う馬に食わせたというのか? 移動速度を半減させる為に」
「それが上手くいけば、今頃……」
敵軍の馬は魔力酔いを起こして、使い物にならなくなっているだろうと。流石に馬の餌に罠を仕掛けてくるなどとは私だって考えない。
リゲルの人々には大変申し訳ないが、しばらくすれば巻き込まれた家畜も元通りになるだろう。中立でありながらペテルギウスの援助をしている以上、それくらいのデメリットにも目を瞑って貰おうと旦那様は言っておられたが。
よしんば目論見が成功したのなら、移動に必要以上の消耗を強いられて四苦八苦している真っ最中の筈だ。大いに予定を狂わせる事で、こちらの増援も間に合えば御の字である。
「なんともあのゴブリンらしいやり口だな。意表を突く発想に関しては一家言持ちだ」
「ただし警戒を怠りませぬよう。恐らく馬全てが使い物にならなくなるとまではいきませぬし、先発と分担して少数での突入に切り替えて来る可能性もあります」
「ふむ、その様だ。想定内なら忠告の必要もあるまいな? 獣人の俺なら見えるが、どうだ?」
レグルス様は鼻をひくつかせ、流れる風から何かしらの匂いを嗅ぎ取った様だ。
私も見えた。遥か遠く、100程の馬が一直線にこちらに接近して来るのを捉えた。ペテルギウスの旗を掲げ、先発隊が仕掛けて来たのだ。
少数という事は、質を優先させた兵である事が危惧される。相手の一騎当千の実力者達が畳みかけて来るだろう。こちらも元より数が足りないので、ようやく同じ条件--わずかにこちらが優位か--での戦闘になる。
「クックックッ、どうやら大物が来たな」
「不死のレグルス、真人間の俺にはハッキリ分からん。誰だ? 誰だ!」
「さぁな」
「貴様!」
「血染めのディグルでございまするヘレン様」
また揉めている御二方をよそに、私は控えの皆様方に戦闘準備を告げた。この令にもまだ、応えてくれた。
ギルドでも有数のS級冒険者、血染めのディグル。アルデバランで宣戦布告と共に旦那様を強襲されたあの御仁が、やはり戦線に立たれている。
「ああ俺も知っているぞ。ディグルといえばS級第2位。1位のパルダ殿に次ぐという事は、問題あるまいな」
「そうは言い切れませんヘレン様」
確かに、序列という概念がトップクラスの面々にも存在する。すなわち、一人一人順序があり優劣が決まっている。
ただ、それはあくまで純粋な実力で定められた物では無い。総合的な要素を評価に入れた上で有用かどうかを選んでいった結果が順位だ。
「私が1位だったのは、様々な魔物討伐で脅威を退けた実績と出場した闘技大会での優勝が評価されただけに過ぎませぬ。ディグルについては私も深くは存じませぬが、あまり有力な実績は聞きません」
「ならパルダ殿が上で当たり前ではないか」
「いえ、そういう事ではなく……申し訳ありませぬ。うまく意味が伝えられていませんでしたね」
咳払いをして、より噛み砕いた説明を続ける。
「血染めのディグル。その由来は彼が人を殺めて来た数の多さから畏怖を込めて付けられた呼び名でございまする。ギルドもあまり公にし難い暗殺を専門とした依頼を専門にしている人物です。彼はその生業からして表立った活躍をしない。闘技大会といった知名度を広げる場所にも出ない為、評価もされにくい。そんな功績でも2番目という事は、相応の実力を備えているという裏返しでございまする。もしかすれば、ギルドで見せた私の力量以上の……」
「…………」
「あまり長話をしている場合ではありません。我々も迎え撃つ準備を」
ひいては実力も未知数な相手。己が竜人だからといって、けして侮ってはならない。
「血沸き踊るなァ! さぁてこっちに来い!」
レグルス様は獰猛な牙を開き、先陣に進み出る。私の不安をよそに、陽々とした態度で。
それから僅かな時間が流れ、決戦の火蓋は切って落とされた。
次回更新予定日、2/13(月) 7:00




